モートン・グールド編曲の《ソー・イン・ラヴ》、あるいは『日曜洋画劇場』の旧エンディング・テーマ


かつてテレビ朝日系の『日曜洋画劇場』のエンディングに流れていた、重々しいピアノ協奏曲風の作品。私はてっきりラフマニノフの知られざるピアノ協奏曲かと思っていたが、実はコール・ポーターのミュージカル《Kiss Me Kate》の挿入歌<So in Love>だと教わった。そしてこれは映画音楽・テーマ音楽に興味を持つ人が、頻繁に尋ねる質問でもあるそうだ。

しかしミュージカルに使われた音源はこの番組に使われていたものとは雰囲気が違う。その一つの要因は、メロディーが女声で歌われていて、弦楽器の朗々とした響きとは性格が違うからなのではないかと思う。だからミュージカルのオリジナル・キャスト盤を聴いて、「コレは『本物』ではない」という、訳の分からない気持ちになる。どうやらインターネットを覗いてみると、このような気持ちになったのは私だけではないようだ。こういう段階にまでくると、『日曜洋画劇場』で使われた<So in Love>は、もはや当番組のサウンドトラックといっても良い存在なのだろう。

いったいあの番組で使われていたのは誰のアレンジなのだろう。そのことは前々から気になってはいた。テレビ朝日に問い合わせをした人もいるそうだが、音盤を選んだ人がおらず、局側でも分からないという。《So in Love》のアレンジの入ったいろいろな音源を買って違うことを発見したり、ありとあらゆるピアノ協奏曲を手探りで試して買った人さえいるのだという。

しかしある日突然某匿名掲示板で、テレ朝の番組で使われていたのはモートン・グールドの編曲だという発言に遭遇した。なんとテレビ朝日の音楽番組『題名のない音楽会』で実演までされたという。これは興味深い情報を得たと思って、さっそく音源を探してみることにした。なぜこの情報に食らい付いたのか。それはてっきりこの番組でグールド編曲であると告げられたと私が勘違いしたからである。

しかしこの勘違いのおかげで、まさに番組で使われていた音源が入手できた。世の中不思議なものである。ここでは私が入手したモートン・グールドの音源を情報として提供しておこうと思う。日本で正式に発売されるまで(ソニーさん、よろしく!)の参考にしていただきたい。

まずは、グールドの《So in Love》が収録された、オリジナルのアルバムから。1951年にリリースされた『Curtain Time』である。発売レーベルは米Columbiaで、番号はML 4451である。

Side 1 (1) Bewitched (from "Pal Joey"), (2) What is there to say (from "Ziegfeld Follies of 1933"), (3) Poor Pierrot (from "The Cat and the Fiddle"), Old devil moon (from "Finian's Rainbow")

Side 2 (1) Mine (from "Let 'Em Eat Cake"), (2) September song (from "Knickerbocker Holiday"), (3) Bad timing (from "Million Dollar Baby"), (4) So in love (from "Kiss Me, Kate").

私はこのLPをあるオークション・サイトで入手した(落札価格2ドル、送料5ドル (^_^;;)。しかしジャケット(左上にはシールが貼ってある。どうやらコロンビアのもののようだが)やレコード・ラベルにペンで何か書いてあったり、レコードそのものの傷みがひどく(青レーベルフラット盤だからよけいそうなのだろう)、とても観賞用にはならない。アルバムタイトルが示す通り、このLP最初期のレコードは、ブロードウェイ・ミュージカルからのナンバーをグールドが編曲したもの。《So in Love》のように、彼がピアノを担当したアレンジもある。レコードの解説書によると、選ばれたナンバーは、必ずしも大ヒット・ソングばかりではないようだが("Billion Dollar Baby"は自分の曲だし…)、バラエティーに富んでいて、アレンジも気がきいているとのこと。今日的視点からだと、やはりムード・ミュージックに分類されるLPレコードだろう。《So in Love》以外は、割と気楽に聞き流せるものばかりだ。確かにちょっとひねったアレンジかな、ということは感じられるけれど。ピアノのテクニックが一番派手に聴けるのはやはり《So in Love》だと思う。

