酸化反応(Oxidation)にもいろいろありますが、重要な酸化反応は、瓶詰めしたビール中のiso-alpha-acidの酸化です。この反応はビールを気の抜けたような味にすることと関係しています。他に、保管中のホップの樹脂成分と精油成分の酸化の問題があります。
- iso-α-acidの酸化
- ホップ樹脂(α-acid)の酸化
- ホップ精油成分の酸化
について、書いていくことにします。
(a) iso-α-acidの酸化
ホップの中のα-acidの酸化が保管中に起こるのに対して、iso-α-acidの酸化はビールの中でおこります。具体的にはiso-α-acidのアシル基(-R)がiso-α-acidから分離する反応が起こります。この反応によって脂肪酸が形成され、その結果、老ね香、劣化臭がビールに出現します。George
Fix著「Principle of Brewing Science II Edition」(p132)では、cheesy
tonesと表現しています。
isofumuroneを例にします。isofumuloneのアシル基は-C=OCH2CH(CH3)で、isofumuloneの酸化でアシル基が分解しisovaleric
acid(イソ吉草酸)(CH3)2CHCH2COOHという脂肪酸が生成される。(Fig.
1)

同様にして、isocohumuloneではisobutyric
acid、isoadhumuloneでは2-methyle butyric
acidが生成される。これらの脂肪酸は老ね香、チーズ様の風味をビールにもたらします。
iso-α-acidからアシル基の分裂は、いわゆる日光臭とも関係します。iso-α-acidであるisohumuloneが波長400から500nm(ナノメートル)の光線にさらされと、isofumuloneのアシル基が光化学分解して3-methye-2-buteneラジカルが生じる。一方、ビール蛋白やアミノ酸から光化学作用で硫化水素(H2S)が生成される。この3-methye-2-buteneラジカルと硫化水素が反応して、3-methyle-2-butene-1-thiolが生成される。この3-methyle-2-butene-1-thiolが日光臭の原因物質で、スカンクの屁の臭い、または動物園のたぬき小屋の周りの臭いがビールに出現します。ビール瓶が褐色をしているのはこの波長400から500nmの光線を透過させにくい性質を持っているからです。(Fig.
2)
iso-α-acid(isofumulone)をNabh4で還元処理すると、側鎖が解裂しにくいρ-isofumuloneとなり、日光臭を防止することが出来ます。コロナビールなど透明な瓶を使っているビールがありますが、この処理をしていると思われます。

George Fix著「Principle of Brewing Science II
Edition」(p133)によると、iso-α-acidの酸化と日光臭とは競合します。「すなわち、多量の酸化化合物を持つビールはiso-α-acidの酸化が起こりやすく、光化学反応は起こりにい。反対に還元状態のビールはiso-α-acidの酸化は起こりにくいが光化学反応が起こりやすく日光臭が付きやすい。」ということです。
iso-α-acidの酸化に関して上記のようにiso-α-acidのアシル基が解離して脂肪酸が形成される以外にiso-α-acidの水素原子が外れる反応があります。具体的にはFIG.
3-aに示す構造の酸化物が産生されます。このiso-α-acidの酸化物質はメラノイジンの酸化還元と関連しています。(メラノイジンについては別のセクションで詳しく記載します。)酸化型メラノイジンにiso-α-acidの水素原子を与えることによりiso-α-acidの酸化が起こります(Fig.
3-b)。酸化型メラノイジンは、アルコールをアルデヒドに酸化させる性質がありビールの酸化に大きく関わっている物質でありますが、酸化型メラノイジンは一方ではiso-α-acidを酸化さ、還元型メラノイジンに変化します。iso-α-acidの酸化物質はアルデヒドのようにビールの風味に影響しませんので、iso-α-acidが酸化し酸化型メラノイジンが還元型メラノイジンに変化することは、iso-α-acidはビールの風味を保護していることになります。しかし、ビールを長期間保存していると、iso-α-acidの酸化物質はやがて分解してアルデヒドに変化することが、キリンビールの橋本氏らの研究で明らかにされました(Fig.
3-b)。このアルデヒドがビールの酸化臭の原因の一つであることが橋本氏らによって解明されました。それは、ホップを使わずに造ったビールはiso-α-acidが無いので典型的な酸化臭がでないこと、また酸化分解しにくい還元型のiso-α-acidを使用したビールは酸化臭が弱いことからも、iso-α-acidの酸化分解によりアルデヒドが形成されるものと考えられると橋本氏は指摘しています。
iso-α-acidの酸化には酸化型のメラノイジンが大きく関与しています。この酸化型メラノイジンは実はマッシングの時に、または高温度の麦汁が空気と混ざり合うことによりたくさん形成されるとGeorge
Fixは指摘しています。マッシングやロータリングは出来る限り空気と混ざり合わないようにしないといけません。PAPAZIAN著「THE
HOPMEBREWER'S COMPANION」のP126に「Take care not to aerate the hot
mash. Oxygenation of the mash is detrimental to the final quality
of the
beer.」と記載しています。PAPAZIANの書物にはメラノイジンという言葉は出てきませんがマッシング時には出来る限り空気と混ざらないようにしないといけないのは、瓶詰め後のビールの酸化に影響するからです。

