米夫妻の願い受け継ぎ60年目のツリー 阪急夙川駅前2007年12月01日15時43分 兵庫県西宮市の阪急夙川(しゅくがわ)駅前に毎年12月、1本のクリスマスツリーが現れる。敗戦後、打ちひしがれた街の雰囲気を明るくしようと米国人夫妻が立てたのが始まり。帰国した夫妻から住民の手に受け継がれ、今年、60回目の明かりをともす。
米国の船会社の神戸支店長だったウオルター・ジョン・オハラさんと妻のベティーさんは1948(昭和23)年に来日し、夙川駅の近くに住んだ。日本人は物資不足でつらい生活をしていた。夫妻はその年から「子どもたちの心を癒やし、夙川の皆さんとクリスマスを祝いたい」と駅前の羽衣橋の欄干にツリーを飾り始めた。 夫妻はその後、四男を事故で亡くし、弔いの意味もあってツリーを飾り続けたという。54年に転勤で帰国する際、「私たちがいなくなってもツリーを頼みます」と地元の花店に5ドルを渡し、帰国後もしばらくの間、送金を続けた。花店の主人や自治会、婦人会などの人らが引き継ぎ、83年には地元有志の協力で駅前ロータリーにツリー用のモミの木が植えられた。 オハラさん夫妻にツリーの写真を送るなど、海を越えた交流も続いた。夫妻は90年代後半に相次いで亡くなったが、夙川で生まれた娘のシェイラさんとの手紙やメールでのやりとりは今も続く。今年11月にはシェイラさんから「夙川のツリーが60年目を迎えて天国の両親も喜んでいるはず」というメッセージが夙川自治会に寄せられた。 モミの木を育てるのは難しく、木が衰えるたびに有志が植え替えてきた。「夙川の冬の風物詩」を守り続けるため、2年前に模造の木に変えた。 60回目の記念となる今年は、従来より一回り大きい高さ約5メートルのツリーを設置した。12月1日午後5時15分に点灯する。同自治会の柴田隆会長は「原点は、暗い夙川を明るくしたいというオハラさん夫妻の願い。その遺志を引き継いでいきたい」と話している。 PR情報この記事の関連情報暮らし
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