ぼくたちと駐在さんの700日戦争

やがて孝昭くんに苦戦していた大男たちが鹿目のまわりにあつまりました。

「つっぎーはぁー、おまえらぁーかいいいいぃいぃいぃ？」

追う孝昭くんたちは、鹿目のスキのない構えに躊躇しました。

僕はというと、彼らが鹿目とまとまってくれたおかげで、河野会長の手を借りて、ようやく立ち上がることができました。

　試すか。

僕は大声で

「鹿目ぇ！おまえのまわりー！」

「んんんんあ？」

「蛾！」

「んん？」

「お前のまわりー、蛾だらけだぞぉ！」

「ひっ！」

いちかばちかでした。

しかしこれはテキメンでした。

「ひぃぃぃぃあああああああああああ！」

鹿目は表現のしようのない奇声をあげながらカンペキに我を失っていました。


「か、鹿目さん！」

「や、やべっ！」

鹿目は近くにいた味方に殴りかかり、これでもかというほど打ち付けました。
もうまわりじゅうめちゃくちゃです。
千葉くんは、この隙を縫って全速力で僕たちのところまで避難してきました。

「な、なんだぁ？あいつ？？？」

「幻覚見るようになってんだ。あいつ。見えないものが怖いんだよ。きっと」。

鹿目は味方の2人を自分のパンチで倒し、まだなお、わけもわからない方向にパンチを繰り出していました。

「ひぁああ！ひぃぃあ！ひいいい！」

あとは倒れた西条くんをどうするかです。
西条くんは、地面の上で、苦悶の表情をうかべたままで倒れていました。

「それはそれでやっかいじゃねぇか？」

さすがの孝昭くんも、鹿目の尋常ならざる姿にビビっているようです。
無理もありません。それは狂った踊りのようでもありました。


この時。


　バババババババ

最初に土砂をぬけだした数台の援軍が到着してしまいました。


「来ちまった」。
「やべーなー」。
「ああ」。

3台？

駐車場に入って来ます。
僕たちは身構えました。
次から次にバイクを降り立つ暴走族たち。合わせて5人。


しかし、そのちょっと後ろ側。森田くんがこちらに合図を送っているのがわかりました。

　ん？

そうです。こちらも援軍は用意していました。
その人は、僕も面識はありません。

やがてその人は森田くんの手招きでこっちを見ると、大急ぎで走って来ました。
白いスーツにエナメル靴。そしてサングラス。とても一般人のスタイルではありません。

「西条ぉっ！」

西条くんがピクリと反応し、その人を確認しました。

新たに到着した暴走族のうちの1人が

「なんだぁ？てめぇ？」

鉄パイプを持って近づきましたが

「せっ！」
「くぁああ」

のどもとひとつきで瞬殺！


つ、強い・・・。僕は西条くんより強い人間をこの時初めて生で見ました。
っていうか、やられたヤツ、生きてるんでしょうか？


「て、てめぇ！」

いきごむ残りの暴走族4人ですが、言葉と裏腹に足が前に出ません。
それほどにスキのない歩き方でした。
というか、見るからに凶暴そうです。

孝昭くんが尋ねます。

「だ、誰？あれ？味方みたいだけど」。
「つ、強ぇなああ。あいつ」。

「ああ。西条がこの世で恐れる唯一の人だ」。

「さ、西条より強いいい？ありえんのかよ？」


その人は、鹿目を恐れる様子もなく、西条くんに声をかけます。

「西条ぉ。なさけねぇなぁ。こらぁ」

この声に、西条くん。ようやく顔をあげると

「え・・え・・・ケンイチ兄ちゃん？」

それは喜んでいるというよりは怖がっている表情です。

「立てやぁ！西条っ！」

「う・・・あ、ああ」。

鹿目はこの様子を我にかえったようにきょとんと見ていました。


「だ、誰だよ。なぁ。ケンイチ兄ちゃんって」

「ん。ゆき姉の兄さんだよ」。

「ええええええ！ゆき姉の？」
「あの美人にこの兄ぃぃぃぃ？」

そうです。6章でゆき姉には兄がいると書きましたが、まさしくこのかた。
僕は前日、手当たり次第に援軍をあたり、その中にゆき姉もいました。

電話のむこうでゆき姉は、

「事情はわかった。でもね。西条の援軍なら女のあたしより、もっといい人いるから」。
「もっといい人、ですか？」
「そう。西条がもっとも怖がってた人。まぁ、めちゃくちゃだけどね。でも無敵だから」。
「無敵？え？西条より強いんですか？」
「うん。強いよ。今の西条でも赤ん坊みたいなもんよ。その人にかかったら」。
それはすごい・・・

「あ、君ねぇ」
「はい？」
「あと援軍あたらなくっていいからね」
「はい？」

にわかには信じがたい話でした。
そしてそれが今目の前にいる「ケンイチ兄ちゃん」その人なのでした。

「え！あのイ○ポ師範の息子ってことか？」
「ああ。師範は警察関係なんでガキの喧嘩になんか使えないけど。その息子は手に負えないほど喧嘩好きらしい」。

「へ・・・へぇ・・・」。


ケンイチ兄ちゃんは、鹿目を完全無視したまま

「西条ぉ。シメつかったかぁ？」

「え・・・い・・いや」。

「馬鹿ヤロ。絞めろや」。

それは兄弟子のアドバイスでした。
西条くんは、いくつもの武道をたしなんでいましたが、最強の武道は「柔道だ」と言ってはばかりませんでした。
そしてそれは「柔道には絞め技があるから」にほかなりません。
相手の骨を折ることはおろか、息の根さえも1分以内で止められるという柔道の「絞め技」は、大会ではさまざまな規定が設けられているほど。それほど危険なものなのです。

