先日、BS-i(TBS系列BSデジタル放送)の報道特集で「最新医療で若さ維持」という番組が放映され、水素水(高濃度の飽和水素水)の効能について、日本医科大の太田成男教授(細胞生物学)が解説していました。同教授のこの比較的最近の発見はアサヒコム上でも5月8日に「水素で有害な活性酸素を撃退」との見出しで報じられています。 アサヒコムの記事では、東京都老人総合研究所の田中雅嗣・健康長寿ゲノム探索研究部長は「水素で実際に人の病気や老化を防ぐことができるのか、どのくらい摂取すればいいのか、確かめるにはまだ多くの研究が必要だが、期待できる研究結果」と評しています。 これらの報道自体は純粋に科学上の最先端の発見の紹介、ということに過ぎないのですが、「水素水」については、インターネット上では「似非科学か否か」が以前から熱く論議されています。 「水素水」とは文字通り、水素を高圧で溶解させた高濃度水素水のことです。臨床的にこれからその効能の程度が検証されようとしている矢先の現段階で、すでに、多くの「水素水」および「活性水素水」(後述)が流通しています。 そこで、まず「水素水」「活性水素水」とはどのようなのものなのか、杏林大学の細胞遺伝学研究室に所属する平岡厚准教授に、メールでお聞きしてみました。 ◇ 分子状だけではなく、原子状の水素が存在するという仮説 ────現在流通している「水素水」また「活性水素水」について、科学的に説明していただけますか。 平岡 まず、「活性水素」とは何かと言うと、これは、1997年に九大の白畑實隆教授のグル-プが、Biochemical and Biophysical Research Communicationsという国際学術誌に発表した論文中で用いた言葉で、それが、現在の「還元水」(還元作用・抗酸化作用のある成分を含む水溶液系)のブ-ムの始まりです。 食塩水のような電解質水溶液を電気分解すると、陰極側の塩基性水溶液には、電気分解で生じた水素ガス(分子状水素、H2)が溶解するために、ある程度の還元作用・抗酸化作用が発現します。このこと自体は昔から知られており、そのような水溶液系は「電解還元水」と呼ばれています。これに対して、当時の白畑グル-プは、食塩水を電気分解して調製した「電解還元水」は、溶存水素ガス(H2)の作用では説明できない強力な抗酸化作用・活性酸素消去機能を持つ、という実験デ-タを示し、電解還元水の中には、「活性水素」(原子状水素、H)が存在している、という仮説を提示しました。 しかし、原子状の水素(H)は極めて不安定で反応性が高いので、水溶液系中に安定して存在できるはずがないとして、この仮説は研究者の間では支持を得られませんでした。 これが、マスコミにもある程度注目されるようになったわけです。平行して、日田天領水株式会社、日本トリム(この2社は、白畑研究室と共同研究をしている)などが、「強力な抗酸化物質である活性水素が入っており、体内で有害な活性酸素を消去してくれるので、飲むと健康に良い」との“宣伝”を伴って、その種の水製品を販売するようになりました。日本トリムは、「活性水素を生成させる」という電気分解装置も販売するようになりました。 水素は白金コロイドに付着している説 平岡 その後の2002年、白畑教授は「電解還元水中の活性水素は、溶質として溶けて存在しているのではなく、電気分解の際に白金製の電極から剥がれ落ちた白金のコロイド(微粒子)の表面に吸着されて存在している」、「天然の還元水中にも、そのような、水素を吸蔵する金属コロイドが含まれている」という見解を示し、現在に至っています。 これならば、確かに科学的に非常識な説ではありません。ただ、白金族の金属のコロイド粒子が水溶液系中でその種の触媒作用を持つこと自体は、以前より知られています(当該金属の性質に由来するもので、還元作用・抗酸化作用を発現するのに、水素は必ずしも必要ない)。したがって、その作用を説明するのに、新たに「活性水素」という概念を持ち出す必要はない、と私は思います。 問題は、当該水製品類の宣伝内容が、その後、変わっていないことであり(画像参照)、溶質として「活性水素」が溶けて入っている、と主張し続けていると見なさざるを得ません。 