隠れうーさー教



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「いいだろう」
ひとことだけ言うと、サリヴァンは片側の羽だけにわずかばかりの力を込め、ジョナサン・リヴィングストンからゆっくりと離れていった。
二羽のカモメは千五百メートル上空まで一気に駆け上がり、一度だけ互いに視線を交わす。そして次の瞬間、無雑作に翼を畳み込むと、海面に向かってほぼ垂直に落下を始めた。
いつものように、千二百メートルを過ぎる頃には、風は、彼らがもうそれ以上の速さでは進めないほどの、激しく打ち付ける固い壁に変わる。
それでも彼らは時速三百四十キロというスピードで、真っ逆さまに降下した。
三百メートルの高さで、ジョナサンは引き起こしを開始した。翼端はすさまじい風の中で鳴り響き、感覚が鈍ってくる。船とカモメの群が流星のような速さで彼の進路に飛び込んできて、みるみる内に膨れ上がった。
その時だ。ジョナサンの横を彼以上のスピードで、サリヴァンが駆け抜けていった。
彼は水面を目の前にしてもジョナサンほどにスピードを落としてはおらず、それどころか、海面すれすれで美しい弧を描き、こともなげに上昇へとその身体を滑らせていく。
サリヴァンはジョナサンよりもずっと速く、ずっと美しく、高い空へと舞い戻っていった。
またしても、ジョナサンの完敗だった。
「今日も勝つことが出来なかった。約束通り、きみの夕食はぼくが用意しよう」
落ち込んだ様子でそう告げると、ジョナサンは魚群の上に群れる他のカモメたちの中に、溶け込むように姿を消した。
 
「のろまなくせに負けず嫌いとは、毎日毎日、きみは本当に分のいい賭をさせてくれるよジョナサン」
 
一瞬真正面に見えた夕日に目を細めながら、サリヴァンは呟いた。
 
 
−−カモめのジョナサン・終−−