|
【この項の目次】
|
|
■病院勤務医のささやき
(ホームページコラム第6回) |
2007年3月に発刊された全570ページにも及ぶ長編ものだが、この私が珍しく飽きることなく最後まで読めたのは、大変おもしろく、示唆に富む書物なのであろう。アメリカのカリフォルニア大学に勤務する2人の医師の作品で、聖路加国際病院院長の福井次矢先生が監訳されている。
 |
|
新たな疫病「医療過誤」
著者:ロバート・M・ワクター/ケイヴァ・G・ショジャニア
福井次矢[監訳]/原田裕子[訳]
出版:朝日新聞社 |
まず序章で、1999年にアメリカ医学研究所から報告された『アメリカでは医療過誤によって亡くなる人が毎年4万4千人から9万8千人にのぼる』という衝撃的な数字から始まる。本書はいくつかの医療過誤の事例を紹介している。受けなくても良い心臓カテーテル検査を受けてしまった患者取り違え事故、医師の字がわかりにくかったため間違った薬を呑まされ死亡してしまった若年男性の事故、心臓移植の権威である医師が血液型を確認していなかったために死亡してしまった小児の事故など、その場の状況を忠実に再現し、よんでいて自分がその立場であったらと感じてしまうほどの臨場感が伝わってくるくらいの書き方である。
本書は、読者(一般市民が主体)に医療の困難さ、複雑さを理解してもらいたい、そして医療過誤をいかに防ぐかという医療提供者側への教訓と、医療過誤からいかに免れるかという患者側への教訓をそれぞれ示すものである。しかしこの類の本は、作るのが実は極めて難しい。少なくとも日本人が作ったものの中に、このような本はいまだかつて見られなかったと思う。本を書くのが得意なマスコミ関係の人には、難しい医療知識が大きな障害になっていることと、医療現場の特有な文化やしきたり、あるいは沈黙を守るといったといった医療関係者の存在のために、このような本は書きにくいだろう。
日本でもよく報道される医療事故の内容は、事実のほんの数パーセントしか伝えていないような記事が多く、医療者側から見ると、もっと真実を伝えてほしいと願うことが多いし、最も問題なのが事故を起こした医師や、看護師がまるで単に殺人事件をおかした犯人のように書かれてしまうことである。本当はなぜそのような医療事故に至ったかを正確に伝え、それは主として医療の困難さやシステムの問題にせまるべきことが多いのにである。しかし本当に攻められるべき医療者が存在するかもしれないことは事実かもしれない。また一般の読者には、このような本で医療に疑心暗鬼になってもらってはこまるので、このようなセンセーショナルな本はあまり世にでてこなかったものと思う。しかし現に医療事故は起こりうるものであり、最近の医療過誤、医療訴訟を考えるにつれ、医療者側と患者側とが、もっと医療の不確実性、困難性をよく理解しあう、話し合うことが大切で、その意味でこの本は大変貴重と思う。そしてそれを防ぐ最も重要なことは、仕事に余裕のない医療事情も大きな要因であり、医師不足、看護師不足の解消がまずは大切なのである。
|
|