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求められる医療費補填制度 外国人と共生の道を模索 長野・甲府
甲府市にある山梨学院大学の一室で今年10月6日、在日外国人支援を目的にした「外国人HIV陽性者療養支援セミナー」がNGO「シェア=国際保健協力市民の会」(本部・東京都)の主催で開催された。
プログラムのひとつとして、「南米某国出身の28歳の女性が妊娠中、HIV感染が判明した」などとする想定ケースをもとに、必要な患者支援について参加した病院関係者や行政の医療担当者が考えた。「女性はブローカーに騙されて日本に入国後、性労働を強いられた」「パスポートは取り上げられビザもない」「日本語はあいさつ程度」など外国人であるがゆえのさまざまな事情を考慮に入れながら、互いに意見を出し合った。
アジアやアフリカで健康改善やエイズ問題に取り組むシェアが、国内での活動の柱のひとつにしているのが、健康に問題を抱える在日外国人への支援だ。言葉や健康保険、滞在資格の問題で、医療機関にかかるのが困難な外国人は少なくない。連載の「上」で紹介したAさんもまた、ビザが切れ、保険未加入のAさんが病状に耐えかねて医療機関を訪ねた時、すでにエイズは深く進行していた。
健康保険に加入していない外国人は、治療費の負担を恐れるために受診が遅れ、重症化したり死亡にいたる。また病状が悪化してから治療が始まるので医療費はかさみ、病院にとっても未払い医療費が増大する−。
健康保険に未加入の在日外国人をめぐる、こうした医療の悪循環を断ち切るために、東京都や神奈川県などでは10年以上も前から、行政が医療機関に外国人の未払い医療費の一部を補填(ほてん)する制度を設けている。
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甲信越地方では、補填制度は緊急時に限られるうえ基準が厳しく、エイズ治療に使われることはほとんどないという。シェア副代表の沢田貴志医師は「1人にHIV感染が広がれば莫大な生涯医療費が必要となる。補填制度を節約して、患者が早い時期に診療所に来るのをこばみ、さらに場合によっては感染を広げてしまうのでは、結局は大きな無駄遣いをしているのと同じ」と、制度の広がりを期待する。
ブラジルでは、この国に住んでいる人なら誰でもエイズ治療を無料としたことなどでエイズ死亡者を劇的に減らした。一方、日本でエイズ治療を行ってから母国へ帰国した外国人患者の中で、補填制度がある都県から帰国した人とない県からの人の間で、その後の生存率に大きな違いが生じているという。沢田医師は「治療費の未払いを恐れて医療機関が十分な治療や説明を行わないまま帰してしまうケースがあるからではないか」と考えている。
もちろん医療費補填を受ける外国人の中には、ビザの切れた無資格滞在者や売春行為を行っている女性もいる。こうした層に公費で支援することに疑問を感じる人も多いだろう。しかし、こうした人の中には人身売買などの被害者も少なからず含まれることへの理解も人道的な面から必要だ。
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長野県国際交流推進協会に相談が寄せられたケース。あるタイ人女性が「レストランの仕事」と聞かされていたのに、日本に来ると売春を強要された。初めての“仕事”で、客の日本人は何度頼んでもコンドームを使わなかったので恐くなり、客が帰ったあとホテルから逃走、保護された。 「他の女性たちも最初は逃げようと思うが、しだいにあきらめ、お金のためと割り切るようになっていた」−被害女性はこう語っていたという。
また最近では、県内の医師グループがHIV感染者のウィルスからゲノム解析を進めているが、こうした研究の過程で、少なからず日本人男性から外国人女性への感染が疑われるケースがあることがみえてきている。
エイズ拠点病院の佐久総合病院(長野県佐久市)では、外国人の集まる大型スーパーや寺院に出向き、無料の健康診断やHIV検査を行うなど、すべての在住外国人に対する健康支援に積極的に取り組んできた。
「感染者は世界に4000万人いる。日本が国際社会の一員である限り、エイズは避けて通ることはできない疾病となっている。一部の感染者を排斥することで防疫に成功した国はないし、都合の良いところだけを選んで付き合うことはできない。長野県は外国人住民との共生の道を、そろそろ真剣に考えてゆかなければならないのではないか」。同病院の高山義浩医師はこう訴えた。
(高砂利章)