串刺し刑

<串刺し刑>

串刺し刑は大抵の場合、被害者の肛門から杭を刺し、その状態で死に至らしめるものである。

受刑者は腹ばいに地面に寝かされ、広げた足を刑吏たちに押さえつけられ、両腕は後ろ手に縛り上げられた。
杭の直径によっては、肛門に潤滑油を塗ったり、ナイフで肛門を広げたりする。
刑吏は杭を両手でできるだけ奥まで刺し、次に大槌でさらに入れていく。

5,60センチまで杭を入れたところで、杭が垂直に立てられ、前もって掘られていた穴に差し込まれた。
立てられた杭のうえで、受刑者は自らの体重によって、少しずつ深く刺さってゆく。
やがて杭は、打ち込まれた方向にそって、脇の下、腹、背中、などから出てくると言うわけである。
刑吏の腕の見せ所は、最終的に口から出るように、杭を打ち込むことにあった。

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串刺し刑

受刑者は死ぬまでに数日かかることもあり、3日以上苦しむこともかなりあったようだ。

先が尖った杭を用いるほど、体を突き破るのが早くなり、受刑者が死亡に至るのが早まる。
そこで、先端は小さいが、先を丸くした杭が用いられることがあった。
そのような杭は臓器を突き破ることなく、それを押しのけたり、位置を変えさせるだけである。
それでも死は避けられないが、日数がかかることもあり、見せしめの刑罰としては優れているのである。

この種の刑罰は、オリエントやアジアの民族で行われていたが、地球上いたるところでも見ることができた。
ドイツでは、カロリナ法典が、嬰児殺しの罪を犯した女性に対してこの刑を定めていた。
トルコでは、1830年ごろ串刺しの公開処刑が行われた記録が残っている。
インドでは、マヌ法典が7種類の処刑方法の第1に串刺しをあげていた。
フランスでは、1800年6月に行われたソレイマン(軍人殺し)の処刑で串刺しが行われた。

中国においては、串刺しに更なる工夫が見られた。
まず、受刑者の肛門に空洞の竹を差し込み、そこに真っ赤に焼いた鉄の棒を差し込んだのである。

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串刺し刑

拷問死刑界?においてはかなりポピュラーな刑罰ですね。>串刺し
きれいに口から杭が出たときは、刑吏も鼻高々だったんでしょうか?(笑)