(b) ホップ樹脂(α-acid)の酸化
保管中のホップ樹脂成分(α-acid)の酸化について、話をします。
新鮮なホップを使用したビールなら、iso-α-acid(iso-humulone、iso-cofumulone、iso-adhumulone)がビールの苦みの70%をしめると言われています。収穫後かなりの期間を経たホップではα-acidやβ-acidが酸化してしまい、そのようなホップを使ってビールを仕込むと、本来のα-acid
由来のiso-α-acidは減少し、そのかわりα-acidやβ-acidが酸化物質などiso-α-acid
以外の苦み成分が多くなり、ビールはだれた鈍い苦みとして感じるようになります。
α-acidやβ-acidが酸化について、George Fix著「Principle of
Brewing Science II Edition」よりまとめてみました。
- 保管温度が高いと酸化が起こりやすい。
- ホップの種類により、安定性が異なる。----ホップの種類により貯蔵においてα-acidやβ-acidの酸化の程度が異なる(storage
stability)。
- pellet typeのホップはwhole
typeより酸化が起こりにくい。---重量に対してホップの表面積が少ないため。
- pellet
typeに関して、製造におけるホップの機械的な損傷がどの程度ビールに影響するかは未だ研究段階。この点に関して軽視されている。
ホップの貯蔵に関してα-acidの安定性はホップの種類によって異なります。α-acidの安定性が悪い(poor
storage
stability)といわれているホップにCascadeとHersbruckerというホップが在ります。PeacockらはCascade
Pelletsのα-acid値が一年間の保存で7.6%から4.6%に減少したと、また、Hersbrucker
Pelletsのα-acid値が一年間の保存で7.4%から4.7%に減少した報告しています。たとえば、Cascade
HopsはAmerican style pale
aleを仕込むときには無くてはならないホップですが、α-acidの安定性が悪く、Cascade
Hopsのスパイシイな香りを利かしたpale
aleを作るには新鮮なものが必要になります。
ホップの保管中にα-acidが酸化して、異なった化合物に変化します(Fig.
4)。煮沸したときに生成されるα-acidの異性体によく似ていますが、α-acidの酸化化合物は-OH基が付いています。α-acidの酸化化合物はα-acidの異性体と違い、だれた鈍い苦みをビールに与えるようになります。α-acidの酸化化合物は麦汁の煮沸により異性化は起こりません。また、酸化によりアシル基(-R)が外れて、valeric
acid、butyric acid、2-methyl butyric
acidが形成され、これらはチーズ様風味をビールに付けます。(一方iso-α-acid
の酸化でisovaleric acid、isobutyric acid、2-methyle butyric
acidが生成されます。)