グールドの《So in Love》は、その後『Bewitched』というアルバムにも収録された。やはり米Columbiaからで、番号はCB-3(主要な文字が見えるように、ここでは大きめの画像にしておく)。どうやら1950年代後半にコロンビア・レコード・クラブの会員向けに特別配布された限定盤で、既発の数種類の音源から編集されたプロモーション用レコードのようだ。

Begin the beguine / Cole Porter -- Where or when / Richard Rodgers -- Bewitched / Richard Rodgers -- Old devil moon / Burton Lane -- Two guitars / Russian folksong -- Temptation / Arthur Freed - Nacio Herb Brown -- September song / Kurt Weill -- So in love / Cole Porter -- All the things you are / Jerome Kern -- Dancing in the dark / Howard Dietz - Arthur Schwartz -- If I loved you / Richard Rodgers.

中古屋を探してみたら幸い在庫があったので、さっそく注文してみた。値段が13ドル近くと、イージーリスニングのレコードとしては高額。最初は希少性も加味されているのかと思ったが、実際手に取ってみるとそれほど価値のあるようにも思えなかったのも事実(ジャケットの左には、レコード屋のシールまで貼ってある)。でも、B面の2トラック目にグールド編曲の<So in Love>が入っている。また、A面1トラック目の《ビギン・ザ・ビギン》も、マイナーが見え隠れする中間部分(フレオ・イグレシアスがこの部分を省略していて、かつて黛敏郎が「けしからん」と言っていた。それは分かるような気がする)が前半に出てきたりで、なかなか思わせぶりなアレンジになっている。

6つ目赤レーベルのコロンビアで、大きな問題はほとんどない。オリジナル盤の方が音が新鮮に聞こえるが、青レーベル時代のレコードはイコライジングが違うからなのだろうか?

そして、グールドの《So in Love》はCDにもなった。米Time-Life社というオムニバス盤を作る通販専門会社が出している『Broadway Melodies』という1995年のアルバムがそれだ。

この会社のメインのページから『Broadway Melodies』と検索すると、トラック内容表示に、確かに《So in Love》が入っていてサンプルもある。サンプルした箇所が冒頭ではないので(全曲4分のうちの約1分半くらいのところ)、これだけでは番組に使われた音源かどうか確実には分からない。しかし雰囲気的・音的にはかなり近いことは分かっていただけると思う。

なお、このライセンスによるオムニバスCDの発送はアメリカ国内に限られており、日本から直接買うことができない。ぜひ入手して日本の方にも確認を取っていただきたいであるが、コロンビア原盤だから、やはりこれは日本のソニーがリリースするのが一番ではないかと思う(できれば、良いリマスタリングで!)。

なおインターネットには『日曜洋画劇場』のエンディング曲について、いろんな説が出回っている。モートン・グールドにしても、『コーヒータイム』というアルバムに収録されているという情報もあったので、さっそくこれについて調べてみた。するとこのアルバムは1958年、米RCA Victor LPM 1656としてリリースされている。ところが内容は

Mexican hat dance -- Serenade in the night -- Laura -- Hora Staccato -- The man I love -- Serenata -- Jamaican rumba -- Solitude -- Besame mucho -- Tropical -- Orchids in the moonlight -- Mahattan serenade.

となっていて、それらしきものは入っていない。RCA時代のグールドの録音は割と中古屋にも出回っているので、入手はそれほど大変でないかもしれない。

モートン・グールド説以外ではオープニング・テーマを作った神津善行氏がエンディングも作曲したとする説、アンリ・モリエール・オーケストラ説(『日曜洋画劇場』と名の付くLPレコードを、他の映画番組のオムニバス盤とともに作っていた)、シリル・オーナデル(Cyril Ornadel)指揮スターライトシンフォニーオーケストラ(Starlight Symphony Orchestra)(米MGMレーベルに『Musical World of Cole Porter』をリリース。本国イギリスでは『Kiss Me Kate』のプロデュースに携わるなど)というのが主なものだ。

