ぼくたちと駐在さんの700日戦争

「あ、洋次？僕だよ。うん。ママチャリ」。

「実は音楽祭があるんだけどさ」

「え？いや・・・。レーダーの話はいいからさ・・・。関係ないだろ？え？シンバル？・・・いや。バカどもじゃないって」。

「え？スーザホン持ってたらしいって？い、いや・・・まさか・・・そんなの一般人手に入らないし」

洋次の情報。思ったよりずっと正確・・・。

「いや・・・。洋次・・・。超のつくバカって・・おまえ」

「バカじゃないっつってるだろうがっ！絶交するぞっ！くらぁ！」

「え？なぜ怒るって・・・。な、なんか他人に思えなくって。その・・ウィットに富んだ優秀な高校生たちがさ！」

「それより・・・」

僕は県民音楽祭のことをかいつまんで洋次に話しました。
洋次は、当初、突如もちあがったこの話に驚いていたようですが、最終的には

「うん。やってみる！やらせてくれっ！でも、俺なんかでできるかな・・・」
「ああ。僕はいままでいっぱいギターうまい人見て来たけど、お前は少し違う。きっとみんなを感動させられるよ」。

「へ・・・照れるな・・・。でも、ありがとよ。俺なんか気にしてくれてよ」。
「次の日曜だ。いいな？」

「ああ・・・わかった。それからなママチャリ、もらった電話で悪いが・・・」
「ん？」

電話を切る間際、洋次が言いました。
「鹿目に気をつけろ。いいな。西条にも言っとけ」。

また「鹿目」の名前が出ました。
プロボクサーくずれ・・・。って。
それは得体の知れない暗雲がせまってくるような、奇妙な脅迫感がありました。

いったい夜桜になにがおきてる？
蛇巣眠は・・・。

「あ。そうだ。マスター」

「ん？なに？」

「蛇巣眠のこと・・・。教えてもらっていいですか？」

「あ？あ、ああ。うん。いいよ」。

こう言いながらマスター
「ただし、奥さん、加奈ちゃんには言っちゃだめだからね」。

「はい・・・・」。

そしてマスターはこう切り出したのです。

「そもそもさ。加奈ちゃんは、日本人の子じゃないんだよ」。

「えっ？」

日本人の子じゃない？

「うん。加奈ちゃんのお父さんは、元オートレースの選手でね」。

「オートレース・・・？」

オートレースは、競輪のバイク版とも言えるもので、近年では元SMAPのメンバー森くんがこの業界に転身し、有名になりました。
競輪と違って技術を競うことから、かなりの高齢者まで現役で残るため、「新陳代謝制度」という、奇妙な選手入れ替え制度がありました。

「で。そのお父さんがね。中国の女性と結婚した。加奈ちゃん、日本人ばなれした美人だろ？」

そうだったのか。奥さんの得体も知れない美しさは、日本人の血じゃなかったんだ・・・。
僕は奇妙に納得するものがありました。
奥さんは、出会った時からさえ、まるで誰とも違った妖しい美しさがあったのです。
そう。例えればそれは「楊貴妃」のような美しさ。
もちろん、それは美奈子さんも同じでした。
しかも、天才肌の美奈子さんは、中国人の血と言われれば、強く納得させられるものがありました。

「当時は国際結婚なんてめずらしいからねぇ。猛反対で孤立無縁になったらしいよ。ま、これは聴いた話だけどね」。

「へぇ・・・」。

「だからほら。加奈ちゃん、650cc操るだろ？血なんだよ。血」。

「なるほど。でも、妹の美奈子さんは・・・」

「ああ・・・。そこ。そこなんだよねぇ・・・・」。

マスターの声がきゅうに曇りました。

「加奈ちゃん美奈ちゃん姉妹はさ。大井とかのレース場じゃアイドルだったらしいんだね」。

「そうでしょうね。可愛かったでしょうから」。

「で。小さい時からバイクには親しんでいたんだよ。12歳頃には、オートバイ運転できたっていうからね」。

「ふうん・・・。そう言えば、上手ですよね。奥さん」。

僕は西条くんを迎えに来たときの奥さんを思い出していました。
オンロードバイクでラフロードをすいすいと走り、そして最後のスピンでの止まり方。
とても女性のものとは思えませんでした。

「まぁ、彼女にすれば木馬みたいなもんなんだよ。バイクはね。シーソーやブランコより簡単にあやつれるんだ」。

「へぇーーー」。

「で。彼女も免許とれる歳。16歳になって、すぐ免許とってね。お父さんもすぐバイク買い与えたんだね。元が好きだからねぇ」。

「はい」。

「でもほら。当時って、まぁ、5、6年前だけどさ。男でさえバイク乗ってると不良扱いだからね」。
「はい」。

「まして女ででかいバイク乗ってるなんて、目立つわけだよ〜」。

「もうしょっちゅうからまれたらしいね。それでだんだん身を守る為に同じような境遇の女性ライダーたちが集まって・・・」。

「蛇巣眠ができた？」

「そそ。当時は、ジャスミンって、カタカナだったけどね」。

「へぇ・・・」。

「ジャスミンティーってさ。どこが原産かわかるかい？」

「いえ・・・。フランスかどこかですか？」

「あははは。駐在さんと同じ間違いしてるね。違うよ。ジャスミン茶は中国だ」。

そうだったのか・・・・。

「加奈ちゃんちでは、中国人のお母さんが毎日いれてくれてたらしいんだな。ジャスミンティーを」。

「へぇ・・・・・」。

「だから加奈ちゃんに近寄るとジャスミンの香りがしたらしいよ」。


さて。前説はここまで。
今度は「蛇巣眠」伝説です。駐在さんとの意外な出会い、
そして話は姫沼へとつながっていきます。

いよいよ明日から！




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