(c)ホップ精油成分の酸化
ホップの製油成分は250種類ありますが、二つの主要な化合物からなります。1つはフムレン(Humulene)で、他はミルセン(Myrcene)です。主に、フムレン(Humulene)とミルセン(Myrcene)の酸化について述べます。
ホップの製油成分はすぐに酸化してしまいます。Cascade Pellet
Hopsに含まれるミルセンは冷蔵保存の状態でも12ヶ月間で329mg/lから、7mg/lにまで減少するという研究報告があります。ということで、ビール造りにおいては、取れたれのホップに含まれる非酸化状態のフムレンやミルセンのような炭化水素系の製油成分よりも、むしろフムレンやミルセンの酸化物がが重要な働きをしているものと思われます。しかも非酸化状態のフムレンやミルセンは親水性でなく麦汁の煮沸によりすべて揮発してしまい、ビール中には痕跡量しか残りませんのでホップ臭をもたらしているとは考えにくいと言うことになります。フムレンやミルセンはホップの貯蔵中、または麦汁の煮沸中に酸化し親水性となり、ホップ臭をビールに付けるものと思われます。
フムレン由来の重要な酸化化合物は、humuladienone、humelene
epoxide 1、humulene epoxide
2、humelol、humulenolと5種類のsesquiterpene(セスキテルペン(C5H8)3)があります(Fig.
5)。

ミルセン由来の酸化物質は、myrcene
epoxide、myrcenolがあります(Fig. 6)。

フムレンの主な酸化物質の風味の特徴についてまとめてみました。
- フムレンエポキシド類---蜂蜜風の香り、かび臭い香り
- フムレノール--------ヨモギのような香り
- フムロール---------蜂蜜風の香り
しかし個々のフレーバーの香りを追求してもあまり意味が無く、ビール中ではこれらの酸化物質がお互いに相互作用をして特徴のある風味をビールに与えます。フムレンの酸化物はビールにエレガントな風味を与え、ミルセンの酸化物はビールに刺激的な風味を与えます。
Cascade、Centennial、Columbus
というホップは柑橘系の風味、または上品なハーブ臭をビールに与えますが、これらのホップでは、フムレンやミルセンがLinalool(C10H18O)やGeraniol(C10H18O)というoil(アルコール)に変化します。Linalool単独ではフムレンほどエレガントではありませんが上品な風味がします。Geraniol単独では、薬草(herbal)の風味がします。しかし、これらのoilは、ビール中で一緒に存在し、お互いに作用して非常に特徴あるホップ臭を作り出します。とくに、Cascade、Centennial、Columbusなどのホップは、LinaloolやGeraniolの濃度が大きく、特徴のあるホップ臭(柑橘系の香り、花のような香りとスパイシイの利いた風味)をビールに与えます。

(最後に)
ホップの酸化について調べようと思い、いろいろと本を読んでいくうちに、ビールの酸化の問題にぶちあたりました。ビールの酸化は実はマッシングやロータリング時にメラノイジンの酸化が原因であったこと。また、ホップはビールの苦みには欠かせないものですが、しかし、苦みの素であるiso-α-acidの酸化分解によりビールは酸化臭が生じるとが分かりました。ホップはビールに魂を入れる大切なものですが、そのホップ由来のイソフムロンやイソコフムロンなどのiso-α-acidによって、ビールは魅力を失うとは、何とも皮肉な現実と感じました。
参考図書;George Fix著「PRINCIPAL OF BREWING SCIENCE」
George Fix著「PRINCIPAL OF BREWING SCIENCE second
edition」
PAPAZIAN著「THE HOPMEBREWER'S COMPANION」
LEE W.JANSON著「BREW CHEM 101」
橋本直樹著「ビールのはなし part 2」
井上喬著「やさしい醸造学」
キリンビール株式会社編「ビールのうまさをさぐる」
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(橘 克英)迄。
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作成日時 2000年10月21日