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今月のおすすめ記事  2008年1月号

日米よ、徴兵制度を復活させよ

イラク戦争を始めたのは、チキンホークたちだ

町山智浩  映画評論家、コラムニスト

まちやま・ともひろ 1962年、東京都生まれ。早稲田大学法学部卒業。「別冊宝島」編集部などを経て「映画秘宝」創刊。97年渡米。現在、カリフォルニア州バークレー在住。著書に『底抜け合衆国』『〈映画の見方〉がわかる本』、共著に『9条どうでしょう』、訳書に『ブーンドックス』(幻冬舎)など。
http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/


憲法改正論議がもはやタブーでなくなった今日でも、ひとたび徴兵制度の復活を唱えれば、
途端に眉をひそめられる。とりわけ、「戦争反対」「非武装中立」を訴える人たちは。
だが、徴兵制度復活は、欧米では“戦争に反対する側”から求められているのだ──。

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 日本では右も左も徴兵制に反対らしい。憲法9条を改憲して自衛隊を正式な国軍にすると主張する人々ですら「徴兵制度を復活させるわけじゃない」と言って賛同者を増やそうとしている。軍隊は欲しいけど兵隊にはなりたくないのか? 誰が兵隊になるんだ? 外国人労働者か?
 アメリカでは、徴兵制度はベトナムから撤退した1973年に「停止」され、現在はすべて志願兵である。軍隊に入るのは、失業率の高い地域の若者、南部や中西部のキリスト教福音派など保守的で愛国的な家族の子息、それに職業軍人だけだ。そのため、米軍は深刻な兵士不足に直面している。

 湾岸戦争の頃、国民皆兵制度は過去の遺物になると言われた。兵器のハイテク化が進めば、兵士はよく訓練された少数のエキスパートがいれば十分になると。しかし、イラク・アフガニスタン戦争は敵正規軍を撃破して終わる従来の戦争ではなかった。自爆テロとの終わりなき戦いが始まり、歩兵は今まで以上に重要になった。
 兵士不足を補うため、米軍は適性検査のハードルを下げ、新兵訓練もゆるくして脱落者を半分にした。その結果、不適当な者まで戦場に行く。2006年にイラクで米兵が勤務外に私服で民家に押し入り、14歳の少女をレイプし、その両親と5歳の妹もろとも皆殺しにした。主犯の兵士(21)は死刑を求刑されているが、実は数々の暴力事件で何度も逮捕され、保護観察を免除されるために軍に入った「人格障害者」だった。
 07年9月には、民間警備会社「ブラックウオーター」の職員がイラクの市街地で白昼、銃を乱射し、女性や子どもを含む非武装の民間人17人が死んだ。同社はイラク開戦以来、アメリカ政府から約700億円に上る契約を受けて政府や復興事業の要人警護にあたっている。職員はみんな除隊した元兵士だ。このような傭兵が約5万人もイラクで戦争の下請けをしている。しかし、軍規の外にある彼らの横暴に怒ったイラク政府は「ブラックウオーターをイラクから締め出す」と宣言した。ブッシュは「彼らなしではイラクの治安は守れない」となだめている。
 質も量も建国以来最低になった米軍。現在、IVYリーグなどの名門大学の卒業生の1割以下しか軍に入らない。50年前は半数以上が軍に志願していたのに。欧米ではノブレス・オブリージュ(高貴な者の義務)といって、貴族や裕福な家に生まれた男は、社会のリーダーの義務として戦場に出るのが伝統だった。アメリカの歴代大統領のほとんどが軍隊経験者だ。ところが現在、アメリカの国会の上下院議員のうち、軍隊経験者はわずか5パーセント、自分の子どもを軍隊に入れている議員はわずか7人しかいない。デューク大学の調査によれば、大統領の閣僚や議員に軍隊経験者が少ない時ほどアメリカは戦争を起こしやすくなるという。
 実際に戦争の経験がないのに口だけ好戦的なことを言う者をチキンホーク(臆病なタカ派)と呼ぶ。イラク戦争はチキンホークたちが起こした。ブッシュ大統領は州軍に入ることでベトナム戦争への徴兵を逃れた。チェイニー副大統領は結婚などの理由でなんと5回も徴兵を回避している。ラムズフェルド前国防長官も教育隊にいて、実戦を経験していない。閣僚中唯一の戦場の英雄だったパウエル前国務長官は、ハト派すぎるとブッシュに追い出された。
「政治家や金持ちの息子でも平等に兵役に就く徴兵制を復活させるべきだ」と訴えているのは、民主党のチャーリー・ランジェルなど、ブッシュ政権とイラク戦争に反対する下院議員たちだ。彼らは「自分の子どもも戦場に行くとすれば、権力者は簡単に戦争をしなくなる」と言う。戦争抑止のための徴兵制なのだ。
 9条改憲論者の「徴兵なき国軍」というインチキに話を戻すが、欧米諸国は徴兵を「停止」しても「廃止」は絶対にしない。国民皆兵制は民主主義国家の基礎だからだ。近代以前は王や諸侯が職業軍人と傭兵による武力を独占していた。しかし、民主主義国家では国民が武力を共有することで、軍の独裁を防ぎ、権力の横暴に対して国民が抵抗する能力を維持する。
 また、国民皆兵制度は戦争のためだけにあるのではない。国民を作るためにあるのだ。人は国民として生まれてくるのではない。国だけでなく、未開の部族や宗教団体、一般の企業まで、人はグループの一員になるために通過儀礼(イニシエーション)を経る。通過儀礼は臨死体験だ。バンジージャンプは、本来は成人式だ。人は儀式的に一度死んでグループの一員として生まれ変わる。
 通過儀礼は地域共同体や徒弟制度、宗教がそれぞれに行ってきたが、国民国家では学校と軍隊がそれを担当する。新兵訓練が理不尽なほど厳しいのは、心の中の子どもを切り捨てる儀式だからだ。戦後の日本では各企業が「社会人を作る役割」を担った。それらが崩壊した現在、大人になれない人間が増えたのは当たり前だ。
 徴兵しないのなら代わりの制度を確立しろ。でなきゃカルトやニートも増える一方だよ。



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