このセクションの目次
はじめに
ホップの香りと苦味はどこからくるのでしょうか?ホップのまり花を半分に割ると、中に黄色い顆粒があります。この顆粒をルプリン顆粒(Lupulin
Grands)といい、苦味のモトになる樹脂(Resins)とビールに香りを付ける精油成分(Essential
Oils)が含まれています。ホップの種類により、樹脂(Resins)と精油成分(Essential
Oils)の量が違い、その結果、様々な苦味や風味、香りが生まれます。一般的に、精油成分が少なく苦味成分が多いホップをビターホップと言い、反対に油性成分が多く苦味成分の少ないホップをアロマホップと言います。
ビールのスタイルに応じてホップを使い分ける必要があります。また、ホップの化学作用を理解することは、自家醸造においても大切なことと思います。ホップを理解することは、「より美味しいビール造り」への1つの道標となると考えます。
ホップはクワ科の植物で、学名をHumulus
lupulusといいます。宿根多年草で、クワ科ですがツル性で背丈は5mぐらいまで成長します。日本には、ホップの野生種であるカラハナソウが自生しています。ホップは雌雄異株で、ビールに使うホップは、未受精の雌花(まり花)を使います。このホップのまり花の中にルプリン顆粒(Lupulin
Grands)が含まれています。
ルプリン顆粒(Lupulin
Grands)
- 樹脂(Resins)------------------苦味のモト
- 精油成分(Essential
Oils)----ビールに風味、香りを付ける
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(1)樹脂(Resins)
二つのタイプの樹脂(Resins)が存在しています。hard
resinsとsoft
resinsです。この分類はヘキサンという分子式CH3(CH2)4CH3の揮発性パラフィン族炭水化物に溶解するかどうかで分けています。hard
resinsというのはこのヘキサンに不溶解性の樹脂で新鮮なホップには5から6%含まれていますが、このhard
resinsはビールの苦味や香りには何の効果もありません。ホップの貯蔵期間が長くなるとこのhard
resinsの割合が多くなり、ホップの劣化と関係していると言われています。soft
resinsは、ヘキサンに溶解する樹脂でビールの苦味に関係するのはこの、soft
resinsです。
soft resinsは次のように分けられます。
(1)α-acids
(2)β-acids
(3)非特異的soft resins。
(a)α-acids(アルファー酸)
ビールを飲んだときに感じる芳醇でさわやかなホップの苦味はα-acidsから由来していることが解りました。α-acidsはビールの主要な苦味の前駆物質で麦汁に不溶性ですが、麦汁を煮沸することにより、α-acidsは異性化されてiso-α-acidsとなり、麦汁に溶解し苦味がビールに付きます。
α-acidsはフムロン(humulone)とその類似物質からなるフェノール化合物です。ホップの中に含まれるこのα-acidsは、非常に不安定な物質で、時間が経つにつれてホップのα-acidsの含有量が減少します。それは、フムロンを中心とするα-acidsの酸化物質が増加するためです。α-acidsが酸化すると異性化に必要な化学結合が変化して、異性化出来なくなり、その結果麦汁に溶解できなくなります。(自家醸造においても、使用するホップの保存状態に注意が必要です。余り古いホップの使用は避けるべきです。さらに、購入したホップはホップ袋に入っていますが、空気が完全に抜き取られているかどうかが問題となります。空気の入った袋で販売されているホップは購入すべきでないと思います。)
α-acids(アルファー酸)の中で、Co-humuloneは麦汁を煮沸しているときに、最も異性化されて溶解しやすいsoft
resinsです。ホップのα-acids(アルファー酸)値はこのCo-humuloneの割合を意味します。いわゆる、noble
hopsはCo-humuloneの量が少なく、アルファー酸値の高いホップはCo-humuloneが高濃度含まれています。このアルファー酸値は同じ種類のホップでも、収穫時期によって異なり、パッケージに記載されています。

(b)β-acids(ベーター酸)
β-acidsは、α-acids(アルファー酸)と違い、安定した物質で異性化はしません。酸化して苦味成分となります。この点がα-acids(アルファー酸)と異なる点です。古いホップを使用した場合はα-acids(アルファー酸)は酸化されて異性化できなくなりますので、古いホップを使用したビールの苦味は主にα-acidsとβ-acidsと酸化物質が合わさった物になります。β-acids(ベーター酸)の酸化物質由来の苦味はα-acidsの異性化された苦味と比べて、芳醇なさわやかな苦味ではなく、余り好まれません。(自家醸造において、せっかく自分なりのビールを造るのですから、出来れば使用するホップは新鮮な物を使いたいと思います。)

(c)α/β比(α-acids/β-acids ratio)
ホップのパッケイジを見ますと、α-acids値と共にα/β比が記載されている場合があります。α-acids値はCohumuloneの含有%を意味しますが、α/β比はホップの特性を示す重要な指標になります。特に、ラガービールを仕込むに当たっては、この指標が重要な目安になります。norble
