総合病院鹿児島生協病院 院長 【所属学会・認定医・専門医】 日本内科学会認定医認定医、評議員 日本循環器学会専門医 日本心血管インンターベンション学会認定医 馬渡 耕史 (まわたり こうし) |
日本の病院では医師数が絶対的に不足している |
はじめに |
今医療の現場は20年前と比べようもないくらいに過密で過重労働の職場になっています。「小児科医が足りない」「お産ができない」など連日報道されています。この3年間でお産ができる施設は5,000から3,000に著しく減少し、内科・外科・脳外科など救急疾患を扱う医師数も不足しています。今回のシリーズでは今の医療の現状と何故こうなったのか、どうしたら改善できるかをお話しします。 |
1.日本の医療は世界一と評価されているが |
日本の医療は世界保健機構(WHO)と経済協力開発機構(OECD)の報告書で、医療健康達成度、健康寿命が第1位と評価され、総合世界一となっています。(図1) ところが医療に投入されているお金は、OECD加盟国中18位という低い状況です。(図2) 国がお金を使わなくて国民の健康が守れると言うことは、その裏で多くの医療従事者の献身的な努力があってこそ初めて成り立っているのですが、多くの皆さんにはわかってもらえてないという現実があります。 |
2.病院での仕事が終わらない医師たち |
皆さんが病院に入院した時、医師や看護師に声をかけたくても忙しそうで声をかけれない経験をお持ちの方が多いのではないでしょうか。 日本の医師・看護職員数を国際比較してみると、人口1,000人あたりの医師数は日本が2.0人なのに対し、ドイツ3.4人、フランス3.4人、アメリカ2.3人で日本の医師数は、ドイツの6割、アメリカの7割という状況です。(図3) |
病床100床当たりの医師数はアメリカの1/5、ドイツの1/3、看護婦数はアメリカの1/5、ドイツの1/2で毎年その格差は広がってきています。(図4) |
このような日本の病院の医師看護師不足は当然、医療の質にも大きく影を落としています。一人で何人分もの仕事をこなしても終わらない日本の医師の現状は、プロ意識に支えられていると言っても過言ではありません。ある人はこれを称して「特攻隊医療」といいました。アメリカの病院では一人の患者さんに向き合うとき、多くの専門医が患者さんを支えるチーム医療の体制をとっています。日本の病院では主治医として、診断から治療そして在宅ケアまで一人で何役もこなしており、勤務医は外来の患者さんの診察が終わってから時間外に入院患者さんの診察を行っています。 またよく患者さんに誤解されていることの一つに「外来の担当ではない時の医師はお休み」というのがありますが、医師は外来以外にも検査や手術、往診、検診など患者さんの目につかないところで働いているのです。 結局は病院医師数の絶対的不足のため、日本の一人の医師が、年間に診察する患者数は、8,500人でOECD平均が2,400人なので欧米の3.5倍の患者さんを診察していることになります。しかも外来患者さん一人当たりの診察料の平均は、日本が7,000円なのに対して、米国は62,000円、スウェーデンはなんと89,000円で日本は極端に低くなっています。(図5) |
3.日本の医師は何故不足したのか? −12万人不足− |
日本勤務医は少しづつ増えてきてはいますが医師労働の過密化を補うものになってはいません。国際的にはこの30年でOECD平均の医師数は、1970年の1.4から2000年には2.8人に増加していますが、日本は1.1人から1.9人にしか増加しておらず29カ国中26位でその差はますます広がってきています。(図6) |
現在は日本で一番医師が多い県でもOECD平均を下回っており、現在の日本の医師数をOECD平均並みとして換算すると12万人不足しています。
その原因は国の医療費抑制策にあります。「医師が増えると医療費が増える」と宣伝し1983年以降「医師過剰論」をふりまき、医学部定数を減らしてきたのです。医療の専門分化と高齢者増加に対応するために医師養成を増やしてきた欧米諸国との差がいま現実のものになったのです。 |
4.過労死寸前の病院医師たち |
このような絶対的医師不足の中にあって、多くの勤務医の労働は過労死寸前までになっています。大阪府医師会が49の病院でアンケート調査をしたところ、病院勤務医の1週間当たりの平均超過勤務時間は16.8時間で、20時間以上の超過勤務をしている勤務医は29.3%に上ることが明らかになりました。週20時間以上の超過勤務は、厚生労働省の過労死認定基準を超えるもので、約3割の勤務医は「過労死」環境の中で働いていることになります。 また医師には当直がありますが、当直明けの翌日も94.7%の医師が通常勤務に就いています。しかしこのことはほとんど知られていません。多くの皆さんは看護師さんのように『夜勤明け』があるように思っておられると思います。外科医師は当直の翌日も普通に手術をしているのです。このことにこの国の政府は目をつぶり続けているのです。 |
5.どうして病院勤務医が辞めるのか |
今、日本の病院では最も活動的な40代のそれも内科や外科といった診療の中核を担う医師の退職が増えています。医師の仕事は「うまくいって当たり前、何かあったら医療事故?」というように責任を問われるだけでなく、帰宅後も担当患者さんに関する問い合わせ、夜間休日での緊急手術対応など、強いストレスで四六時中拘束される仕事です。その上現場の労働が極めて多忙になり医療事故と隣り合わせの状態に不安を抱いているのです。 1人の医師が辞めるとその負担が他の医師にかかり、悪循環でさらに医師がやめていくドミノ現象がうまれているのです。 この状況を突破するには医師の体制を厚くする(多くする)ことが必要ですが、これまで国がとってきた「低医療費政策(医療にお金を出さない、お金をかけない)」を転換しない限り困難です。 |
6.医療にまわすお金は本当にないのか |
政府のとり続けてきた「低医療費政策」の特徴は、第一に医師数や診療報酬を抑え医療費全体を低くすること、第二にその低医療費も国や企業の負担を出来るだけ減らして患者・国民に押しつけるというものです。その結果いままで国が国民健康保険への税金支出を減らしてきたため国保税があまりに高くなり全国で500万世帯が払えない状況になっています。さらに年々患者さんの「窓口自己負担」は増え、病院にかかれない状況が生まれています。一方で日本の病院の三分の二は赤字です。このような状況が続けば地域から病院がなくなり、いつでもどこでも安心して医療をうけられなくなるでしょう。 では本当に医療にまわすお金はないのでしょうか。年間の医療費30兆円はパチンコ産業の30兆円と同じです。また日本の公共事業費はサミット6カ国の合計より多いという異常事態が続いています(図7)。 |
銀行に対しては「公的資金」と呼び名を変えて税金を投入し、経営がよくなっても法人税0という状況です。大企業は最高の収益を上げているのに12兆円もの減税をうけ、その一方で国民には増税を押しつけているのです(図8)。これまでの消費税の累計148兆円はすべて法人税減税分145兆円の穴埋めに消えました。 今の医療崩壊の問題の根本はお金がないのではなくて、医療にお金をかけようとしない政府の姿勢にあるのです。 |
7.低医療費政策を変えさせよう |
病院の医師が健康や生活に不安なく働き続けることができることは医療の根幹にかかわる課題です。医師の労働実態がこれほどまでに注目されたのは歴史上初めてといってもいいと思います。事態が深刻であるだけに『この国のあり方』にみんなが注目しています。 今臨床研修に励んでいる青年医師やこれから医師を目指す医学生たちが、医師としての展望が語れるような医療環境を創り上げていかなければと強く思います。 |
(まわたり こうし) |