久留米市の県立久留米筑水高校食品流通科の1年生が鶏を卵から育てて、と畜・解体し、最後に肉を食べる授業「命の教育」に取り組んでいる。食肉の生産・流通を学ぶだけでなく、自分の命がさまざまな連鎖の上に成り立っていることを感じ取ってほしいという願いから11年前に始まった授業だ。生徒たちはどんな思いを胸にこの授業に参加しているのか。昨年、今年と2年続けて同授業を取材した。【岸達也】
今月上旬。始業前、校内にある鶏舎に数人の女子生徒がいた。「昨日より首が太くなってない?」「とさかも目立ち始めたよね」。手際よく餌と水を専用容器に入れ、餌の量やフンの状態などを観察日誌に記入すると、足早に校舎に向かった。
同校は、食品流通▽生物工学▽環境緑地▽社会福祉▽食物調理の5科を持つ集合型の専門高校。食品流通科は進学のほかスーパーや食品メーカーなどへの就職を希望する生徒が1学年に40人在籍。3年かけて食品の加工法や流通の仕組みなどを学んでいる。
「命の教育」は例年9月、生徒が一つの有精卵を受け取ってスタートする。5人で1班を作り、交代しながら土日も含め朝、昼、晩の3回、孵卵(ふらん)器内で卵の位置をずらしたりしながら約20日間、孵化を見守る。
ひなになった後も、餌やりやフンの始末などを班員で分担し、週末も面倒を見る。そして、孵化から約2カ月後、体重が2~3キロに成長すると、2人1組で1羽の鶏をと畜し、解体。臓器などを観察し、最後に水炊きにして味わう。
今年は9月21日に「命の教育」が始まった。若鶏は今、体重1キロ超まで成長し、可愛い盛り。生徒たちは自分の鶏に名前を付けるなどしてかわいがっている。柳初美さん(16)は「初めは鶏舎独特のムッとするにおいも嫌いだった。でも卵から育てる中で愛着がわき、今ではフンの後始末も全く気にならない」。そして「と畜の瞬間なんかイメージもできない」とつぶやいた。
昨年同校で、と畜・解体実習があったのは12月6日。午前9時ごろから校内の加工室で、生徒たちが2人1組になり、足を縛った1羽の鶏の首に包丁の刃を入れ始めた。「一生懸命育ててきたのに……」「かわいそすぎて、とても見られん」と泣きじゃくりながら包丁を手にする女子生徒もいたが、30分もすると涙は消え、黙々と毛をむしり、肉の解体に取り組み始めた。
約4時間後に水炊きは完成。実習後、ある男子生徒は「何か食べないと、僕たちは生きていけない。その過程の中に植物であれ、動物であれ命を奪う行為が含まれている。食前に唱える『いただきます』の意味を考え直しました」と語った。
01年からこの授業を担当している真鍋公士教諭(46)によると、例年と畜が近づくと、体調不良を訴える生徒が出たり、保護者から「あまりに残酷では」などの声が寄せられることもある。
真鍋教諭は「抵抗を感じる生徒には無理はさせないが、毎年、生徒はこの授業を通して『食』という行為の意味を深く考えるようになる。そして、自分や他者の命の重みも感じ取っているように思う」と話す。今年も12月6日に生徒たちは、と畜に臨む。
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◇命の教育
久留米筑水高が「命の教育」に当てているのは「農業科学基礎」の授業。週3時間あり、1学期はトマト栽培、2学期は「命の教育」のほか白菜や大根などの栽培、3学期は「命の教育」のリポート作成に当てている。同校によると、鶏の生育実習に取り組む高校は少なくないが、卵から鶏を育て、と畜・解体して最後に食べるところまで行う授業は珍しいといい、と畜・解体実習日には他県の教育関係者らも訪れる。
〔福岡都市圏版〕
毎日新聞 2007年11月17日