hopsはα/β比は0.8から1.2の範囲です。ChinookとかEroicaのようなBitter
hopsはα-acids値が高く、しかもα/β比は2.5から3.0近くになります。しかし、Horizonというホップはα-acids値が高いがα/β比が2以下であり、ラガービールの製造に置いて注目されています。
ビールの苦味についてのまとめ
- 新鮮なホップを使用したとき---α-acids(アルファー酸)の異性化した物質由来(芳醇でさわやかな苦味)。
- 古いホップを使用したとき-----α-acids(アルファー酸)とβ-acids(ベーター酸)の酸化物質由来(好ましくない苦味)。
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(2)精油成分(Essential
Oils)
樹脂(resins)がホップの苦味(bitterness)に関係していましたが、精油成分(Essential
Oils)はホップの風味(flavor)、香り(aroma
)に関係しています。ホップのまり花のルプリン顆粒内には、250以上の種類の精油成分(Essential
Oils)が存在すると言われています。
ビールに風味や香りをもたらす、精油成分(Essential
Oils)は3つのグループに分けることが出来ます。
- (a)炭化水素
- (b)酸化化合物
- (c)硫黄を含む化合物
精油成分の主成分である炭化水素(hydrocarbons)はテルペン類という炭化水素化合物です。大きく分類しますと下記の通りになります。
- モノテルペン(monoterpenes)--C10H16の構造を持つ不飽和炭化水素の総称
- セスキテルペン(sesquiterpenes)--C15H24の構造を持つ不飽和炭化水素の総称
炭化水素化合物の中で、二つの主要な化合物があります。1つはフムレン(Humulene)で、他はミルセン(Myrcene)です。
フムレン(Humulene)はセスキテルペン(sesquiterpenes)の一種で分子式はC15H24です。フムレンは「elegant」と表現されるような「デリケート」で「洗練」された風味、香りをビールに与えます。このフムレンは非常に不安定な物質です。たとえば、ホップを投入した麦汁を10分間から15分間煮沸しただけで、ほとんどが蒸発してしまい、後に残る物はエポキシ化(-O-)したフムレン、フムレノール(Humulenol)、フムノール(Humulol)などの酸化物質です。
ミルセン(Myrcene)はモノテルペン(monoterpenes)の一種で分子式はC10H16です。ミルセンは「pungent」と表現されるように、刺激的な強い風味を持っています。
精油成分(Essential
Oils)--ホップの香りについてのまとめ
- フムレン(Humulene)---elegant(上品)
- ミルセン(Myrcene)-----pungent(刺激的)
いわゆる、noble hops
は製油成分のフムレンが多く含まれ、ミルセンが少ないのが特徴ですフムレン/ミルセン比(sesquiterpene/monoterpene
ratios)=2.5-4.0 です。
一方、pungent hops
(刺激的な風味に強いホップ)はミルセンが多く含まれていてフムレン/ミルセン比は0.67前後です。
H/C 比(H/C
ratio)というインデックスがあります。これはcaryophyllene(カリオフィレン)という分子式C15H24で表されるセスキテルペン類の環状炭化水素とフムレンの割合を意味します。Saazのようなnoble
hops ではH/C
比は、一般的には3.5以上の値です。このインデックスはnoble
hopsにおいてフムレンの量を知る上で、割合よい指標となっています。H/C
比が3.5以上であれば、noble
hopsと考えてよいと思われます。Peacock(1992年)の報告によると、H/C
比でnoble hopsを区別すると、Saaz HopsはHallertau
タイプのホップよりH/C 比が高値であり、SaazやHallertauは同じnoble
hopsに属しますが、SaazはHallertau産のホップよりフムレンの量が多く、noble
hopsとしてはSaazがよりすぐれていることが分かります。
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(3)主なアロマホップについて
ヨーロッパ大陸原産の高級ホップにSaaz、Hallertauer
Mittelfruh、Tettnanger
、Spaltなどがあります。これらのホップの特徴は、α-acids(アルファー酸)値が低く、フムレン(Humulene)を主体とする精油成分が多く含まれています。しかし、このフムレンは非常に不安定な物質で、前にも書きましたが、10分から15分間の煮沸で蒸発していまい、麦汁に残るのは酸化物質のみです。ヨーロッパスタイルのラガービールの仕込むときには、麦汁の煮沸の最後の最後にアロマホップを加えます。ビールの香りを残すためにも、大切なことです。このフムレンは、また、貯蔵に置いても非常に不安定です。上記のnoble
hopsはその特性(フムレンの特性)を保持することが難しいようです。すぐに酸化してしてしまうためです。また、ビールになっても、アロマホップの特性を保持することが難しいです。作りたてのビールはnoble