私はこれらの音源について探そうとは思わない。グールドが「正解」であることがすでに分かってしまったからだ。しかし、こういった人たちがどういうアレンジをしているのか、機会があれば聴いてみたいとは思う。(02.8.5.、02.8.8.訂正、02.8.23. 情報追加)

(02.9.27. 追記)渡辺純一さんのトロンボーン吹きによるクラシックの嗜好というサイトに、この曲のMIDIファイルがあります。興味のある方は訪れてみてください。

(02.9.30. 追記)このサイトをお読みになった方(上記「某匿名掲示板」に書かれた方とのことです)から、さらなる情報提供がありました。どうやらテレビ朝日の『日曜洋画劇場』では2種類の音源を使っていたようなのです。そのうちの一つはもちろんモートン・グールドなのですが、もう一つは、グールド編曲にそっくりまねて作ったものを録音した音源で、最後にシンバルが入っているそうです。

おそらくこのシンバルの入った音源は、アンリ・モリエール・オーケストラによるものではないでしょうか。このオーケストラは『日曜洋画劇場』というアルバムのレコードを日本フィリップス・レーベルから出しています。しかし、このモリエール・オーケストラの実態は、どうやら日本のスタジオ・ミュージシャンで構成された寄せ集め集団のようです。当時フィリップスは『ゴールデン洋画劇場』や他の映画番組のオムニバス盤を作っており、各レコードにはそれぞれの映画番組のテーマ音楽が収録されているとのこと(ただしオーケストラの名前はモリエールとは限らなかったようです。そもそもモリエールというのが架空の存在であったようです→こちらを参照)。『日曜洋画劇場』でも同様のことを行ったのではないかと思います(収録当時もしグールド編曲ということが分からなかったとすれば、モリエール版はグールドの作った楽譜ではなく、グールドの音源からの耳コピーで作った楽譜ということになるんでしょうか?)。もっとも私はモリエール盤を実際に聴いた訳ではないので、これはあくまでも推測です。

なお、この情報提供者によりますと、「番組オンエアでは、一番最初は『グールド版』を使ってい」たが、「途中から『シンバル版』になり、しばらく経ってからまた『グールド版』に戻」ったということだそうです。

(02.10.5. 追記)こちらによりますと、フィリップスの『日曜洋画劇場』ですが、20Y-101という番号になるようです。また、演奏団体名はクロード・フィリップ・オーケストラと表記されているかもしれません。他に月曜ロードショー(20Y-102)、水曜ロードショー(20Y-103)、土曜映画劇場(20Y-105)、ゴールデン洋画劇場III(20Y-104)というのが存在するそうです。

(02.10.9. 追記)オークション・サイトにて、アルバム『Curtain Time』を再び入手。値段は5ドルと高くなりましたが、灰色6つ目ラベルで盤質も極めて上等。かなり満足です。同じ人から映画音楽のアレンジをした『Movie Time』も購入。こちらは緑ラベルフラット盤で、両面の最初のトラック以外は何とか聴ける状態。両アルバムとも、グールドのピアノの腕が冴え渡っています。やっぱりグールドはムード音楽の方に才能があったのかなあ、と思う次第。

(03.2.13. 追記)掲示板にご投稿くださったさんによると、かつて『日曜洋画劇場』で使われた《ソー・イン・ラブ》はネルソン・リドルのものだという情報が広く流布していたとのことです(2月 2日(日)06時53分26秒のご投稿、「クラシック招き猫」の情報など)。10年前の雑誌の質問コーナーなどに、そのような回答があったようです。しかし林さんがアルバム『Curatin Time』に収録されている《ソー・イン・ラブ》をお聞きになったところ、「まさにこの演奏です、長い間探していたのは!」という結論に至られたようです。

(04.8.5. 追記)現在、米Time-Life社の『Broadway Melodies』はカタログから消えているようです。ただ、LPの音源から復刻した自主制作のCDが日本国内で入手できるようで、Biddersというオークション・サイトに出品されているようです。ちなみに『レコードのムード』『モートン・グールド・レコード・コンサート』というタイトルが付いているようです。


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