医療クライシス

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がけっぷちの産科救急/5止 増員予算、改善に不可欠

 ◇医師数抑制策、変えぬ国

 奈良県五條市の高崎実香さん(当時32歳)が、19病院に受け入れを断られた末に死亡してから1年。先月には同県橿原市の女性(38)が9病院に断られ、搬送中に死産した。搬送先探しに苦労する例は各地で起きているが、何が原因なのか。

 厚生労働省の研究班が全国の新生児医療施設を対象に行った調査では、「長期入院児の存在が、新生児集中治療室(NICU)の新規入院受け入れに影響している」と考える施設が70%に上った。症状安定後に受け入れる後方支援施設が不足し、NICUに長期入院せざるを得ない子どもが少なくないためだ。研究班の梶原真人・愛媛県立中央病院総合周産期母子医療センター長は「後方支援施設の充実が急務だ」と指摘する。

 代表的な後方支援施設である重症心身障害児施設は04年10月現在、全国に182施設ある。しかし、「旭川荘」(岡山市)の末光茂理事長は「重心施設は重症児患者の診療報酬がNICUの約3分の1。受け入れれば受け入れるほど運営が厳しくなる。せめて2分の1までの引き上げを厚労省に要求しているが、実現しない」と訴える。医療スタッフ集めにも苦労が絶えないという。

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 76年に日本初の五つ子が誕生した鹿児島市立病院。新生児センターは80床あり、うち36床がNICUで国内最多だ。同病院周産期医療センターの茨聡(いばらさとし)部長は「搬送受け入れを断ることはほとんどない」と話す。しかし、紆余(うよ)曲折もあった。

 新生児センターは78年に40床でスタートした。81年には60床になったが、高齢出産や不妊治療などの影響で未熟児が増加し、慢性的なベッド不足に。スタッフは満足に休みも取れなくなった。

 そんな中、地元の産婦人科開業医らが署名活動を展開。約12万人分の署名を添え、97年に市議会や県議会へ要望した結果、必要な予算が可決された。20床増床され、医師は5~6人から14~15人に、看護師も50~60人から120人に増えた。全国最低レベルだった早期新生児死亡率が、02年には出生1000人に対し0・6人という最高レベルになった。

 茨部長は「周産期医療の充実は、新生児の命を救うだけでなく、将来を担う人材を育てることになる。行政は必要な予算を投じることを真剣に考えるべきだ」と話す。

   ■   ■

 橿原市の女性が死産したケースで、救急隊からの2度の受け入れ要請に対応できなかった奈良県立医大病院産婦人科。同病院によると、産婦人科には当時、2人の医師が当直していたが、1回目の依頼は、陣痛で緊急入院した患者の診療中だった。緊急帝王切開手術を終えたばかりの患者の対応にも追われていた。その後、破水のため患者が緊急入院し、分娩(ぶんべん)後に大量出血した患者の搬送依頼も受けている時に、2回目の依頼が来た。2人は一睡もせず対応を続け、そのまま日中の通常業務に入ったという。

 毎日新聞の全国調査で、各地の周産期母子医療センターが求める対策で最も多かったのは「医師増員」だった。日本の人口10万人当たりの医師数は経済協力開発機構(OECD)加盟国中最低レベル。しかし、国は医師数抑制策は変えず、現場の悲鳴に応える様子はない。=おわり

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 この連載は、鯨岡秀紀、玉木達也、根本毅、河内敏康、五味香織、苅田伸宏、田村彰子が担当しました。

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 ご意見、ご感想をお寄せください。ファクス(03・3212・0635)、Eメール t.shakaibu@mbx.mainichi.co.jp、〒100-8051 毎日新聞社会部「医療クライシス」係。

毎日新聞 2007年9月11日 東京朝刊

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