hopsの特性が十分にありますが、時間が経てばnoble
hopsの特性がだんだんと無くなっていきます。noble
hopsを使って仕込んだビールは、飲み頃があり、自家醸造においては、その時期を判断することは難しいと思いますが、長く熟成することは好ましくないと思います。
樹脂(resins)の酸化物質と異なり、フムレンやミルセンの酸化物質はオフフレーバーの原因とはなりません。しかも、どんなに密閉してホップを保存しても、すべてではないにしても、すぐに酸化してしまいます。また、酸化することで、親水性を持ち揮発しにくくなります。一般的には、古くなって酸化された精油成分が多いホップを使ってビールを仕込んだ場合、ホップ臭の強いビールになると言われています。
どうしてフムレンやミルセンの酸化物質はオフフレーバーの原因にならないのか?調べていきますと、「synergy」という言葉が書いてありました。日本語では「共同作用」という意味でしょうか。単一のフムレンが酸化した場合、その香りはfloral(花のような)、haylike(干し草のような)、moldy(かび臭い)、sagebrush(山ヨモギのような)と表現されるオフフレーバーになりますが、ホップの中には250以上の種類の精油成分(Essential
Oils)が存在します。いろいろな酸化物質が混ざり合ったりして、オフフレーバーを相殺して、よいフレーバーを引き出すものと思われます。また、ホップが収穫されて最初に形成される酸化物質(the
primary oxygen
products)はフムレンと協調して作用することが知られています。このように、はじめの数ヶ月間はアロマホップの品質は貯蔵中はよくなりますが、その後はその品質は劣化します。自家醸造においても、収穫して数ヶ月間経過したホップを使わない方がよいと思います。醸造計画を立てて、その都度、ホップを個人輸入することが、少しでも美味しいビールを造るために大切なことと思います。せっかく、時間をかけてビールを仕込むのですから、少なくとも、材料だけは、どのメーカーにも負けない品質の物を使いたいです。また、そうすることが出来るのが、自家醸造家の特権だと思います。
英国におけるアロマホップはKent
Goldingです。このホップはイギリスタイプのPale Ale
を仕込むときにはなくてはならないホップです。このKent
Goldingの特徴は、ヨーロッパ大陸のnoble
hopsに比べて、高いα-acids(アルファー酸)値を持ち、ミルセンという精油成分を多く含んでいます。そのために、強い風味をこのホップは持っていて、noble
hopsのもつ「elegant」な香りは少ないのが特徴です。そのためにEnglish-style
Pale
Aleやビターを仕込む際、ドライホッピングをします。発酵後の若ビールにホップを加えることで、ホップの精油成分がビールに溶け出し、ホップの香りを加えます。
アロマホップを加える方法として、二つの方法があります。麦汁の煮沸の最後の最後にホップを入れる方法と、ドライホッピングです。ドイツラガービールの醸造においては、ドライホッピングは一般的ではありません。しかし、この定説に対して、Haleyらは興味ある研究をしました。彼らは「Differences
in the Utilization of Hop Oils During the Production of Dry-Hopped
and Late-Hopped Beer」(J.Inset
Brew.Vol.89,1983)の中で、ドイツラガービールを醸造する際、上記の二つの方法で行い、アロマホップの特徴につて比較検討しました。結果は、ラガービールでもドドライホッピングは、選択してもよい(preference)、というものでした。ドライホッピングは精油成分の酸化物質の融出がより少なく、アロマホップの特徴をより多くビールに付けることが出来、また、ホップとビールとの接触時間が長いためビールの香りは、より強く安定したものとなります。
北アメリカ大陸では、Cascadeという、大変人気のあるホップがあります。特に、American-type
Pale Ale
を仕込む際、なくてはならないホップです。このホップの特徴は「花のような、柑橘系の」香りと「スパイシイの利いた」香りという二面性を持っています。このホップの持つ特徴的な「香り」については、いろいろと研究が行われました。Peacockらは「Floral
Hop Aroma in
Beer」の中で、Cascadeの特徴について下記のように発表しています。「Cascade
Hopsの精油成分のフムレン/ミルセン分画は急速に他の物質に変化してしまい、フムレンやミルセンがホップの香りに果たす役割が非常に少ないこと。フムレンやミルセンは、linalool、geraniol、geranyl
isobutyrateに変化して、これらはCascade
Hopsの花のような香りのモトになっている。」このことについては、「ホップの酸化について」のセクションで記載します。
Fugglesはイギリス原産のホップですが、最近はアメリカンスタイルのラガービールでも、ドライホップとしても用いられるようになりました。実はCascade
HopsはFugglesを異種交配させて作り出したものです。しかし、このFugglesには、Cascade
Hopsに見られるような、花のような香りはほとんどありません。linalool、geraniol、geranyl
