イラクに派遣している航空自衛隊を撤収させるために民主党が提出していた「イラク復興支援特別措置法廃止法案」が参院で可決され、質疑の舞台は衆院に移った。
与党が圧倒的多数を占める衆院では否決か廃案との見方が強い。参院は夏の選挙で与野党の勢力が逆転しており、主導権を取れる民主党はイラクへの自衛隊派遣を一から議論し直すチャンスだった。しかし、法案は外交防衛委員会で十一月二十二日に審議入りの後、連休を挟んで二十七日には委員会を通過してしまった。突っ込んだ議論が行われなかったことは納得し難い。
二〇〇三年七月に成立したイラク特措法に基づき陸上自衛隊が昨年七月まで南部サマワで活動した。陸自撤収後も空自はクウェートを拠点に首都バグダッド、北部アルビルなどで輸送機により多国籍軍と国連の要員、物資の輸送などを行っている。今年六月の特措法改正で派遣期限は〇九年七月末になった。
イラク戦争は米国や英国が国際世論を振り切って始め、開戦の根拠とした大量破壊兵器も発見されなかった。自衛隊派遣の正当性では、アフガニスタンのテロ対策としてインド洋で海上自衛隊が行った給油活動以上に、立ち止まって考えるべき案件である。オーストラリアでは戦闘部隊のイラク撤収を掲げた野党・労働党が総選挙に勝利した。
空自の活動は非戦闘地域に限るとされる。イラクではテロが続き、バグダッド空港周辺で米軍ヘリが撃墜されてもいる。非戦闘地域の概念や空自機が直面する危険を問い直すことも重要な論点だ。
活動内容に関する情報も乏しい。政府は安全上の理由というが、活動の中身が分からなければ、イラク国民のために空自がどう役立っているのか、日本国内で判断のしようがない。「国連の要請に沿い復興支援に従事している」との政府の説明とは逆に、多国籍軍の物資や人員輸送が多くを占めるともいわれ、情報開示が欠かせない。
参院でこうした論点から本格質疑が行われていれば、イラクからの空自撤収という出口論に向けた議論へ発展させていくことができたはずだ。
民主党はイラクからの自衛隊撤収を参院選のマニフェスト(政権公約)に掲げた。にもかかわらず、参院で十分に法案の議論をしなかったのはなぜか。インド洋での給油活動再開のための新テロ対策特別措置法案をめぐり、解散・総選挙に追い込もうと与党との駆け引きにばかり熱心だといわれても仕方あるまい。この上は、衆院で議論を仕掛けていく責任がある。
パキスタンのムシャラフ大統領は、兼任していた陸軍参謀長を辞任し、「文民」として二期目(任期五年)の就任宣誓を行った。さらに、発令中の非常事態宣言についても十六日に解除して、停止中の憲法を復活させると表明するなど民主化への積極的な姿勢をアピールした。
来年一月の総選挙は非常事態下で行うとの考えを示していたムシャラフ氏が方向を転じた背景には、野党や「テロとの戦い」の協力関係を通じて政権の後ろ盾となっている米国など内外の圧力が作用したといえよう。
これを受け、第二野党のパキスタン人民党(PPP)総裁のブット元首相は「ボイコットも辞さない」としていた総選挙への参加を表明するなど軟化を見せた。混乱回避の兆しを歓迎したい。
十月の大統領選で最多票を獲得したムシャラフ氏だが、大統領の公職兼任を禁じた憲法に反するとして対立候補らが提訴した。不利な判決を懸念したムシャラフ氏は、十一月三日に非常事態を宣言し、審理に当たる最高裁判事を政権寄りの判事にして当選を確定した。さらに、抗議活動を行った多くの人々を拘束し、批判が高まっていた。
力で押さえれば、それだけ反感を買い状況は悪化する。アフガニスタンに隣接する「テロとの戦い」の要でありイスラム圏唯一の核保有国でもあるパキスタンの混乱は世界の大きな脅威となる。
政権の正統性や、野党から解任された判事の復職を要求されるなど今後に火種を抱えるムシャラフ政権だが、総選挙を公正で透明性の高いものにし、民主化を積み重ねて安定を図らなければならない。流れを逆行させない国際社会の後押しも重要性を増す。
(2007年12月1日掲載)