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祇園の芸妓(げいこ)も招いた先端技術研究の見学会。愛嬌のあるデザインのロボットは一番の注目を浴びた=京都市左京区の京都大学で |
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両足を前に投げ出し、後ろに手をついてすわった姿勢の人間型ロボットが、ひょいと立ち上がり、ひょこひょこと歩き出す。中腰でひざを曲げたまま歩くほかの二足歩行ロボットと違い、人間の歩き方により近い。バランスをうまく取って片足で立ち、両手をひろげるポーズを決めた。
アニメの世界から飛び出してきたようなデザインと、自然な歩き方が真骨頂。つや消しの黒に全身を包んだ「クロイノ」(身長35センチ)は、そんな「タカハシ・ワールド」を代表するロボットだ。04年末、米タイム誌の特集「最もクールな発明」でも取り上げられ、スムーズな歩行を実現する特許技術は国際的に高く評価されている。
「愛嬌(あいきょう)があるロボット」への工夫は徹底している。頭や肩、腰、ひざなど体の部位がどれも丸みを帯び、ねじや配線のような機械的な部品が外からは見えない。「多くの人が思い描くロボットは自由自在に動いてキャラクター性が豊か。だけど現実は鉄骨むき出しで配線だらけ。そのギャップを埋めたかった」
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京都大学発のベンチャー「ロボ・ガレージ」を創業したのは03年4月7日。手塚治虫の漫画でロボット「アトム」が誕生したのと、まさしく同じ日だ。
小学生のころ、アトムを生み出した「天馬博士」にひかれた。親に買ってもらえなかったおもちゃの「超合金シリーズ」をまねたロボットをブロックでつくった思い出もある。漠然と抱いていた「ものへのフェティシズム」は、やがてロボット開発エンジニアになる夢となった。それを、記念すべき日に実現させたことになる。
ロボットの研究開発から設計、デザイン、製造、商談などの業務を他人の力を求めることなくこなす。ロボ・ガレージは、ひとりぼっちのベンチャーだ。工房は大津市の実家にある自分の部屋で、これまでに約20種類のロボットを手がけ、8種類が商品化。新製品の記者発表会のプレゼンテーションに至るまで、すべてにそつがない。
人間型ロボット開発の第一人者で大阪大学教授の石黒浩さん(44)は「運動能力が悪くならないギリギリの微妙なところで、うまいデザインをする。天才ですよ。彼のような職業は、ほかにない」と持ち上げるが、多才な「現代の職人」は「コツコツといいものをつくり、いい形で世の中に出すことが大事」と気負いがない。
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自らを「ロボットクリエーター」と呼び、人間がロボットと暮らす未来のイメージを世界的な規模で伝えようとしている。
最近、活動の場が急速に広がってきた。月に2度のペースで欧米やアジア各国を飛び回り、10月下旬からは、手がけたロボットの初の個展がパリ郊外の美術館で始まった。女性誌やファッション誌のインタビューや対談、テレビの出演話も舞い込む。多くの人に知ってもらうことで、家庭用ロボットが一家に必ず1台ある時代が着実に近づくと確信している。「パソコンや携帯電話のように、ロボットと暮らしていく文化を少しずつ育てていってほしいんです」
文・永島学 写真・伊ケ崎忍
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実家2階の自室がロボット工房。寝入りばなや目覚めた時のアイデアを書き留めるようにしている=大津市で |
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■ロボットと暮らす夢 世界へ発信
――オリジナルのヒューマノイド(人間型)ロボットは鉄腕アトムのような雰囲気ですね。
高橋 自分自身が「アトム」的なロボットを欲しいなと思っていたんです。人間に恐怖感を与えず、かといって変にこびたかわいさがないこと。「人間よりも下」という一方的な主従関係ではなく、対等な雰囲気を持っている方がよいはずだと思いました。
できあがったロボットは漫画に描かれているほど自在に動けるわけではない。ただ、一般の人たちへの親しみやすさが、開発や研究のトレンドになっていけばいいなと考えています。
――どんな風にロボットを作っていくのですか。
高橋 実は、設計図は頭の中にあるだけです。鉛筆でスケッチを数多く描きながら1年ほどかけて作ります。1体を完成させるまでにノート3冊分くらいのスケッチを描きます。個人製作なので、設計の情報を誰かと共有したり、工場に発注したりする必要がないから設計図はなくてもいい。頭の中の設計図をこねくり回したほうが自由な曲線が描けるんです。
――最新作は06年に発表した女性型ロボット「エフティ(FT)」。次の作品は?
