◇「庶民の味方」に限界も
今月1日、東京都江東区の明治乳業本社に、酪農家の声が響いた。
「このままでは、飼料代も払えず、年が越せない」「生乳1キロ当たり10円の値上げは絶対だ」。全国から集まった30人は、牛乳の原料となる生乳を明治など大手乳業メーカーに買ってもらっている。買い取り価格の据え置きを続けるメーカーに、もう耐えられない、と引き上げを求めた。
牛乳は卵とともに「価格の優等生」と呼ばれる。値段が長期にわたり、ほとんど動いていないためだ。大手乳業メーカーは、「牛乳離れがこれ以上進んでは大変だ」(森永乳業)と、そろって値上げを避けている。その下であえいでいるのが、酪農家だ。
千葉県館山市の「須藤牧場」。薄暗い牛舎に約140頭の乳牛の鳴き声が響く。スコップで牛の足元に餌を運ぶ須藤裕紀さん(43)は「餌代など費用は上がる一方だ」とため息をつく。輸入トウモロコシの高騰で飼料代はこの1年に約3割上がった。原油高でトラクターの軽油代も上昇し、毎月の生産コストは昨年より40万円も増えている。「このままでは、搾れば搾るほど酪農家が赤字になる時代がくる」
全国各地の酪農家は、何度も集会を開き、値上げを訴えているが、酪農家団体と大手メーカーによる価格交渉は、今年も「据え置き」で決着した。
原料高騰の中、価格を上げられない食品は、ほかにもある。栄養価が高いのに値段が手ごろな「庶民の味方」--豆腐だ。
最大手の朝日食品工業(東京都豊島区)が製造する豆腐類は、100品目を超える。このうち、小売りが値上げに応じてくれたのは、「揚げ出し豆腐」など販売量が少ない2品目だけだ。
豆腐業界は約1万3000の業者がひしめき合う。その9割近くが従業員10人未満の豆腐店で、朝日食品のような最大手でさえ、販売シェアは3~4%程度だ。一方のスーパーなど小売りは、相次ぐ経営統合により企業の巨大化、市場の寡占化が進む。「我々の価格交渉力などないに等しい」(日本豆腐協会の木嶋弘倫専務理事)
原料高による業績悪化が後継者不足に拍車をかけ、豆腐業界はここ数年、年間の廃業が400~500社に上っている。
海外から押し寄せる穀物や原油の高騰の波と、必死に価格を据え置こうとする小売業者。そのはざまで、交渉力の弱い業界や企業が、しわ寄せを受けている。
“価格弱者”は小売業界の中にもいる。北関東のある中規模スーパーは「商品によっては、メーカーの値上げ分を自分でかぶっている」と明かす。大手に比べ食品メーカーとの交渉力は弱く、仕入れ価格の引き上げに応じざるを得ない。一方で、大手スーパーとの競争があり、店頭価格を上げるわけにはいかない。
今後の穀物相場について、住友商事の黒崎弘康・穀物油脂部長は「干ばつなど一時的要因のためではなく、世界的な需要増加に伴うものなので高止まりが続く」と予測する。原油も需要の増加に対し供給の余力が乏しく、高値で推移するとの見方が根強い。
立場の弱い一部業者や生産者にしわ寄せが集中する価格維持には限界がある。「価格の優等生」や「庶民の味方」に値上げが及ぶ日が、近づいている。(この連載は平地修、工藤昭久、宮島寛が担当しました)
毎日新聞 2007年11月21日 東京朝刊
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