ヨロヨロと立ち上がる西条くん。

「し、絞めか・・・。忘れてたよ・・・」。

そうです。西条くんは相手が拳闘でくることに、こだわりすぎていました。
あるいは、そういう勝負をしてみたかったのかも知れませんが。


鹿目は初め、新しく訪れたケンイチ兄ちゃんに向かっていきました。
「さぁいじょうくんの、とっもだちかなぁああ？」

「うるせぇ。チンカス！しゃべれるようになってから口きけぇや」

鹿目を見てもまったくビビる雰囲気のないケンイチ兄ちゃん。

が。足元に転がっている鹿目に倒されてしまった大男を見かけると

なんと！なんの脈略も恨みもなく蹴りっ！

「づぅお！」
さらに腹をかかえて丸くなる大男。

「はっほ〜〜〜〜〜♪」

げげぇ！喜びの奇声あげてるぅ？？

あ・・・。なんかすっげぇやばい人に援軍たのんでしまったかも。

「な、なんか狂犬って感じだな・・・ゆき姉の兄ちゃん・・・」。
「う、うん。予防接種してるのかな・・・」。
「うん。飼うには届け出いるぞ。ありゃぁ・・・」。
「ほ、保健所はなにやってんだ・・・」。

倒れた相手を次から次に楽しみながら蹴りつけるケンイチ兄ちゃんに、もーみんなビビリまくりっ！
孝昭くんも相手にはとどめをさしますが、そういうのとは次元が違います。

さらに鹿目に目をむけながら

「まぁー。そのチンカスは、西条にやらせてやったとしてぇ・・・」。


ケンイチ兄ちゃんが僕たちのほうを向きました。

「あいつら、やっていいん？」

族の援軍4人のほうを指差します。

　コクコクコクコクコクコクコクコクコク！

首を縦にふるのがせいいっぱいの僕たち。

対して指を指された4人組。

　ブンブンブンブンブンブンブンブン！

首を横にふるのがせいいっぱい。


もーーー。味方だってのに怖ぇ怖ぇ。


ケンイチ兄ちゃん。ポケットに手をつっこんだまま、4人のほうに向かう途中、さっき倒したひとりを見つけ

　またしても蹴りっ！

「ぶほぉおお」

「はっほ〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪」

見境なしかーーーーーーーっ！

うわあああああ。やばい！絶対やばいよ〜。この人。
ゆき姉〜〜〜〜〜〜〜。

が。さっそうと歩いていくところにパイロンがあり、ケンイチ兄ちゃん、これがちょっと足にひっかかりました。

と、ケンイチ兄ちゃん。
パイロンめがけて、いきなり蹴りっ

　バキィッ

割れながらふっとぶパイロンッ。

「ぼけぇ！こんなとこつったてんじゃねぇ！」

いや。無機物だから。ケンイチ兄ちゃん。
だいたいつっ立っててなんぼですから。パイロン。


「う・・・うわぁ・・・。すげー・・・・」。
「西条が恐れるわけだ・・・」。
「ああ。あれで正常だってぶんだけ鹿目より怖ぇな・・・」。

じわじわとせまるケンイチ兄ちゃんに、金属パイプを持っていながらも、すでに逃げ腰の4人。
うち2人はすでにバイクのハンドルに手をかけています。


ケンイチ兄ちゃん。よく聴くとなんか口ずさんでいます。

「♪えっくすぷらっすわい〜〜〜。えっくすぷらすわい〜〜〜。いこ〜〜るLove〜〜〜」

ち、ちあきなおみ？

なんで？

と、突然

「♪いこ〜〜〜るら〜〜〜〜〜ぶっ！！！！」

と叫びながら駆け出しました。

って、かけ声かっ！？


そりゃこんなかけ声でいきなり襲いかかって来るやつがいれば暴走族だってたまりません。

「う、うわ〜〜〜〜〜〜〜〜」。
　ブオオオオオオオオ
後部にのっけられてきたやつらをおいて2台が逃げ出しました。

「こ、こら！お、俺らを忘れんなって・・・」。

手遅れ・・・・。

ケンイチ兄ちゃん。なにがうれしいのかはよくわかりませんが

「どわっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ♪」

そこから数秒間におこったことは、とても描写に耐えません。


「な、なんだってあんなの応援によんだ？」
「う・・・。まさかあんなにすごいって思わなかったんだ・・・」。

「ケンイチ兄ちゃんって、なにやってる人？」
「いや・・・ゆき姉の話だと確かケーキ屋さんって・・・」。
「け、ケーキ屋？」

「うわぁ。史上最強のケーキ屋だなぁ・・・」。

僕はゆき姉との電話を思い出していました。

「ケーキ屋さんですかぁ」。
「うん！ケーキ屋ケンちゃんって呼ばれるとすっごい喜ぶのよ！」
「おちゃめな人なんですね！」。
「うん。でも扱いは気をつけてね！」

ケーキ屋ケンちゃん・・・ねぇ・・・・。

どう扱えと？

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