ぼくたちと駐在さんの700日戦争

やがて、練習も完成に近づいたとある金曜日。僕は洋次に言いました。

「洋次。行こう」。

「行こうってどこ？」

「ホウキとチリトリ持て」。

「ほ、ほうきぃ？」



僕たちがバイクで向かった先は、

図書館の軒下。

「ママチャリ・・・ここ・・・・」

「ああ。そうだ。なにも聴かないでそこの捨ててある吸い殻、掃除しろ」。

「え・・・・。あ・・・・。うん」。

そうです。そこはわずかな期間、澪ちゃんとすごせた場所でした。

「で、でも、また警備員に怒鳴られるぞ？」

「洋次。お前、誤解されたまま一生終わるつもりか？そのため持って来たんだ。ホウキとチリトリ」。

僕は掃除の終えたほうきとちりとりを、これ見よがしに洋次の横に立てかけました。


「弾くんだ。洋次。ライムライト」。

「あ・・・。ああ」。

やがてあの日のように、洋次のギターが図書館の壁に反響し、響き渡ります。

その美しい音色。

僕はじっと聴き入っていました。

　すごい・・・。洋次。同じギターでも僕とは全然違う。それは軽い嫉妬を覚えるほどの音色。


ライムライトは、けしてむずかしい曲ではありません。
しかし洋次が弾くと、それはまるで魔法のように、音が踊るのです。
それは兄、洋一の才能をも裏付けるものでした。


やがて洋次の『ライムライト』は洋次自らが編曲したエンディングを終えて・・・


　　ぱちぱちぱちぱち

どこからともなく拍手が聴こえてきました。

　「あ、あれ？」

洋次が目をみはりました。
街灯の下、拍手する澪ちゃんと。そしてレオくんの姿がありました。

「澪ちゃん・・・・？」


そうです。今日は澪ちゃんの英会話レッスンの日。この日に合わせて、僕はレオくんにも来てもらえるよう、しむけていました。

　ぱちぱちぱちぱちぱちぱち

2人だけの拍手。

でもこれがどれだけ洋次にとってうれしく大きいものだったでしょう？


ところが。僕にとっても予定外なことがおきました。

　ぱちぱちぱちぱちぱちぱち

2人とは別な方向から、もう一人の拍手が聴こえてきます。

　誰？

思い当たるふしがありません。

「いやぁ。堪能させてもらったよー。ライムライト」。

　ぱちぱちぱちぱちぱちぱち

それは


あの時、洋次を追い払った警備員さんでした。


「なつかしいなぁ。チャップリン。いやぁ。素晴らしい」。


「あ・・・」。

僕はそれを見て。澪ちゃんとレオくん、警備員さんと一緒に洋次に拍手を送りました。

それは図書館の壁に反射して・・・

どんな大ホールの満席の拍手よりあたたかい喝采が
洋次にふりそそぎます。

そして

洋次は。まるで大演奏者がそうするように。

たった4人の大観衆に。

頭を下げました。


やがて警備員さんが洋次に近寄ると

「君らが掃除してるときからずっと見てた・・。いや・・・。この前は悪かった。めんぼくない・・・」。

帽子をとりました。

洋次は対応に困ったのか、自分もペコリと頭を下げました。

警備員さん。
「チャップリンねぇ。観たよ〜。ライムライト。いや。君のギター、素晴らしいねぇ」。

「い・・・いえ・・・そんな」。


そして澪ちゃんが

「洋次くん！また聴けてよかった！」

弟のレオくんはニコニコしています。

洋次は

「あの・・・。俺・・・その。あやまんなくっちゃ。俺・・・暴走族の・・・・」。

澪ちゃんは首をふりました。

「ううん。音聴けば私でもわかる。洋次くんのギター、すごく寂しくて、そいでもって・・・やさしいもの」。

「あう・・・・・・」

洋次は言葉につまったのか、それ以上、なにもしゃべれないようでした。


「それにね。お父さん、帰ってくるの」。

「え・・・？ほんと？」

「うん」。


「あはははぁぁ。よかったよ。ほんと・・・・よかったよ・・・・・」。


洋次は子供のように泣きじゃくり。

その日の警備員さんのアンコールには、

とうとう応えることができなかったのです。




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　　　　11章-第45話へつづく→


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