鳴り物入りで4月から始まった、厚生年金の離婚時分割制度。ここ数年の離婚件数の減少の背景に、分割制度のスタートを待つ女性の存在が指摘され、「07年待ち」の言葉さえ聞かれたが、これまでのところ離婚戦線に目立った変化は見られない。07年の離婚件数も06年を下回る可能性が出ている。【山崎友記子】
◇「この額では生活無理」
「年金の見込み額は思いのほか少なかった。将来、年金だけで生活するのはとても無理」
年金の分割制度がスタートするのを待って、4月に離婚した大阪府内の女性(50)は不満げにこう話す。
女性が年金分割の制度ができるのを知ったのは2年前。すでに離婚を考えていたころで、マスコミ報道で耳にした。50歳の誕生日を迎える直前の今年1月、社会保険事務所に分割見込み額の試算を申し込んだ。
女性は結婚してからずっと専業主婦で、分割対象は会社員の夫の厚生年金(報酬比例部分)になる。分割割合は話し合いで上限いっぱいの50%に決まったが、将来受け取れる年金の見込み額は、自らの基礎年金部分を合わせても、月10万円にも満たなかった。
「試算する前は、月15万~16万円くらいあるかなと思っていたが全然違った。離婚前におよその額を出してくれたので見当がついてよかったが、年金をあてにしてやみくもに離婚するのは危険」
こう語る女性はそれでも離婚に踏み切ったが、今度は公証人役場での年金分割書類の作成が面倒だった。依頼したのは6月。制度がまだ浸透していなかったためか、さみだれ式に関係書類の提出を求められるばかりで、手続きが進まなかった。現在は改善されたというが、年金に詳しい社会保険労務士に相談して手続きを終えたのは9月で、既に秋風が吹いていた。
女性は少しでも蓄えを増やし老後に備えようと新たに仕事に就いた。
◇離婚数は変わらず
厚生労働省の人口動態統計速報によると、9月の離婚件数は前年同月比で4・5%減の1万9308件。4、5月こそ前年を1000件余上回ったが、6月は約1000件の減で、7、8月はほぼ前年と同水準だった。
離婚件数は02年の28万9836件をピークに4年連続で減少を続けていた。このため、年金の分割制度開始をにらみ、妻たちが離婚を先延ばしにしているのではないか、との見方が出ていた。
実際、分割制度に関する社会保険庁への相談件数は昨年10月から今年3月までで3万1696件あり、社会保険事務所の相談者は女性が全体の8割を占めていた。
今年4月以降も、分割後の年金見込み額などが分かる情報請求が毎月2000件以上に上ってはいる。しかし、実際に社会保険庁に提出された年金分割の請求は、毎月700件程度にとどまる。
同庁年金保険課は「詳しい分析は行っていないが、離婚を前提に考えていた人が、分割後の年金の受取額を見て、離婚をやめたり、ちゅうちょしているのではないか」とみている。
◇分割対象、厚生年金のみ--上限=夫婦の合計額÷2
分割対象になるのは厚生年金(報酬比例部分)で、結婚していた期間に対応して受け取れる額は異なり、結婚期間が長いほど額は増える。分割の割合は夫婦で話し合って決めるが、調整がつかない場合は、家庭裁判所の裁判手続きを利用する。
分割の上限は夫婦2人の厚生年金合計額の50%。結婚後、妻がずっと専業主婦(第3号被保険者)なら、妻は夫の厚生年金の最高2分の1まで受け取れる。妻が働いていた場合は、夫婦の厚生年金額を合算し、最高でその2分の1が受け取れる。
分割が決まっても、妻が原則25年以上年金保険料を納めるなど、年金受給資格を得ていなければ受け取れない。夫がずっと自営業などで国民年金(基礎年金)しかない場合も受け取れない。
以前から離婚協議などにより、夫の年金の一部を妻に分与するケースはあったが、その場合も年金は夫名義で、夫が死亡すれば打ち切られた。今回の分割制度により、妻が自分名義で直接、終身で受け取れるようになった。分割手続きの期限は離婚後2年以内。
なお、来年4月からは、専業主婦など第3号被保険者から離婚時に請求があれば、分割割合を話し合わなくても、自動的に夫の厚生年金の2分の1がもらえる。ただし、対象は、来年4月以降から離婚時までの間。例えば10年に離婚した場合、自動的に2分の1がもらえるのは2年間だけになる。
◇制度まだ不十分--離婚問題に詳しい榊原富士子弁護士(東京)の話
年金分割を可能にした04年の法改正のころから、年金について相談に訪れる人が増えた。今は分割割合が50%に決まることが多いようだが、制度ができる前は、弁護士がどんなに頑張っても、3割程度しか取れなかった。年金の受給額が低く、離婚すると経済状況が厳しくなる女性にとって、制度はプラスになったと思う。しかし、分割制度だけでは不十分だ。個人単位の年金の制度設計や、男女の給与格差是正など基本の部分に手をつけない限り、真の問題解決にはならない。
毎日新聞 2007年12月6日 東京朝刊