ぼくたちと駐在さんの700日戦争

「ああ。村山、運転うまくていらっしゃるからな。美奈子さんとはえらい違いだ」。

「な、なんでそこで美奈子さんのことを！」
グレート井上くんが憤慨します。

「え。だって美奈子さんのって運転じゃねぇよな。あれは」。
「うん。運転じゃない」。
「けが人出てるし」。
「あれは運命に身を委ねてるっていうか」。
「日本の免許制度の盲点っていうか」。
「ある意味暴走族よりおっかねぇな」。


と、ここで

「そ、そうだ。スターレットと言えばねぇ」。
村山くんが口をはさみました。

「次のさ。日曜日に、ジムカーナあるんだ」。

「ジムカーナ？」

ジムカーナは、一定距離内にパイロンを立て、それを周回することによって、コーナリングの腕を競う自動車競技のひとつです。
まだ車が軽く、エンジン性能もたいしたことのない頃、安上がりなレースとして若者たちに人気がありました。

「うん。それにさぁ。出場することになったんだけどね」。

「え！村山が！？」

「うん。そう」。

「すっげー！村山なら優勝なさるよ！きっと！」
孝昭くん。まだ敬語が若干のこってます。

「でも、車ないじゃん。お前の兄貴の？」

「いや・・・。それがねぇ・・・・」
村山くんの発表はまたしても驚きのものでした。

「お、奥さんの！？」
「スターレットか？」
「な、なんだってお前、駐在所から借りるわけ？」

「だってノーマルじゃかなわないから」。

「え！奥さんってノーマルじゃないのか？」
西条くんがなぜか目をかがやかせますが

「いや。車。わかる？く・る・ま」。

「そっかー。ノーマルじゃぁなぁ。かなわねぇよなー」。

西条くん。なんかうれしそうににやけてますが、なんなんでしょう？

「で。そのアブノーマルな車なんだな？奥さんのは」。

「いやぁ。アブノーマルとは言わないぞ。西条」。
「うん。どういう車だ。アブノーマル」。
「チェ、チェーンとか巻いてる？」
「はいはい」。

「奥さんの車はねぇ。Cクラスくらいの改造まではされてる」。
「Cクラスって？」

ジムカーナに限らず、自動車レースは、排気量やその他の規定でA〜Dでクラス分けされています（大会によって分け方が違う）。
Aクラスは基本としてエンジンノーマルで、Dクラスは公道を走れない無制限の改造が許されます。
村山くんの言っているCクラスは、この大会では同一排気量ならどこをいじってもかまわないというもの。

「よく貸してくれたなー。駐在さん」。
「うん。ほら子供できたからさ。ノーマルな車に買い替えるんだって。それで最後ってことで。壊してもいいって。どうせ下取りないんだってさ」。

「あーそうだよなー。子供できてまでアブノーマルはよくねぇな」。

西条・・・。まだうれしそうです。

村山くんの運転のうまさは、定評がありました。
ひょっとすると、駐在さんは、去年の夏から、村山くんが自動車の免許証を持っていることを知っていたのかもしれません。


ところがこの日の深夜のこと。

コッコッ

僕の部屋の窓が叩かれました。

「ん？誰だ？」

窓を開けると、孝昭くんと久保くんでした。

「おー！今から村山の車で出かけるんだけどさ。一緒に行かねぇか？」

「ええ？今から？」

孝昭くんは、さも同意を求める口ぶりですが、ご承知のとおりこれは「強制」です。

外に出るとトヨタのスプリンタートレノがエンジンをかけたまま停車していました。

後部座席に乗り込むと運転席に村山くん。

「村山。このトレノ、誰の？」

「あ。兄貴の借りて来た」。

「ふーん。なんかすごいな。これ」。

見ると普通はないようなメーター、ばかでかい時計などがついています。

「うん。兄貴はラリーやってるからな。改造されてるんだ」。

「ふうん。この距離計みたいなのもそれ？」

「ああ。ハルダツインって言ってね。ラリーで走行距離計るのに使うんだ」。

さすがにカーキチ村山くん。詳しい。というか兄弟して車好き？

「気ぃつけてくれよ。この時期、必ず18歳の自動車事故おきてるからなぁ。新聞に載るのはかんべんだからな」。
釘をさす僕に村山くん。
「大丈夫。信頼しろ」。

「いや・・・。お前が運転うまいのは知ってるけど」。

村山くんは、中学から車をいじっているだけあって、運転は抜群のうまさでした。
しかし真夜中の高校生だけのドライブ。検問ひとつでもやっかいです。
そして、予想外の事態はやはりこの夜におきました。

「で？どこまで行く？」

「うん。それなんだけどな。笹谷の謎の標識でも見に行かないか？」

「笹谷の？」

山形県と宮城県を結ぶ国道、286号線笹谷峠は、細い山道でしたが、その一番上に謎の標識がありました。
それはエクスクラメーションマークが4つついた標識で、道路交通法では「その他の注意」と言われる、たいへんめずらしいものです。

それがどういう注意かは謎で、一説では、そこに幽霊が出るからだ、とまことしやかに伝えられていました。

僕たちはもともと「心霊研究会」ですので、一度、これは見たいと、思っていたのです。

「じゃ！真夜中の心霊ツアー決行！」

まー、僕たちじゃなきゃ考えつかないようなツアーです。

しかし。

道に迷ったせいもあって、僕たちの車がバイパスに出たのは午前0時をまわっていました。
バイパスを快調にとばす村山くん。

が、ここで後ろにべったりと張り付いて来た車がありました。

「ん？なんだ？ケツについてくる車」。

後ろの車は、ピッタリくっついてきたばかりでなく、激しく蛇行し、いわゆる「アオリ」をしかけてきていました。

「やべ。族だ」。

と、村山くん。ミラーを確認して

「4、5台はいるな。お前ら後ろ見るなよ」。

「ああ。4、5台ってことは、最大だと20人かぁ。面倒だな」。

「いや。その他にオートバイもいる。多ければ30人くらいか」。

「この車、目立つからな。いやがらせ仕掛けて来てんだ」。
と、久保くん。

「このあたりだと夜桜連合かな」。

「可能性はおおありだな」。

すでに隣りの車線にまで来ていやがらせを繰り返しています。

「どうする？やるか？」
孝昭くんが相談します。

「いや、やるっていっても人数で負けだ。追いつかれたら終わりだぞ」。

「うーん・・。弱ったな」。

僕は村山くんの指示を無視して、後ろの車を確認しました。
とは言え、激しくパッシングするライトが目をくらませます。

「いや。大丈夫だ。まかせろ」。

僕にはひとつの策がありました。

「飛ばせ！村山！」

「おお！」


＜次回、暴走族から逃れる方法。その1です＞



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