「日田天領水」の効能は「活性水素」にあるという説明文 実験では、白金は検出されず 平岡 私たちのグル-プはそれら、「活性水素」が入っている、と“宣伝”されている水製品類・水溶液系について、試験管内の抗酸化作用を調べてみました。すると、還元作用は一応は示すものの、活性酸素と直接に反応して消去する能力(原子状水素Hは、この作用が非常に強い)は乏しいことがわかりました。 また、そこでは、一般的な電気分解条件で我々が調製した電解還元水を含めて、水製品を検査しましたが、どの検水にも、白金は検出されませんでした。 白畑グル-プは、かなりハ-ドな条件で電気分解をしており、そのために電極の白金が剥がれたようです。日本トリムの市販の装置による電気分解で、電極から、水素を吸着する白金の微粒子が剥がれ落ちるとは考えにくいです。この種の触媒作用を持つ白金族の金属は、日本では北海道の一部地域でのみ産するので、日田天領水は、この現象とは無関係ではないか、と思われます。 結局、それら検水の還元作用・抗酸化作用の有効成分は、無機成分の分析の結果も合わせると、普通の溶存水素ガス(H2)と、日田天領水等の場合はそれに加えて、溶解している還元性バナジウム(V)のイオン(Vイオンは、+2から+5までの電荷をとり得、値が小さいほど還元力を示す)ではないか、と判断しております(2004年に日本薬学会の雑誌で発表)。 日本トリムのサイトでは「活性水素」の文字はほとんどなくなった ところで「抗酸化作用」を謳う水製品には、「活性水素」が入っている、とは宣伝されていないものもあります。例えば、ご質問の「水素水」ですが、これは多量の水素ガス(普通の分子状水素H2)を水道水に溶解させたものです。つまり、水素ガス(H2)の還元力を抗酸化作用の素にしよう、というわけです。 これは、日本医大・太田成男教授のグル-プと関連するブル-マ-キュリ-社が販売していますが、試験管内の抗酸化作用を調べたところ、確かに一応はありました〔実際の効能については次回インタビュー記事上で後述します〕。 また、別のところからは、金属マグネシウムのスティックが製品として出ています。それを水道水などに混ぜて飲むと、体内で水素分子(H2)が活性水素=原子状水素(H)に変わる、と宣伝されており、そのスティックには「活性水素君」という名がつけられています。 しかし、ヒトの場合、H2からHを生成する反応を触媒する酵素(ヒドロゲナ-ゼ)を持っていません。ですから、この宣伝は明らかにナンセンスです。 このほか、水素とは無関係に「抗酸化作用」を謳う水製品もあります。その一つは、ナノテクの先端技術でつくられた白金のコロイド粒子をミネラル・ウォ-タ-に配合したものです。これは、東大の宮本有正教授のグル-プと関連する会社から販売されています。 現在までに我々が調べた範囲では、これが試験管内の抗酸化作用が最強でした。ゆえに、この有効成分の白金ナノコロイドは、条件しだいでは毒にも薬にもなる可能性が今のところ一番ありそうだ、と思っています。詳細は、来る12月の生化学会/分子生物学会合同年会で発表する予定です。 (インタビューつづく) ◇ すでにネット上には、今回のBS-iでの報道が「水素水」また「活性水素水」の効能を既成事実化し、またお墨付きのように引用されるのではないかと懸念する声が出ています。 研究者たちが人間の老化のメカニズムを日夜研究していく中、研究室内で水素が果たす一定の役割が明らかになったらしいことは確かに非常に興味深いものです。しかし、そもそも「水素水」「活性水素水」がどのようのなものなのか、科学的に説明される機会は、残念ながらほとんどありません。 (下)では、大手メディアが報じた今回の科学的発見の意義、また いわゆる万病に効く「奇跡の水」関連商品について、さらにインタビューを行なう予定です。
総合28点(計19人)
※評価結果は定期的に反映されます。
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