ぼくたちと駐在さんの700日戦争

西条くん、
「ところでさ。リョウのこと覚えてるか？」
「え？ああ。ミカちゃんとこの」。

「病院、寄ってけよ。リョウもよろこぶ」。

以前にも一度ふれていますが、西条くんが単なる「子供好き」と違うところはここです。
一度かかわった子供は、その時の感情だけではなく、とことん友達づきあいするのです。
多くの子供たちが、本能的に西条くんを慕うのも、このあたりにあるのかも知れません。

しかし西条くん。なにを考えたのか
「あ。お前ら、先に行っててくんねぇか。俺よるとこあんだ」。
「ああ。かまわないけど？」

「じゃ、ロビーで会おう」。
西条くんは、そう言うと、ひとりどこかへとバイクで向かいました。

見舞い品でも買うのかな？
僕たちは、不思議に思いながらも、3人で病院へ。

「なつかしいなぁ」。

それは、花火のときと、なにも変わっていませんでした。

あそこで僕が駐在さんのパトカーから降りて・・・。
あそこで、西条が叫んだっけ・・・・。

ロビーで待つこと30分。

「西条、おっせーなー！」
「うん。やばい。バイト間に合わなくなっちゃうな」。

と、そこへ西条くん、ようやく登場・・・と、思ったら・・・

「さ、西条！なな、なんだ！そのあたま！？」
「えええええええ!?」
「な、なんかあったのか!?」

僕たちが驚いたのも無理はなく。
遅れた西条くん。なんと頭が坊主!!!

これには3人とも度肝を抜かれました。

「ど、どういう心境の変化だ？」
「たた、竹内様にフラれたからか？」

これにむっとして西条くん。

「ちがわぁ。ま。これから暑くなっからよー」。

暑くなるって。まだ3月・・・？
なに考えてるんでしょう？

いずれにせよ、彼が遅れた原因は、この「おもいきった散髪」にあるようでした。

「に、似合わねぇか？」
「うーん。微妙だなぁ・・・。迫力はある・・・」。

やがてエレベーターが、リョウくんの病室の階へと到着し、

そこで僕たちは、またあの笑顔に会うことができました。

「サイジョ・・・・・・・・・!!」

ミカちゃんです。しかし、すっかり風貌の変わった西条くんに、さすがのミカちゃんもびっくり。

「と、けらいたち・・・・・・・」。

「ササ、サイジョーーーー!!!お、お、おもしろいおおおおおおおお！」

「え！そ、そうか？」

「どーしたの？サイジョー？」。

「まぁ。心境の変化だぁ」。

そう言うと、西条くんはミカちゃんを抱き上げました。

そのまま廊下を歩く僕たち。
窓の外の景色。リョウくんに花火を上げた夏を思い出します。

確かに・・・。この空だったなぁ。あの時見上げたの・・・。

それはとても不思議な気持ちでした。


そしてリョウくんの病室。ここも本当にひさしぶりです。
いや。西条くんはおなじみのようでした。
すれ違った看護婦さんたちが、西条くんの頭を見て笑ったり、声をかけたりするのは、なによりその証拠でした。

そして。病室のベッドの上。
リョウくんは・・・。しっかりと生きていました。

よかった・・・。

そしてこの時。僕たちはあることに驚き、そして西条くんの行動を初めて理解したのです。

「あーーー！おにいちゃんたちーーー！」

迎えてくれたリョウくんの笑顔。
その頭には、髪の毛が1本もなかったのです。

放射線治療か・・・・？

「サイジョーーー。どうしたの？そのあたま？」

リョウくんがたずねます。

「あ？うん。ちょっと前からなぁ。剃ったんだよ。髪の毛じゃまでよー」。

そっか。それで西条・・・。髪を・・・・・。
なんてヤツだろう。

「似合ってるー。サイジョー」。

「あ？そうだろ。おそろいだなー。リョウ！」

「え？アハハハハ。そうだね」。

その治療の甲斐があるのか、リョウくんは、夏に会った時よりは元気でした。

病室でリョウくんと遊ぶのは、1時間に限定されましたが、それでも夏の20分よりは3倍も長くなりました。

これだけ長いと西条くん。
さんざん遊んでいましたが、なんとそのままリョウくんのベッドを枕に眠ってしまいました。

手にはイカデビル。

「サイジョー、眠っちゃったお」。

ミカちゃん。

「しーーーー。おこしちゃだめだよ」。

僕たちは、ミカちゃんとリョウくんに黙るように言うと・・。

やがてチャーリーが看護婦の控え室から水性マジックを借りてきました。

「しーーーーー」。

指を当てながらチャーリー。マジックを一旦体であたため、

なんと。西条くんの坊主になった頭に髪の毛を書き始めました。

「ククククククッ」
その様子を見て、ミカちゃん、リョウくん大歓び。
必至に笑いをこらえています。

が、ここで孝昭くん。

「貸せ！」

チャーリーからマジックをとりあげると、なにやら後頭部に書き始めました。
それは、なんと言いますか。ガキの落書きによくあるいわゆる山手線の落書きなのですが・・・。

「なに？それ？」

ミカちゃんも、リョウくんも不思議な顔をしています。

「おまえらは、まだ知らなくっていいんだよ。まー、どうせ塗りつぶすから」。

と、その山手線マークを塗りつぶそうとした時に

「んあ？」

西条くんがおきあがりました。

「げっ！」

「ん？あれ？なんか頭スースーする」。

「西条、そ、そりゃそうだろう。ぼ、坊主だからなー」。

「あ？そうだ。髪、剃ったんだっけ」。

「そうそう」。

後ろ手にマジックを隠す孝昭くん。


「あ！やべ！そろそろ帰んないとな！」
西条くんが言い出しました。

帰んないと、はいいんですが、山手線マークを描いたままで帰るのは実にまずい。

が、西条くん。
「じゃな。ミカ、リョウ、また来っからよ！」

挨拶もそこそこ、病室を飛び出してしまいました。
西条くんの後頭部には山手線マーク。

まー、目立つ目立つ。あったり前ですが。

「やべー。どうしよ？」
「どうしようたって。馬鹿だな。孝昭は」。
「いや。もとはと言えばチャーリーだろ？」
「え！お、俺のせいかよ！」

「お前ら、なにこそこそもめてんだよ！」

と、西条くんが振り向くと、
向こうからいらっしゃったお医者様が

「プッ」

と吹き出しました。

「なんか、俺、さっきから笑われてねぇか？」
「え！い、いや。そんなことはねぇぞ」。

「やっぱ坊主おかしいかなぁ」。
「い、いや。そんなことはねぇぞ」。

「なぁ。これからよー。街くりださないか？」

西条くんは言いますが

「い、いや。西条。街はまずいよなー。街は」。

「んん？めずらしいな。孝昭」。

「いいから。街はやめよう！」

と、言いながらもエレベーターへ。
が、ここでも西条くんの後ろの人たちは、いっせいに吹き出しています。

ロビーももちろんそのまんま。

「なんか・・・。いつもと空気が違う・・・」。

いい勘してます。

西条くんが、孝昭くんのこのイタズラを知ったのは、これよりさらに20分後。
家に到着してからのことでした。

ああ。山手線。




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