ぼくたちと駐在さんの700日戦争

「そうなのよー。うんうん、それでね・・・。赤ちゃんがえりって言うのかしら」。

育児の話のようです。

「うん。それでー。”オッパイほしいでちゅー”とか。電話で言っちゃってるわけ」。

あん？

「ほんっとにねー。そんな子に育てた覚えないのにねー」。

待て。母。育児って、僕か？

「あ？あ。今帰ってきたみたい。じゃ、またねーーーー」。

またね。じゃなくて。

「母ちゃん。今の電話・・・・」。

「あら。聴いてたの？人の電話盗み聞きするなんて趣味悪いわよ」。

てめーはさんざんやっておきながら！

「誰と電話してたんだ？え？誰になにしゃべった？」

「え・・・井上さんちよ。大丈夫よ。向こうからの電話なんだから」。

電話代のことなんか言ってないって！女子中学生の言い訳かっ！

「い、井上の父ちゃんにそんなこと教えたわけ？」

「え？まさか。いくらなんだってお前の同級生の親御さんにそんなこと・・・」。

ほっ・・・・。

「今のは妹の夕子ちゃんよ」。

ええええええええええええええええええ
ええええええええええええええええええ
ええええええええええええええええええ！！

し、信じがたい。

「じゃ、僕への電話じゃん！なんで切るんだよ！」

「あ。そう言われればそうねぇ」。

と言いながらも、鼻歌混じりで台所へ消える母。

僕は大慌てで井上家へ電話。
最初に出たのは、グレート母さんでした。

「あら。また学校お休みなんですって？」

「え・・。は、はい。まぁ・・・・」。
けっこうきついことをズバズバと・・・・。

「たいへんねー。お休み多くて。ところでテレビなんだけどね？」

「て、てれび？」

「なんかねぇ。キャンプ情報、ジャイアンツばっかりでカープがうつんないのよ。なんとかしてくんない？」

できるわけないでしょ。

「今、お父さんと換わるわね」。

いや。お父さんに換わってくれって誰が頼んだ？
が、電話口にはグレート父さん。

「あ・・・。あの・・・おとうさ・・ジャイアンツファンの井上さん・・・」。

「おお。君か。困るな。しっかりやってもらわないと」。

「はい？」

「娘がひどくがっかりしているんだが」。

やっぱし・・・・そりゃそうだ・・・・母ちゃんの馬鹿。

「ちゃんとやってくんないと、タカさんと義理の夫婦になれんだろうが！」
奥さんに聴こえないようにこそこそ言ってますが。
なんて自己中心的なやつ・・・。
まだ言いはってんのか。義理の夫婦論。

「は、はい。と、ところで・・・」。

「ああ。今かわるよ。待ちたまえ」。

と、換わった相手が

「あれ？なんだ？今日会ったばっかりなのに」。
グレート井上くん。

まるで障害物競走のようです。井上家。

「あ？あー。うん。えっと・・・・」。

元々、夕子ちゃんにかけた電話。グレート井上くんには、なんの話もありません。

「ゆ、夕子ちゃんに換わって・・・くれるかな？井上くん」。

「・・・・・」。

「だめ？」

「だめ」。

ガチャ。

結局、用もないのにグレート母さんとグレート父さんの苦情をうけたまわっただけの電話になりました。なんという家族でしょう・・・。


家族より遅れた食卓で、例によってフォークでご飯を食べる僕。

母がおかずを並べながら言いました。

「そうそう。学校、電話あったわよ」。

「え？そ、それで？」

「2週間ですって」。

に、2週間？
僕は母の交渉が効かなかったことに驚きました。

「え。でも・・・母ちゃんが・・・・」。

「なんかね。前例と照らし合わせてダメなんですって」。

前例・・・

「そ、それで母ちゃん、黙って聴いたわけ？」

「ええ」。

意外にあっけなく答える母。

「そんな・・・。母ちゃん・・・・」。

「お前も母ちゃん母ちゃん言うんじゃないの。高校生なんだから」。

「そ、それはそうだけど・・・・」。

「言いたいことは言ったんだし。まぁ。2週間お休みもらったと思って」。

「2週間・・・・」。

長い・・・。2月が終わる・・・。
僕が気になったのは、和美ちゃんの引っ越しです。
そう言えばいつ引っ越しなんだ？

僕は夕食もそこそこで和美ちゃんの家に電話しました。

「あのさ・・・。聴いておきたいんだけど・・・。引っ越し。いつ？」

和美ちゃんは答えづらそうに、それでもめいっぱい明るく。

「3月・・・・。6日よ」。

え・・・・・。

聴くんじゃなかった。
日付を聞いた僕は、謹慎明けからわずか1週間後という現実感に、押しつぶされそうでした。

合わせても3週間・・・・か・・・・・・。





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