脳梗塞。 わたしはそれに間違いがない、と思って、何でもいいから今すぐ帰ってこい、と彼に言った。 電話先は高田馬場。庁舎までは40分でつくだろう。
顔面の痙攣くらいなら初期の段階だから大丈夫である。 すぐに救急救命センターに電話をして、1時間後にそちらに向うと言い、症状を伝えておいた。 病院は受け入れの準備をしておくという。 案外早く、30分後に彼は帰庁したが、待たせてあるタクシーにすぐ乗せて、千駄木の日本医科大学附属病院に連れて行った。
病院ですぐに脳の断層検査をして、やはり脳梗塞という診断だが、まだ初期段階だから命に別状は無い。 検査着姿で断層検査室から出てきたその姿は、からだ中にチューブを刺され、薬を体内に注入されている。すぐに集中治療室に移されていった。
ほっと、したのだが、家族に連絡をとらなければいけないので、彼のかばんの中の手帳をみて自宅に電話をして驚いた。 電話口の奥様に病状を話したところ、彼はここ1年、自宅に帰っていない、という。 そして、電話口では奥様が泣き崩れている。 まいった、どうなってのだか私には全く理解できなかった。
同行した部下が定期入れの中から本当の連絡先を見つけたので、電話をして、もう一人の奥様に事情を説明すると、すぐ、こちらに向うという。 なんか、いやーな展開になってきた。
本妻とめかけ。ほどなくこの2人が病院ロビーで鉢合わせになる。 親族を医者に会わせる為にわたしは待っていたのだが、どっちを会わせる、どっちが奥さんだかわからない。
この事情を聞きに彼の入った病室に行って、とりあえずチューブを刺された元気な彼に怒鳴り飛ばされてしまった。 なぜ勝手に両方に電話をしたんだ、このやろう、だと。
おいおい、そんなに怒鳴らなくても・・・、それに怒鳴る元気があれば安心だなあ。 でも2人の妻の存在、めかけ、愛人、浮気えとせとら、の意味がわからん。 給料はどちらに、帰っていた家は、お子さんはどちらの、結婚しているのはいったいどっちの女なんだろうか。 わっけわかんねえ。
1ヶ月後に職場に復帰した彼は、2人の女にこっぴどく叱られたのだが、さて、どっちの奥さんの家から役所に通うのか、まあ、どうでもいいか。
そんな彼は上司の浮気をあからさまに同僚に話し、ばか呼ばわりをしていたのを思い出した。 他人を非難する人、自分をやたら正当化する人は、その非を自ら行なっているというカモフラージュなのだ。