ぼくたちと駐在さんの700日戦争

電話にでたのは、洋次のお母さんでしたが、
「どちらさま？」と、けんもホロロなありさま。
おそらく仲間からの電話と思っているのでしょう。

が
「割賦の件でお電話をさしあげたのですが」。

ここでも千葉くん直伝のトークが役に立ちました。

「洋次。僕だ。わかるか？」
「え？あー！ママチャリだろ？」

「そうそう。バイクな。うまくいった」。
「え？ああ。もう引き取りに来たよ。バイク屋」。

早い！
よほどにびびったのでしょう。

「そいでお詫びとか言って5万円おいてった。まだ5回しか払ってねぇのにな。儲け出ちゃったよ。ははは」。
それは口止め料を含んだつもりなのでしょう。
もともと族のツテで法外な価格で売った中古品。それくらいはバチがあたらないでしょう。

「これでモンキーでも買うわ。俺」。

「ああ。そうしろよ。ただしなぁ。洋次」
「ん？」

「お母さんに少しやれ」
「え？母ちゃんには毎月入れてるって。お前ら普通科学生さんとは違うんだ」

確かに・・・。失言でした。

「あとな。僕は約束は守った」
「え？あ。ああ。驚いたよ。ほんと」

洋次はしばらく無言になりましたが
「族、やめろ？だろ？まぁ金払えなくってバイクなくなりゃな。徒歩で族ってわけにもいかねぇし。あれ売った先輩にはもう話いってるだろうし」
と、ここまで言って洋次。

「そう言えばよ。聴いた話なんだがな？」

「うん」。

「なんかさ。ねずみ取りレーダーに徒歩で挑戦したバカどもがいるんだってさ！」

「え？ほほ、ほんとか？」
げ。そんなとこまで話いってるのか？

「ああ。ホントらしいぜ。バカなやつらもいるもんだなーーー」。

「え？え？い、いや・・・そんなに馬鹿じゃないんじゃないっかなーーー」。

「ええ？大バカじゃん!!しんじらんねぇくらい」。

「い、いや。そそ、そういうことは、かしこくないとできないぞ。きっと。うんうん」。

「そうかなぁ・・・。どう考えても大バカ野郎たちだけどなー」。

「しつこいぞ！洋次っ！」

「え？あれ？なんで怒ってんの？」

「あ？え、いや。なんか、気持ちの通じるものがあってさ。うん」。
まさか、その作戦は僕がたてました、などとはとうてい言えません。

「へぇ・・・。そんな大バカやろうにねぇ・・・」。

「だから馬鹿じゃない・・・」

「バカの話はともかくとしてぇ」。

まだ言うか。こいつっ！

「どっちにしたって夜桜ぁ、終わりだ。蛇巣眠とやらかしてるし。総長は副長ともめ始めてる」。

やっぱりな。

「俺も潮時だ。お前の言う通りにするさ」。
洋次はちょっとだけ寂しそうでした。

「ママチャリ」。

「ん？」

「なんか・・・。お前もいろいろやってるみたいだけどな・・・ひとつ忠告しておくぞ」。
さすがだ。こいつ勘がいい。

「鹿目ってやつに気をつけろ。総長のダチなんだがな。プロくずれのボクサーだ」。

鹿目・・・。またこの名前が出ました。

「お前のダチにも西条ってやついるだろうが、鹿目が上って話だ。まぁ、年もぜんぜん上だからな」。

僕は受話器をおきました。

→ → → → → → → → → → → → → → → → →

翌日の学校。
僕と西条くんとは、窓から中庭を見ていました。

西条くん。
「あーあ。また月末くるんだなぁ」。

「ああ。そうだな」。

3年生になった僕たちは、毎月末に模擬試験を受けていました。
正式には2年生の1月から。7月までは就職志望組もいっしょに受けます。

「もーさぁ。憂鬱だよなぁ。ったく毎月毎月。特に30日前あたりからが憂鬱なんだよなぁ」。

月末の30日前から憂鬱ね。で、いつ憂鬱じゃないんだ？

「そうそう。西条。鹿目ってわかるか？」

「かなめ？かなめ・・・。いや。わかんねぇな」。

「そっか」。

「なんかひっかかりはするんだけど・・・・。そいつがどうかしたか？」
「なんか・・・。夜桜にいるらしい。プロボクサーくずれだとか・・・」。

「へぇ・・・」。

僕はそれ以上掘り下げて話す事をしませんでした。
というか、情報がそこまでしかないわけなんですが。
でも「鹿目」という名前を、昔、西条くんから聴いたような気がしたのです。
確かに・・・。

「じゃ。俺部活行くわ」。
「ああ」。

大会の近い西条くんが、先にその場をさりました。
僕はそのまま、開いた窓からまだ少しだけ冷たい早春の風にあたっていましたが、なにか後ろから巨大な威圧感を感じました。

「せ〜〜〜〜んぱいっ！」

「み、み、みずほっ！？」

「いっつもごちそーになってすいませ〜ん」。

いやいや。ごちそうした記憶は一度だけで、後はお前が勝手に食ってるだけだぞ。

「な、な、な、なんか用？竹内さんのこと？」

「やっだ〜〜〜〜ん。ちがいまっすよ〜〜〜。そうじゃなくって〜〜〜」

「じゃ、な、なに？」

「あたしがどこに所属してるか知ってます？」

「た、高砂部屋？」

　　ボキッ

「てててて・・・」。

「そうじゃなくって〜〜〜。バレー部なんです。こう見えても」。

「え？バレー部？」

和美と一緒だっけ？ウソでしょ？

「ゴ、ゴールキーパーでもやってるの？」

「やっだ〜〜〜。バレーにゴールキーパーなんていませんよっ！」

　　ボキッ
　　これは押された肩の骨のはずれる音です。

「それっで〜〜〜。今年ね。可愛い子入ってきたんですけど〜〜〜〜」。

「ああ。可愛い子って・・・？」

「夕子ちゃん！知ってるでしょ？」

「え？ああ。井上くんの妹なんだよ」。

「それっで〜〜〜〜。こないだ部室で夕子ちゃんと話しちゃったんです〜〜〜〜」。

そっか！

僕はこの時初めて気づきました。
夕子ちゃんが中学でバレーボール部員だったのは、3章でふれた通り。
実は和美ちゃんの後輩でもあるわけで。
当時は、どっちも僕となにか関係があったわけではありませんから、なにも考えもしませんでしたが、今度は違います。
まさしくはち合わせ。

「え！そそ、それで？」

「そこに和美先輩もいたんですけど〜〜〜〜〜〜〜」。

「うん。それで？」

「う〜〜〜ん。どっしよっかなぁ〜〜〜〜。しゃべっちゃおっかな〜〜〜〜〜」。

こういう女がこういうもったいぶった台詞を言うと、腹がたちます。

「こんなとこじゃなんだから〜〜〜。先輩、いっしょにポプラでもいきましょうか？」

「やだよ！」

またタカるつもりか。この女！

すると瑞穂ちゃん。
「先輩〜〜〜〜。和美先輩とおつきあいされてるんですってね！」

げ！

「なな、なんでそんなこと・・・・」。

「あら。バレー部にはコーラス部と兼任いっぱいいますから〜〜〜〜」。

なるほど、な。

「なんか〜〜〜。こないだ夕子ちゃんと話してたとき、和美先輩突然出てっちゃって〜〜〜〜」。

「え！それで？」

「う〜〜〜ん。これ以上はいくら先輩でも〜〜〜〜」。

「わ、わかった！ポプラ行こう！ポプラ！」

こうして僕はまた「借金地獄ポプラ」へと行く事になったのです。



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