福祉・介護

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特集:超高齢社会を生きる/シリーズ1 地域で認知症患者を支える

 ◆認知症300万人時代に

 ◇「介護力」高める--体制づくり急務

 世界一の長寿国であるわが国は、高齢者(65歳以上)が総人口の21%以上を占める超高齢社会を迎えている。現在、年間死亡者は100万人を超え、85歳になれば4人に1人、120歳まで生きれば全員が罹患(りかん)するといわれる認知症患者は160万人にのぼる。さらに高齢化が進行する2025年には、死亡者は160万人、認知症患者は300万人に達すると考えられている。介護保険制度はスタートしたが、こと認知症に関しては、さらなる支援システムの構築が求められている。【岩石隆光】

 ◇診療所核に交流の場

 新田國夫さんは1990年、東京の郊外、国立市に「地域に根ざした医療」を実践したいと開業した。大学病院時代に消化器がんを専門にしていたこともあり、末期がん患者の在宅医療を目指した。しかし、認知症高齢者の家族からの往診依頼が多く、認知症患者の在宅医療を行わなければならなかった。住民の高齢化が、この傾向に拍車をかけた。

 国立市の場合、要介護度2の認知症患者の84%、5でも50%が在宅で過ごし、どうしても家に引きこもりがちとなる。新田さんは、積極的に外出する場を提供することが重要と、宅老所やデイケア施設を開設したところ、たちまち交流の場となり、利用者の療養意欲を高めることができた。「寝たきりだった人の表情が、日に日に豊かになり、動作も活発になる。認知症による行動障害も見られなくなった」という。

 現在では、新田さんは自ら“高齢者を診る総合診療医”と名乗り、認知症を中心に在宅で過ごしている約50人の要介護者、要療養者の治療、さらに通院可能な認知症患者の電話での対応などに24時間体制であたる。「高齢者医療は、生活の中で診ることが大切。在宅医療の成否は、基本的に生活を支える介護力にかかっている」と強調する。

     ◇

 この10年、認知症ケアの進展には目を見張る。自然や地域とのふれあいが大切にされるようになった。発症しても、能力に応じて自分らしく暮らし続けることを支援するグループホームは、介護保険のスタート時、全国で300に満たなかったが、現在は6000を超えている。新田クリニックが例にあげられるが、診療所を核に通所施設などが用意され、患者、家族が交流する機会も増えている。そして、それを支えるための街づくりが、各地で進められつつある。

 ◇街のあり方、東京都模索

 東京都は本年7月、仕組み部会と医療支援部会からなる認知症対策推進会議を発足させた。東京都は、住民の流動化が激しく、高齢者の独居、夫婦のみ世帯も急増し共助・自助の低下が著しい。しかし退職する団塊の世代を含めて人的資源には恵まれている。地域社会に根ざしたNPOも多数ある。商店街、交通機関、金融機関など日常生活を支える社会資源も身近に存在する強みもある。

 仕組み部会は、モデル地区として練馬区と多摩市を選定、認知症になっても安心して暮らせる街のあり方を探る。同時に、介護サービス事業者の地域支援へのかかわり方を探るモデル事業をスタートさせた。

 村田由佳・都高齢社会対策部在宅支援課長は「認知症を隠さなくてもすむ社会を目標に、地域の中で、患者と家族を面で支えていく方法を考えたい」と語る。

 また医療支援部会は、認知症・身体症状の双方の症状に応じ、初期(軽度)の混乱期から終末期(みとり)まで、QOL(生活の質)を維持する医療のあり方を検討する。

 新田さんは「意思表示ができない認知症患者の身体の異常を正しく診断することが、何よりも大切」と話す。例えば身体症状が、脱水症状や感染症によって引き起こされていることを見落としてしまうと、回復の機会を逸するばかりか、そのまま終末期に入ってしまう危険があるからだ。

 上川病院理事長の吉岡充さんは、「高齢者のみとりには安らぎが求められるので、ユニット型医療施設が不可欠」と語る。

 ユニット型医療施設は個室が原則で、プライベート空間が確保できる。看病に来た家族も泊まることができる。医療スタッフも十分に配置され、10人程度の少人数単位の患者をケアするので、患者とスタッフの親密な交流も維持される。「終末期にはベッドからおりようとしたり、衣服を脱いで裸になるなどの行動障害に対する適切な治療とケアが求められる。食事・排せつのケア、清潔さを保ち抑制しないケアも必要。両方に対応でき、最期まで患者のQOLの維持ができるのがユニット型医療施設だ」と吉岡さんは強調する。

     ◇

 認知症300万人時代に備え、介護力を高めるための第一歩が踏み出され、認知症の医療も新しい時代を迎えようとしている。

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 ◇「介護家族へも支援を」

 アルツハイマー病と診断されてから8年、鈴木孝子さん(仮名、87歳)は、娘と孫娘が介護している。過去には療養型の病院、介護老人保健施設を利用したこともあったが、環境の変化からか暴れ、ベッドや車椅子に拘束されてしまい、結局、娘宅に落ち着いた。

 娘宅には、毎日午前、ヘルパーが訪れる。週1回訪問診療を受け、週2回入浴サービスとデイケアを利用している。しかし介護度が5のため、孫娘は仕事をやめた。鈴木家では、長期介護の経験から、家族介護に対する経済的支援や、光熱費などを介護保険でカバーしてほしいと考えるようになった。

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 ◇人間性は、変わらない--記録映画『終りよければすべてよし』演出、記録映画作家・羽田澄子さん

 記録映画『終りよければすべてよし』には、「人間らしく生きたい」という願いが、集約されている。そしてオーストラリア、スウェーデンのケアと対比することによって、今の日本に欠けているものが何かを教えてくれる。

 演出の羽田澄子さんは、1986年作品の『痴呆性老人の世界』以来、「高齢者が安心して暮らせる社会」をテーマにしてきた。

 「認知症になって、たとえ知能が破壊されても、情緒は破壊されない。だから人間性は変わらない」ということを強調する。

 ワンカットに含まれるメッセージ量は膨大で、文章では表現できないことを伝えてくれる。岐阜県にあるサンビレッジ国際医療福祉専門学校では、羽田さんの『安心して老いるために』を教材に、介護のあり方を教えている。

 「死は敗北ではないこと、人は死ぬということを理解して、初めて人を救うことができる」。羽田さんは、医学部の学生に、特に作品を見てほしいと思っている。

毎日新聞 2007年12月2日 東京朝刊

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