ぼくたちと駐在さんの700日戦争

「ヒナギク！」

彼女はまだ麻酔から醒めていないようで、うつろなまなざしで、それでも加奈子さんを見ると

「加奈・・・・・。ごめんね・・・・」。

「ごめんって・・・。なんで？なんでこんなことに・・・」

「バカやっちゃった・・・」

加奈子さんは首をふりました。


「ね、加奈・・・・」

「なに？」

「バイク・・・。やめないで。あたいはもう乗れそうにないけど・・・。あたいの分まで乗って・・・・」

「ヒナギク！」

「加奈・・・。あたいたちと違うもん・・。加奈はやっぱバイクだよ・・・」。

それ以上の会話を担当医が遮りました。

呆然と廊下にもどる加奈子さん。

彼女を待ち構えていたのは、ヒナギクの両親でも、友人たちでもなく、警察でした。それも2名。

「君にちょっと聴きたい事があるんだがな」。
「私・・・ですか？」

「ああ。君、ジャスミンのリーダーだろ？」

「リーダーだなんて・・・そんなものじゃないですけど」。
しかし警察が彼女をリーダー格と見ている事は、加奈子さんもとっくに知っていました。

警察官たちは、彼女を集まっていた親族と離し、深夜のロビーへといざないました。

「今回の抗争で知ってること、全部話しなさい」。

「抗争？」

「とぼけてもらっちゃ困る。すでにけが人、それも重傷者が出たとなれば我々も放っておくわけにはいかない」。

「いえ・・・。私はここのところバイク乗ってなかったし」。

「とぼけるなと言ってるだろ？なんでリーダーが知らない！！」

警察官は語気を強めました。

「いえ。ほんとに。なんなんですか？抗争って」。

「ふざけるなっ！！！！」

さらに声を荒げる警察官。

「お前らが勝手に抗争してけが人出すのはいいがなぁ。その都度世間様に迷惑かけてんだよっ！」

「え・・・。いえ。私たちは・・・ただ走るのが好きなだけで・・・」

そう言いかけて加奈子さんは言葉を止めました。
が、警察官は
「お前らは好きでやってんだろうがなぁ。そのおかげで俺たちはこんな時間までふりまわされてんだ！」

　この人・・・自分の勤務時間のことを言ってるの？
　ひとりの女の子が足を失った時に？

加奈子さんは失望しました。

もうひとりの若い警察官は、ただ黙っていましたが、この時になってようやく

「いや・・・部長。このお嬢さんは無関係とおっしゃってるんですから」。
丁重な言葉で制止しました。

部下に制止された警察官は、ちょうどその時に看護婦から呼ばれ

「ちっ！」

と、加奈子さんに吐き捨てるように舌打ちすると、なげやりにその場を去りました。

「あの・・・お嬢さん・・・」。

「・・・」

「お友達の事は、なんと言っていいか。お気持ちは察するにあまりあるのですが・・・」。

加奈子さんは黙っていました。

「我々が恐れているのは、この報復合戦でしてね・・」。

報復合戦。
この言葉に、加奈子さんは我に返りました。
そうだ・・・。もしそうなら、誰かがこの仕返しに走ってしまうかも知れない。
誰が？
しかし、加奈子さんにとって、メンバーはおろか、人数さえ把握できていないジャスミン。
どうやって止める？

そしてもうひとつの感情。

どうせ誰かがやるなら、ヒナギクの復讐は自分が・・・。

「私・・・・・。失礼します」

「お嬢さん！」

加奈子さんは、病院を出るとXS-1を駆り、仲間のもとへと走っていました。

それは事故と相手の情報を求めるためでした。

それから1週間の間、加奈子さんは、あてどなくXS-1を走らせる日が続きました。
お父さんは、ちょうどオートレースの試合で、連日家を空けていました。
彼女の父は、彼女が生まれる以前から、こうした日課をこなしていましたので、それはごく日常的なことだったのです。

加奈子さんは、なんとかヒナギクを陥れた相手と出会おうと、事故のあった現場周辺を幾度も走っていましたが、相手も馬鹿ではありませんから、同じところに来るわけもないわけです。

加奈子さんは、この頃からいつも同じバイクに後ろを走られているのに気づいていませんでした。
というか、XS-1に乗る彼女は、CB750やGT750、750キラーと言われたカワサキマッハ500など、日常的に後ろを追いかけられるので、さほどに気に留めもしなかったのです。

