ぼくたちと駐在さんの700日戦争

やがて国道から一般道に入り、わずかしてフロンテクーペは駐車場らしきところに停車しました。

「あれ？ケンちゃん。メルヘンないじゃん」。

「え！な！店の名前まで調べたのか？お前ら」。

「え。知らなきゃ来れないだろ？っていうか、駐在さんたちも言ってたし」。

「ちゅちゅ、駐在さんがおっしゃってたの？あ？そ～～～。そっか～～～。そ～～～でしたか～～～」。

ケンちゃん。相当、駐在さんに弱いようです。
声のトーンが2オクターブくらい上がってます。突如敬語入ってるし。

「ところでお店は？ケンイチ兄ちゃん」。

「あ？店はこっから歩いてすぐだ。駐車場ちっちぇーからな。てめぇらまで入ったらお客さん停められなくなんだろ？」

空のプラケースを数個、フロンテの助手席から取り出しながら、ケンちゃんが言いました。
う～ん。案外商売わかってんのかも。この人。

「西条。悪いがフェラーリのドア、閉めてくれ」。

「え。フェラーリって・・・」

「そこにあんだろーがよ！」

あるのは助手席ドアの開いたフロンテクーペ。

「ああー。このフロン「フェラーリ！！！」

「だから、この軽自「フェラーリ！！！」

「・・フェラーリだね・・・。ケンイチ兄ちゃん・・・」。

「これだから免許持ってねぇヤツはなー」。

いや。免許持ってればもっとわかりますけどね。フロンテとフェラーリ。



車を停めた所から、本当にわずかに歩くと、賑やかな商店街の通りに出ました。

するとケンちゃんの歩いて行く方向に「洋菓子・メルヘン」の看板。

　あそこか。

それにしてもなんてコックコートの似合わない人でしょう？ケンちゃん。
だいたいコックコートにサングラスという取り合わせがシュールこの上ありません。

しかし、無謀にも、このシュールな狂犬に声をかけてきた老人がいました。

「あ。あんた！」

平然と声をかけるおばあさん。

「ああん？」

ふりむくケンちゃん。
やばい！相手は狂犬だぞ！「♪はっほ～～～」だぞ！

するとおばあさん。なにを臆するでもなく

「こないだあんたんとこで買った孫のバースデイケーキ！イチゴ青かったよっ！」

ケンちゃん。サングラスをはずすと
いきなりな目つき！

ケンちゃん・・・。相手はご老人・・・・。おさえて！


「あ～～～～。ば～ちゃん～～～～。すいません～～～～～。気ぃつけますんで～～～～」


「まったく。まぁ、いたんでたってわけじゃないけどね！気をつけとくれ！」
狂犬相手に図に乗るばあさん。

「あ、はいはい～～～。仕入れにはきつ～く言っときますんで！すいませ～～～ん」

「まぁ、孫娘もあんたんとこ以外のケーキやだっていうしねぇ。しかたないけどねぇ」。

「ありがとうございます～～～。次、いちご、大オマケしますんで～～～」。

「そうかい？まぁ、そう言うんなら」。

「はい～～～。ルミちゃんによろしく～～～」。

ルミちゃん。孫娘の名前のようです。

「妹の里海ちゃんは、お誕生日、来月でしたよね～～～～～」

「あら。おぼえててくれたのかい？」

「そら～～～も～～～。忘れませんよ～～～。スタンプ3倍ですからね！お誕生日ケーキ、腕によりかけますから～～～」

3倍？やつらには2倍って言ってなかったか？

「あぁ、そうだねぇ。でも、次もイチゴ青かったらしょうちしないよ！」

「はいはいはい～～～。気をつけます～～～～～」


これがケンちゃん？
あの狂犬？
すごい。商売人の鏡だ・・・。

メルヘンはその名の通り、パステルピンクにあふれた、実にメルヘンチックなケーキ屋さんでした。
ケンちゃんのことさえ知らなければ、いかにも女子高生たちに好まれそうなオシャレな店です。
実際店舗は、若い女性であふれていました。
が。その中に1人くらい、ケーキ屋におおよそ似合わない「いかついお兄さん」が混じっているのは、おそらく「強制会員」なのでしょう。