高橋 FTはファッションモデルのように歩くといった、繊細で女性的な動きが特徴でした。新作は少し対極的に考えて、走るなどの運動性能に重点を置こうと思っています。
プレッシャーはあるけれど、技術的に新しいコンセプトを備え、インパクトがあるものでなければ。早く完成させたい気持ちはありますが、勢いで作るものでもない。今の時点で7割くらいできていますが、じっくりと作っていきたい。
■一人で開発
――ものづくりだけでなく、発表にも力を入れていますね。
高橋 自分の思い描いた形で作品を発表していくことも大事だと考えています。発表後の反響はいつも気になります。例えば、歩かせたつもりのプログラムでも踊っていると思われかねない。見る側がどういうイメージで受け止めているのか常に感じ取って、それを次の開発に反映させているんです。
――1人で何でもこなすスタイルは今後も続けるのですか。
高橋 独創的でとんがったものを作りたい。そのためには1人がいいと思います。ロボットの分野はまだ黎明(れいめい)期です。ベンチャーやクリエーターに求められているのは「総合的にいいもの」の開発ではなく、どこか一つ、「突き抜けて優れているもの」をつくることではないでしょうか。
――ロボット分野に参入する大手企業が相次いでいます。
高橋 マイクロソフトやトヨタ自動車が参入したことは、いろんな意味でうれしいです。ロボット分野にお墨付きを与えられたような気もしています。
ロボットが本格的に普及する実用化の時代までに「こういう形でロボットが家庭に入ってくるんだ」というイメージを、より多くの人に共有してもらえればいいなと思っています。
――06年6月に出版した著書のタイトルは「ロボットの天才」でした。
高橋 出版社が考えたタイトルなんですが、「天才」にはすごく興味がある。日本的な社会ではチームワークの勝利みたいなことをよくいいますが、根底には一部の天才の輝かしい成果があると思う。
■天才の輝き
――関西が拠点ですね?
高橋 大阪市が「ロボットの街づくり」に力を入れていますし、ロボット関連の催しも多く、来場者の知識も豊富です。大学のロボット研究者やベンチャーも集まっていて、関西に拠点がある価値は大きい。ロボ・ガレージも近い将来、作品が展示できる工房を琵琶湖畔に建てたいですね。
――講演に招かれる機会が増えていると聞きました。
高橋 開発者の顔が見えることは大事だと思う。小さいころ、両親に連れられて手塚治虫さんの講演に行った記憶が鮮明に残っています。話の内容までは覚えていませんが……。青色発光ダイオードの発明者中村修二さんの講演も京大で聞きました。それぞれが自分に影響を与えている。子どもたちも企業や研究所の名前を目にするより、開発した人の姿や言葉のほうがイメージがわくでしょう。
――若い世代や子どもたちに、何を伝えたいですか?
高橋 アイデアが生まれたら、手を動かして作ってみること。作ることでアイデアが検証できるし、改良もできる。また、形にしたうえで人に見せて説明すれば、そこに説得力が生まれる。そうすれば物事が前に進んでいくはずです。
――いまも追いかけている夢は?
高橋 鉄腕アトム的なロボットを作りたい。家庭で違和感なく暮らす現代の鉄腕アトムです。この夢に向かって今後もロボットを作り続けたいですね。
◆ 転機 ◆
■就職失敗から始まった不思議な運命
大学卒業を控えた97年の夏。バス釣りに熱中した高校生のころから親しみを覚えていた釣り具メーカーに絞って就職活動に取り組んだ。第1志望は、あこがれのまとだった高機能リール(釣り糸の巻き取り装置)を手がけた企業。面接試験には趣味がこうじて手作りしたリールをもって臨み、商品企画や開発の仕事がしたいと力を込めた。
約1カ月間、内定通知を待ち続けた。そのころは、バブル経済崩壊後の就職氷河期のまっただ中。不採用だった。
そういえば、就職活動で出会った学生が「おれらには、来春の採用はありませんのひと言で終わり。でも、東大や京大の学生には分厚い会社案内が送られてくるみたいやで」と言っていた。学歴がものを言う現実を痛感させられたが、むしろ、それを逆手に取った発想が芽生えた。「人生設計の幅を広げ、好きなことをするためには東大か京大だ」
幼いころに憧憬(しょうけい)を抱いた鉄腕アトム。動きが芸術的ですらある精密機器が発散する魅力……。ロボット開発エンジニアになろう。そのために、東大か京大の工学部に入り直そう。
不採用が分かったその日、不得意だった高校の化学の教科書を夜明け近くまでかかって最後まで読んだ。一通り理解できた。「よし、いけそうだ」
23歳で挑んだ大学受験は「大人の趣味として取り組んだんで、すごく楽しかった」。予備校の数学講師が「こういう難問は捨てればいい」と言った問題を解くのに熱中した。
結果は1年で出た。京大に合格すると、プラモデルを改造したロボットづくりに取りかかった。
当時はソニーの犬型ロボット「AIBO(アイボ)」が話題になり、ロボットが注目を集め始めていた。起業家への支援の動きも広がり、2度目の大学卒業前には特許出願や商品化の話がトントン拍子に進んだ。「偶然だけど必然、運命のようなものを感じる。不思議な感覚です」
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75年 大阪府高槻市生まれ
98年 立命館大産業社会学部卒業
99年 京大工学部入学
03年 京大卒業、ロボ・ガレージ創業
04年〜 ロボットの技術を競う「ロボカップ世界大会」のサッカー競技に関西のロボット開発者らとチームを組んで参加し、4連覇中
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 工作に夢中だった小学1、2年のころ
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★ロボ・ガレージ 設計やデザイン、特許使用料などが収益の柱。製作したロボットの発表を機に、家電やおもちゃ、模型メーカーなどと商品化などの検討を進める
★尊敬する人 青色発光ダイオード発明者の中村修二さんと、ニュージーランドのオートバイ設計者の故ジョン・ブリッテンさん
★趣味 車と日本拳法、モーグルスキー
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