しかし、警察官が恐れた通り、この時すでに、ジャスミンの報復は始まっていました。
ジャスミンの末端とも言える不良メンバーたちが、相手をつきとめていたのです。
相手もまた名もない高校生の不良集団でした。
相手がわかると、もとより組織としての統制のないジャスミンは、文字通り暴走していました。
ヒナギクを陥れた相手を見つけ出し、そのグループを襲い始めます。
襲われる側も、だまってやられているわけにはいきませんから、援軍を集め、さらにその抗争は激化していきました。
それは国と国が争うのとよく似ています。

やがてこの情報は、加奈子さんの耳にも入るようになりました。

それまでは冷静なふりをしていた加奈子さんでしたが、相手がわかった、と聴くと、とたんに怒りが込み上げてきたのです。

　そうよ。ヒナギクの敵は、私がうつ。


「そうして加奈子さんが腰を上げたっていうかなぁ。号令一下、始めてジャスミンが組織として動き出すんだ」。

「どれくらいいたんですか？」
「んー。たぶん、そん時でも7、80人はいたと思うよ。そりゃ美人リーダーだからね。いくらだって集まるさ」。

「相手は？」
「相手は不良高校生の集団。こっちもネットワークいいからね。どんどん集まっていった。中にはどっちにも所属してる、なんてヤツまでいたほどさ」。
「へぇ。無責任なもんなんですね」。

「まぁ、直接ヒナギク知ってるやつは少ないから。末端は喧嘩の理由もわかってなかったんじゃないの？」

「一大決戦ですねぇ」。
「いやいや。違うよ。小競り合いだよ。あっちこっちでね。やったりやられたり」。

「この時にね。漢字になるんだよ。蛇巣眠って」。
「なんでまた？」

「ユニフォームつくるとね。たとえばウチのグループもそうだったけど、STAR DUSTだと8文字だろ？」
「ええ」。

「刺繍代金は1文字いくらだからね。星屑だと2文字ですむ」。
「あ・・・。経済的理由なんですか」。
「あはは。まぁ、そういうこと」。

「ところがこの小競り合いがさぁ。予想外の事件ひきおこしちゃってね」。
「予想外？」

「集団を崩すには、君ならどうするって聴いたことあったよねぇ？」
「ええ。頭をうてば簡単に・・・。え？加奈子さんが？」

「いや・・そうだったらまだよかったんだけど・・・」。

「え・・・。それってまさか・・・」。

「そう。あそこ姉妹そっくりだろ？」

「嘘・・・でしょ？」

「美奈ちゃんは、当時中3だったけど。昔っから大人びていてね。加奈ちゃんとまったく見分けつかなかった」。

「・・・・・」

「塾の帰りにね。当時つきあってた彼氏かなんかといっしょのとこをね。バイクの集団にかこまれて」。

「え・・・。それって・・・・」。

そうです、シチュエーションは姫沼そのもの。
そうか・・・。

僕は、河川敷では、あれほどの大人数を相手に、まったくたじろぎさえしなかった美奈子さんが、姫沼ではまるで怯えた子猫のようになっていたのが不思議でなりませんでした。

　そうだったのか・・・・。

それは実は、彼女が負った心の傷がそうさせていたにちがいありませんでした。
姫沼の時も、相手はバイクの集団でした。
あの日の加奈子さんの狼狽。駐在さんの態度。すべてがひとつの線でつながります。

「彼女にするともっとショックだったのがね。その彼氏が逃げちゃったみたいなんだな。美奈子さんおいて」。

「嘘・・・・」。

それで加奈子さんに聴いちゃだめなのか・・・。




まてよ？美奈子さんには「処女を守る会」ってあって。あの時美奈子さんはみんなの前で「処女だっ！」って公言してた・・・。

「それでどうなったんです？」

「それがね。もう1人とんでもない勘違い男が現れてねぇ」。
「勘違い男？」

「そうそう。美奈子さんと加奈子さんを勘違いした男」。

まさか！

「そーなんだー。我らがセーコちゃんがやらかしてくれて。あはははは」。

「ど、どういうことです？」

「駐在さんね。加奈子さん尾行してるつもりで、美奈子さん尾行しちゃってたの。ばっかだね〜〜〜。ま、私服だと見分けつかないし2人おんなじ服着てるからね。いっつも」

いや。僕たちも美奈子さんを加奈子さんと間違えて尾行してた・・・。
あの時も2人同じ服装だったっけ。それを西条がダブルホックで見分けて・・・。
歴史は繰り返すんだなぁ・・・・。

「しかし、なにが幸いするかわかんないな。そのおかげで美奈子さんは間一髪で助かったんだよ。少し顔とか怪我したみたいだけど」。

「えっと・・・。じゃ、駐在さんが初めに恋したってのは・・・」

「さぁ・・・・。本人もどっちだかわかってないんだよねぇ。バカだよなぁ。ほんと」。

げ〜〜〜〜！なんて意外な展開っ！




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