店舗がお客様でいっぱいなのを確認すると、ケンちゃんは裏側の通用口前に僕たちを待たせ、中へと入っていきました。

「おー！いま帰ったぜ！」
いきおいよくドアをけやぶるように入っていくケンちゃん。

すると中から

「おかえりなさ～～い♪おつかれさま～～～ン♪」

女性のやさしい声が。
店員さん？それとも？

「あなたン。ちょっと外いいかしらン」。

あなたン？

ええええええ！結婚してたのか？
っていうか、結婚するやついたのか？

驚きの僕たち。

僕たちが扉の外で顔をみあわせていると、ケンちゃんに続いて、おそらく声の主であろう女性も出て来ました。

「あん？なんだってんだ？おまえ」

おまえ？やっぱり奥さんんんんんんん？

するとその奥さんらしきかた。
さっきの「あなたン」とはまるで別人の声で

「あんた！なに油売って来てんの！こっちは忙しいんだからね！」

え・・・・。

「あーーー。いや。すまねー。そのーーー」。
たじたじのケンちゃん。

「油売りたきゃねぇ。スタンド勤めな！ス・タ・ン・ド！うちはケ・ー・キ・屋！ね！言ってごらん？ケ!エ!キ!屋!!」

「け・・・。ケエキ屋・・・」。

「ったく！外出るといっつもこーなんだから！またケンカしてきたとか言うんじゃないでしょうねぇ？」

「いや・・・。お前・・・だからさ。ちゃんと引き取り行ったんだろ？」

「どこまで引き取り行ってんの！ざけんじゃないわよ！」

うーむ・・・・。ケンちゃんよりどう見ても強い・・・・。


と、このあたりで、ようやく僕たちの存在に気づいた「奥さん」らしき人。

「あら・・・。あなたたち・・・は？」

「あーーー。ほら。ゆきの・・・。オヤジの道場にいたやつとその仲間の高校生だ」。


「は・・・はじめまして・・・」
あっけにとられながらも、おどおどと挨拶をする僕たち。


→ → → → → → → → → → → → → → → →


「あははは。そうだったの～。見学ねぇ。いいわよ。どうぞ」。

「あのぉ。すいませんが、あの・・・お姉さんはケンイチさんの・・・・」。

これに答えたのがケンちゃん。
「女房だ」。

が、すぐにその「女房」。

「お・く・さ・ん！でしょ？」

「あ・・・。うん・・・。奥たん・・・」。

「こいつとはねぇ。中学ン時からの腐れ縁なの。結婚はわりと遅かったんだけどね」。

「へ～～～～～～～～～～」。
ケンちゃんを「こいつ」呼ばわりに、すでにビックリです。

「こいつがさぁ。結婚してくれって泣いてたのむんでしてやったのよ～～～。あはははは」。

はい。立場の強さは、すっごく理解しやすいです。

「おまえ・・・なにもそんなことまで・・・」。

それにしてもすごい。あの狂犬ケンちゃんをここまで手なづけるとは。
かの『かなり屋食堂』の女将さんでさえ、旦那様を「こいつ」などとは言いません。

「今日もねぇ。配達のケーキ、つくりすぎちゃってね。それで引き取り行ったっきりもどって来ないんだから」。

「配達の？」

するとケンちゃん。
「いや、だから、あれはお前の言い方が悪いんだろ？」

なにか腑に落ちないようです。

「あたしはねーーー。岸クリーニングさん15個。支店に12個って言ったのよっ！」

「いや・・・。だってよぉ・・・・」。

「それを、35個と22個もつくって！ったくこのとうへんぼく！」

「え・・・。だって、さんじゅうごこって・・・」。

「だまれ」。

「あい・・・」。

この奥さんには、まったく歯が立たないようです。ケンちゃん・・・。

「だから・・・さばいてきたって・・・。ちゃんと・・・・」。

ははぁ。それで恐喝販売だったのか・・・。

「そ、それにほら！スタンプ会員増やして来たんだぜ！」

あのときさばいたのは、確か3個×6人=18個。いや。タルトをオマケつけてたので19個。
余計につくったのは57個-27個で30個・・・・。
すると残り11個はどこでさばいたのでしょう？ケンちゃん・・・・。

「でもねぇ。こいつの作るケーキは本物だから！食べてってね！君たち！」

「へ～～～。そうなんですかぁ」。

「そう。あたしの伯父さんとこで修行してきたのよ。けっこう本格的なのよ。去年までパリのサンジェルマンにいたんだから！」

なるほど。修行自体が奥さんの系列なのか。そりゃ立場弱いわけだ。
それにしてもサンジェルマンも災難だ。

「それで去年帰国してね。ようやく店出したばっかりなの。まだまだだわ」。

「へぇ。奇麗なお店ですよね」。

「ありがとう」。

「じゃぁ、メルヘンって言う名前は奥さんがつけたんですね？」

「え？ちがうわよ。こいつよこいつ」

えーーーーーーーーーっ！

「あたしはねぇ。ジャガーがいいって言ったんだけどねぇ・・・」。

ジャガー・・・・ケーキ屋で・・・・。ジャガー・・・・。

なんでこのテの女性って豹が好きなんでしょう？


※プチ予告更新しました～

人気ブログランキング

　　　　12章-第11話へつづく→

mixiに「ぼくちゅうコミュ」ついに1100名突破で大賑わい！。mixiやってる方、ぜひどうぞ！
mixi招待状の欲しいかたは、トップページから!