ぼくたちと駐在さんの700日戦争

どんなに悪知恵が働くとは言え、なにしろ「呪いの人形」。
僕は、コーラス練習にまで持ち込んで、その人形を眺めていました。

「駐在さんに見てもらおうかな」。
僕がひとりごとのようにつぶやくと

「駐在？校内のことをか？」
「校内とは限らないだろ。お前が見た不審者、外に逃げてるし」。
「でも、和美の外履き、盗まれたんだろ？校内だよ」。
「そうかなぁ。だいたい同一人物なのかなぁ」。

ボソボソと話し合う僕たち。

が。

「君たちぃ!?なにボソボソ良からぬ相談やってるわけぇ？」

なぜ「良からぬ相談」と決めつけるのでしょう？

「あ。すいません。実は・・・」。

と、人形を相模コーチに見せたとたん

「きゃ！なに趣味悪いものつくってんの！？」

「え・・」。

「あー！わかった！君たち、またそういう人形つくって！」
「はぁ？」

「私の体ね！これ。まったくやらしいんだから！」
「いえ・・・あの・・・」。

「なんで君たちってば性欲のかたまりなわけっ!?」
「え・・・・性欲・・・」。

ベタッ

コーチ。
人形を床にたたきつけてしまいました。
とたんにひしゃげる粘土人形。

「ああああああああああああ！」

普段の行いとはこういうところに反映されるわけです。
もっとも「行い」は西条くんたちで、「反映」のみ、僕なわけですが・・・。


事情を話し、相模コーチが青ざめて納得した時、すでに遅く

「あーあ。なんかただの饅頭みたいになっちゃったな」。
「うん・・・ハリネズミみたい・・・・」。

「ご・・・ごめんなさい・・・あの・・・私・・なんて言っていいか・・・」。

「先生。僕、先生の人形つくって遊ぶほど、飢えていません」。

「ご、ごめんなさい・・。君たち、その、いっつもバスーンとか・・好き放題言ってるものだからつい・・・」。

人形は「打ち所」が悪かったらしく、原型をとどめていませんでした。

「でも・・・。ほら・・・胸とか・・・あったから・・・」。

「胸？」

「そ・・・そう。殿方には、ほら・・・ないでしょ？」

言われてみれば・・・。
どうしてそこに気づかなかったのでしょう？

「でもすでに、胸あったかなんてわかんねぇな・・・」。
「うん。平だもんな」。

「作り直すか？」
「よせやい。なんで呪い人形、わざわざつくる」。

「ほ、ほんとにごめんなさい!!」

胸・・・か・・・。
女の人形？
なぜ僕のところに？

西条くん。
「先生〜。つくりなおすんでモデルやってくださいね〜」

それがいかんのだ！それがっ！



帰り際、僕は和美ちゃんもつれて駐在所にいました。

「お！ママチャリ！また、姉ちゃんちがうな！」

まず洗礼。
初めての警察関連施設に萎縮している和美ちゃんは、さらに黙り込みます。

「駐在さん〜。それいいから、これ。見てください」。

「ん。なんだこれ？ハリネズミか？」

やっぱし・・・。
普通の感覚ならそうとしか見えません。

「それ。元々は人間のかっこうしてたんです」。

「人間？これがか？」

「はい。女性、みたいです」。

「んー。お前らが変態なのは知ってるが、つきあえんぞ？」

「いや・・・。つきあってほしいんじゃなくて・・・」。

どういう遊びだ・・・。


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「ふむ。藁人形みたいなものか」。

「まぁ、そうともとれます」。

「学校には相談したのか？」

駐在さん。当然の質問。

「いえ・・。まだそれは・・・」。

「ふむ。お前らの学校、こう言っちゃなんだが、生徒には無関心っていうか・・・そういうとこあるもんな」。

そうです。僕たちの学校は、あまり生徒のことに介入してくれません。
極めて事務的で、それはお役所のようでもありました。

「だいたいお前ら野放しにしとくような学校だからなー」。

野放し・・・。野獣か？

「こないだの手紙と関係あるのでしょうか？」

「ないとは言えないが・・・。普通、警察はそういう見方をしない」。
「え？」

「まぁ、ありえる可能性は全部見る、という癖があるからな。我々は」。
「可能性ですか・・・」。

「ママチャリ。お前、怨み買うような相手は？」
「うーん。思い当たりませんねぇ」。

「そうか？じゃ、うちくらいかな」。

恨んでたのかよ・・・。

「和菓子屋も恨んでたが・・・。あそこならアンコで作るだろうしな。わははは」。

こいつ、ぜんぜん真剣味がない。

「で？そちらのお嬢さんは？」

「あ。和美は・・。外履きがなくなったんです」。

「外履き・・・ねぇ。いずれも玄関先のことだな」。

ん。言われてみれば・・・。やはり校内とは限らない・・・？

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人形は駐在所には預けず、持って帰りました。
もう少し、自分で調べたい、と思ったのです。

帰りは、外で待っていたバリトンくんと長内さんと合流。

「なにかわかったか？」
バリトンくんの質問に

「いや・・・。なにも。和菓子屋が恨んでることくらいかな」。

「和菓子屋？なんかしたのか？」

「んー。たしかチャーリーたちが”バレンタインは饅頭で”とかいう張り紙貼ってた。そのことだろ」。
「うわー。やるなー。あいつら」。

「うん。価格、1箱2万円とか書いてたからなー。饅頭で。でもなんで僕が恨まれる・・・」。
「あははは。売れねーなー。それ」。

「なんであんなに和菓子屋にこだわるかなー」。
「さぁ・・・レフティいるからじゃないか？」。

レフティとは和菓子屋さんで飼い始めた犬。
野良で雑種ながら、あまりに賢くかわいいため、チャーリーたちはお気に入りでした。


「君たちって・・・」。
和美ちゃんが口をはさみます。

「なんでそんなにガキなの？」

「え・・・・」。

ガキって・・・。しかも僕はやってない、って言ってるのに。一緒くた？

「和美。あのテープの曲目、全部知ってたっていったね？」

「うん。16曲。全部わかったわ。少し前に流行った曲ばかりだったから」。

少し前・・・。
そう言えば、ほとんどは、いえ、全てが中学時代のヒット曲・・・。
『魔法の黄色い靴』も、『心もよう』も。

「曲目に記憶は？」

「うーん。どっかひっかかるとこはあるんだけど・・・・」。

「あっ！そうそう！」
バリトンくんが声をはりあげました。

「あの『心もよう』な。学校のレコードだった」。

「学校の？なんでわかった？」

「昔、お前に教えたろ？10円カートリッジ」。

「10円・・。ああ」。

10円カートリッジというのは、レコードが傷ついて飛んでしまうようになった時に、レコードプレーヤーのカートリッジ（針のついている部分）の上に10円玉を乗せてかける方法です。
こうすると針圧（針にかかる圧力）が上がって溝が削られ、レコードは飛ばなくなるのです。

「10円カートリッジやったとこは、そこにノイズが残る。で、同じとこにノイズ入ってた。あの『心もよう』」。

「学校のレコードを録音したってことか？」

「そういうことになるな」。

「それって。放送委員にいるってことじゃないか？」

「まぁ・・・そういうことに・・・なるか」。

バリトンくんは声を曇らせました。
それはつまり、自分と同じ放送委員を疑うことでもあるからです。

誰なんだ？





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