ぼくたちと駐在さんの700日戦争

「ママチャリ。さんきゅうな。俺、なんて礼言っていいか」。
「まぁ。そういうことは演奏会、うまくいってからにしろよ」。

「あ？う、うん。そうだな。あのさ、わりぃんだけどよ。もうひとつ、頼まれてくれるか？」
「ん？なに？」

「えっと・・・。その、音楽会にさ、み、み、み、みみ」。

「澪ちゃん呼べばいいのか？」

「えええええええ！そそ、そ、そ、そ、」

「その通りってことだな」。

洋次は首をこくこくとふりました。
それにしても緊張に弱いやつです。久保くんといい勝負。

「ところで先生の貸してくれたこのギターさぁ。高いんだろうなぁ。俺のとまるで音違うもん」。

「そうだな。50万円くらいはするんじゃないか？」

「ご、ご、ご、ごごご、ごじゅうまん！？」

「ああ。大事に扱えよな」。

「ああ。わかってる。わかってる。でも50万って・・・」。

「ん？」

「スーザホンとどっち高いのかな」。

「てめぇ！実は知ってるんだろっ！？」

「え？なにを？」

「なにをって・・・。その・・・す、スーザホンだよ・・・・」。

「？」

「い、いや・・・知らないんならいい・・・興奮して悪かった・・・」。

「ああああ。大馬鹿グループのことか？」

「う・・・。だから大馬鹿じゃないって・・・・」。

「馬鹿だよなぁ〜〜〜。スーザホンでレーダー妨害だって！お前もそう思うだろ？」

「お・も・わ・な・い!!!!」

別れ際、洋次は最後に

「ママチャリ。じゃ、たのむわ。で、しつこいようだけどさ。お前ら・・」

「鹿目には気をつけろ、か？」

「ああ。油断すんなよ」。

どうしてそんなに言うんだろ？鹿目・・・かなめ・・・

　ん！


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高体連が近くなって、僕は西条くんと一緒に下校することが少なくなりました。
孝昭くんはというと、今年は、サッカー部のフォワードとして参加するらしく、やはり夜遅くまで練習がありました。

僕は、というと、女子バレーボール部の練習が終わるのを待ち・・
というか、言うまでもなく和美ちゃんを待っていたわけですが、女子バレー部は我が校にあっては比較的強い部で、練習はさらに遅くなりました。
しかもかんじんな彼女は、部活仲間といっしょのことが多く、声をかけるのもはばかられる状態にありました。

そしてその日も空振り・・・。

が、なんと。

「センパイッ！」

「あ。あれ？夕子ちゃん」。

僕は夕子ちゃんそのものではなく、まわりを見回しました。
グレート井上くんが周りにいないか確認するためです。
僕に限らず、夕子ちゃんを見かけたら、まずそうするのがセオリーでした。

「ひとりなの？」

「え。先輩を待ってたんですよ」。

　え・・・・・・・・・・・・・・。

僕は、母の機転で、すっかりかたづいたとばかり思っていたことだっただけに、とまどいました。

　そう言えば瑞穂ちゃんもそんなこと言ってたっけ・・・。

「和美先輩・・・待ってたんですか？」

きた・・・・。まいったな・・・。

しかし、僕はあっけなく、そして、そっけなく
「ああ。そうだよ。でも部活のひと、いっしょだったみたいだ」。

そうです。はっきりしたほうがいい。こういうことは。

夕子ちゃんは黙っていました。
黙っていましたが、歩調を合わせて、僕のとなりを歩いていました。
あの冬の日がよみがえっていたのは、僕だけではないはずです。

「夕子ちゃんさ・・・」。

「なんですか？」

「その・・・どうして・・・この学校に？君ならK高校も楽勝だっただろ？」

聴いてはいけなかったのかも知れません。
でも、僕はそれが自分のせいだったかどうか、どうしても確認したいと、ずっと思っていました。
そう。「夕子ちゃんの失言」のあの日からずっと。