isobutyrateのレベルが非常に低値だからです。このことが、Fugglesの特徴として、ビールに穏やかな香り風味を付けるホップとして見なされている理由の1つです。しかし、Fugglesは少しスパイシイで芳ばしい香りを持っています。最近では、アメリカを中心としてFugglesはWillametteに置き換わりつつあります。その理由は、Fugglesとホップとして同じ様な特徴を持つ一方、生産コストが安い(多く収穫でき病気にも強い)ためです。
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(4)主なビタリングホップについて
主なビタリングホップとして、Brewer's
Gold、Bullion、Northern
Brewerがあります。最近は、Eroica、Galena、Nuggetなどの新しい品種のホップが用いられるようになりました。Eroica、Galena、Nuggetなどの新しい品種のホップは貯蔵性が安定していること、生産性がよいこと(安い)などが特徴です。これらのビタリングホップの特徴として、非常に高いα-acids(アルファー酸)値を持ち、精油成分ではミルセンが高濃度含まれています。これらのホップは、iso-α-acids(アルファー酸の異性体、ビールの苦味成分)を抽出するために、主に用いられます。長時間煮沸することでiso-α-acidsを多く造り、ミルセンと主体とする好ましくない精油成分を揮発させます。しかし、ビールのスタイルによっては、このミルセンの鼻に突き刺すような刺激的な香りは必要となります。たとえば、アメリカ原産のSteam
Beerや、英国のスタウトなどは、ビール全体的な風味特性においてミルセンのこの特徴的な香りが必要となります。
中間的なホップがあります。中等度の苦味成分とと中等度の香り成分を持つホップです。いわゆる「common
hops」です。たとえばCluster(北アメリカ)、Perle(ドイツ)などです。これらのホップの特徴は、中等度のα-acids(アルファー酸)値を持ち、適度の精油成分を持っています。そして、保存の安定性もよく、生産性もよいホップです。よい意味でも、悪い意味でもホップの特徴が少なく、ある意味で安心して使えるホップです。
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(5)イオウを含む成分について
イオウが多く含まれるビールは欠陥とみなされます。イオウの風味について、多くの研究がされました。従来は硫黄臭とは酵母臭と考えられていて、酵母の自己融解(Yeast
autolysis)が原因と考えられていました。ホップも又、イオウの風味に寄与することが解ってきました。現在は、ホップ由来の硫黄臭について、はっきりと解っていることが二つあります。
(1)light-struck phenomenon--400から500
nmの波長の光がビール中のホップ樹脂を光化学的に変化させ、その結果アルコール分子の-OH基が-SH基に置き換わった物質(この物質を硫黄メルカプタンといいます。)ができ、ビールはスカンクの臭いがするようになります。
(2)農場での硫黄を含んだ農薬を多く使用したため。--これは、ホップを害虫から守るために、農薬が多く使用されたことによりますが、適度な量の農薬中の硫黄は、ホップ収穫後、乾燥させますがその時に蒸発し、それでも残っている残存硫黄は麦汁中で煮沸しているときに蒸発し、最終的には残らないといわれていますが、ドライホッピングやアロマホップでは残ってしまい、このことが1970年代の英国で大きな問題となりました。それ以後、殺虫スプレーが使用されるようになりました。
自然のホップの中に含まれるイオウの役割については、はっきりしたことが解りません。特に精油成分にイオウが含まれていることが解っていますが、ビールの風味への役割がまだ知られていないようです。ビールをこよなく愛しビール醸造に一生を捧げてみようとする若い人がこの難問にたちむかわれんことを祈ります。
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(6)最後に
ホップの香りと苦味について、自家醸造家の立場でまとめてみようと思いましたが、結局教科書的になってしまい、最後は、George
Fix著「PRINCIPAL OF BREWING
SCIENCE」の翻訳みたいになってしまいました。このことはすごく反省しています。一応このセクションはこれで、終えます。しかし、自家醸造家の立場でどうしても書いておきたいことが出てきましたら、追加コメントしたいと思います。ホップについては、樹脂の異性化や、精油成分の酸化について、まだまだ、書かなければならないことがあります。それは次のセクションで書くことにします。
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参考図書;George Fix著「PRINCIPAL OF BREWING SCIENCE」
LEE W.JANSON著「BREW CHEM 101」
井上喬著「やさしい醸造学」
キリンビール株式会社編「ビールのうまさをさぐる」
このページに関するお問い合わせは:tachibana@msic.med.osaka-cu.ac.jp
(橘 克英)迄。
Copyright(C)1999 by Katsuhide Tachibana
作成日時 2000年02月19日