「それは・・・・」。

夕子ちゃんが重い口を開きました。が、その時

”ママチャリく〜〜〜ん。ママチャリく〜〜〜ん”

げ！また駐在所放送だっ！
信じられない交番だな。まったく。

”またお姉ちゃんがちがいますね〜〜〜〜〜”

　駐在ぃぃぃぃぃ！

”お嬢さ〜ん。その殿方は危険で〜〜〜〜す”

こんな私用もはなはだしいことに放送使う駐在所も他にありません。
通る人たちが僕たちを見て笑っています。

僕は交差点のはす向かいから、大声で

「駐在さんっ！」

距離からして声が届くとは思えませんが、なにを言いたいかくらいはわかるはずです。

が、当然そんなことは、蛙の面にションベン。
”よっ！よりどりみどり〜〜〜〜”

図にのりやがってぇぇ！くそぉ！

しかし僕たちと幾度も行動をともにしている夕子ちゃん。
この程度でひるむことはなく、「ぷっ」と吹き出しました。さすがグレート井上家。

駐在所の扉を開けて僕。

「駐在さん！その放送使って遊ぶの、いいかげんやめてくださいね！」

「え？ママチャリぃ。俺はお前をはげまそうとしてだなぁ」

「はげましなってませんからっ！」

が、駐在さん。僕の苦言をカンペキ無視。
「そっちの奇麗なお嬢ちゃん・・・井上んとこの？」

「あ。駐在さん。いつも兄がお世話になってます。夕子と申します」。
と、夕子ちゃん。さすがご良家。このあたりは、しっかり躾けられてます。

「あー。こちらこそ。それにしても井上んとこは兄妹で美形だなぁ」。

「え？あ。まぁ・・・」。
僕の答えるところでもなかったのですが。

「これかぁ。井上がいっつも怒鳴ってる原因は」。

「そうです、そうです」。

「う〜ん。井上の心配ももっともだなぁ」。

と、それまでなごんだ雰囲気の駐在さん。
突如あらたまると
「ところでママチャリ。こないだな。お前らが車でやりあった族が解散した。知ってるか？」

「え？そうなんですか？」

これはビッグニュースでした。

「お前ら・・・。いろいろやっとるみたいだが、な。気をつけろよ」。

　駐在さん。お見通しか。たいしたもんだ。

「ええ。肝に銘じておきます」。

「いいか。ママチャリ。世の中絶対ってことはないんだからな」。

「そうですか」。

「ああ」。

「絶対に？」

「ああ。ぜったいにない・・・って・・・あ・・・」

「あるじゃないですかぁ」。

夕子ちゃんは、ここでも「ぷっ」とふきだしました。

が、これを気に入らなかった駐在さん。
「ん！決めたっ！」

「なにを？」

「今日の事、井上に報告する！うん！決めたぞ！」

「えええ！かんべんしてくださいよ。友情切り裂くつもりですか？」

「お前ら解散してくれれば、この町の悩みは一気解決だ。わはははは」。

「あー！じゃ、僕も！」

「なんだ？」

「最初、美奈子さんに恋したくせにっ！」

「のわ？」

「しかも中3っ！」

「のわぁ？」



「えっとーーーー。ママチャリくん、お茶菓子あるけど。お茶でものんでく？」

本当だったのか・・・・・・。
あきれた人だなぁ。まったく。

「その前に駐在さん。この子、誰だか知ってます？」
夕子ちゃんを指差す僕。

「さぁーーー。どなたでしたっけね〜〜〜。はじめまして。お嬢ちゃん。ご一緒にお茶どうぞ〜」。

「あ。知らないんですね？」

「お、おお・・・。し、知らんなぁ・・・」。

「絶対に？」

「ぜったいに・・・・。くそぉ・・・覚えてろ。ママチャリぃ」。

今日もなごやかな駐在所。



※ランクリ忘れないでね〜〜〜〜。

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