看板を背負って…
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みのや師匠のコンサートのレポートをしたら、ちょっと安心してしまいましたが、
さぁ、、、次は、アタシの番ですね♪って感じで(*^_^*)。
・・・・・というわけで、前にもちょっと書きましたが、正式に告知させていただきます。
私の所属するバンド「メールハート」、恒例の年末コンサートが来月12月26日(水)にあります。
毎年同じ「12月26日」に日程を固定して今年で10年目。いよいよ解散することになりまして・・・・、最後のコンサートになります。
現在、職業の違うバンドメンバー5名が仕事の予定をやりくりしながら、「練習」を重ねています。アマチュアなりに、10年やってきました。「コンサート」という本番約2時間のトキメキと緊張感はもちろん、そこに至るまでに繋がるたくさんの喜びや、音楽を奏でる難しさ、来てくださる皆様からの暖かい声援など、「坊さん1本だったら経験できない事」を、たくさん経験させていただきました。
来年からサビシクなるなぁ・・・・。
バンドメンバーおいちゃんサンのブログ(夢飛行☆心の部屋☆)にも、このコンサートの告知がされていますので、是非是非ご覧くださいませ。http://blogs.yahoo.co.jp/super_adamas1963/folder/860861.html
※余談ではありますが、「バンド」は解散になりますが、「BOSANソングライター・KONO」としては、本業の邪魔にならない範囲で(時には、本業と合体させながら笑)、ソロの活動は続けたいと思っています。
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Mail Heart Concert VOL.10
Last Concert ~メロディの風と共に去りぬ~
とき・平成19年12月26日(水)
午後6時30分開場 午後7時00分開演
ところ・信金コスモスホール(国道37号線グルメシティ伊達店(旧ダイエー)西向い・伊達信用金庫本店ビル2階)
入場券・500円
問合せは minoyamail@yahoo.co.jp まで!
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※昨日の師匠のライブのレポートを思い出しながら綴ってみました。 曲順、文字表記など間違いがありましたら、教えてくださいませ。
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STVラジオ開局45周年記念
みのや雅彦ライブツアー
「SONGS~歌しかなかった~」
平成19年11月24日(土)札幌道新ホール
午後6時開場 6時30分開演
5時に札幌駅に到着。忙しく昼飯がまだだったので、学生時代から通っているカレーハウス「コロンボ」に行き、「KONOの食ランキング不動の1位」の「カツカレー」を食べる。おいおい、5時30分だ。急がねば。コンサート会場である道新ホールへ歩く。師匠のマネをして首に巻いてきた「アフガンストール」が、マフラーの代わりにならないくらい寒い(苦笑)。道新の1階ロビーに到着し、知り合いの皆さんと顔を合わせる。次から次へとお客さんが集合してくる。「すごいね。ローグでライブ見てた頃とは勢いが違うねぇ・・」などと語り合ってた。
午後6時、開場。エレベータで8階まで上がり、チケットをモギッテもらって中に入る。またまた何人かの懐かしい人たちに会う。 師匠のお兄さんがいらっしゃったので、挨拶すると、「おぉ~~!KONOちゃん、久しぶり。早くアンタのお寺で、俺のライブを企画してくれよ!!」 あ、そうだった。敏彦兄さんの「語りライブ」実現しなきゃなぁ。
開演10分前くらいに、満席の会場に入り、座席に座る。知り合いの皆さんと楽しく話しているうちに、開演のベル。♪灯り消えましたぁ・・・
午後6時36分。
幕の向こうから、師匠の奏でるギターの音が聞こえてくる。幕があがり、ステージ中央に座ってギターを弾く師匠の姿が現われた。この最初の姿、その佇まいを見ただけで、僕は、もう憧れてしまう。(瞬時にステージ衣装もチェックしている)
第1部(ギター1本弾き語り編)
1・この声を聴いていて
2・秋
3・黄昏に・・・
4・再会
やはり、師匠の原点はギター1本スタイルだと思う。勉強になります。
・歌1曲1曲の世界を歌い上げていく師匠。その「声」を聴いていた今日までの僕の人生。久しぶりの師匠ライブ。僕にとって1曲目にピッタリな曲でした。
・「秋」も懐かしいです。初期の頃なのに、新鮮です。あらかじめ録音された師匠のギター音源との「共演」も拡がりを加えます。
・「黄昏に・・・」は札幌で学生をしてた頃の自分を思い出します。街角で見かけた「あの人」は一人きりじゃなかった・・・時が止まります。
・「再会」、そう。僕にもそんな人と「再会」する機会がありました。まっすぐ見れませんでした。でも、その人が「幸せ」ならば、と強がって苦笑い。同じです。
以上、いきなり、4曲続いてギター弾き語りで幕開け。
「もうそろそろしゃべっていい??」が第一声。
MC コンサートツアー最終日の札幌。それまで回ってきた他会場でのエピソードを語る。室蘭での出来事。ライブ前に外出してトイレを探し、やっと貸してもらったはいいが、そこのトイレに紙がない・・・そして、その借りた場所は老人ホームだった!!ステージ前方で、マイクなしで身振り手振り大げさに、場面を再現しながらの師匠。会場も笑いに包まれ、もう「みのやワールド」に入っていた。
5・しあわせ(スミマセン。この曲名が分かりませんでしたが、kakizoさんからコメント欄に教えていただきました。)
MC STVラジオ45周年記念という冠のついたツアーでもあるので、STVの鬼ディレクターの話。高校時代の師匠がそのディレクターに厳しくシゴカレていて、あまりの憎らしさに「あんた」っていう曲をそのディレクターに作ったけど、逆に評価されたって話。
6・雪の花
MC 歌手「ちはらさき」さんに提供したこの曲。歌い終わり、客席の「ちはらさき」さんにスポットをあてて紹介。あまりに良い曲に完成したので、「(この曲を)返して!!」と笑わせる。 それから、昔、東京の友人と飲みに行って、泥酔し、その友人のお宅に泊めてもらったら、朝、ふとんに「犬」がいた!!酔っぱらって野良犬を連れて帰ってきた話。
懐かしい友、異性じゃなくても、こういう「友情」という「愛」の歌がある。
7・遠方より友・・・ (スミマセン。コメント欄にJoeさんからのご指摘で、「遠方より友のあとに・が3つ付く」ということなので、「・・・」を追加いたします。。。(*^_^*))
師匠がステージから消えて、バンドメンバーが入場。泰輝さんがピアノを奏で始める。
ピアノインストルメンタル
第2部(バンド演奏編)
(衣装替え) 黒い「マント」に「アフガンストール」を巻いて登場。まったく同じモノを僕も持っているので、嬉しくて嬉しくて♪ 12月26日の所属バンドのライブでの僕の衣装は、この瞬間に決定しました(笑)!!!!
8・笑えないピエロ
9・あの頃のぼくは
・第2部は、CD「MINOYA SONGS」中心の構成。と言うわけで、すっかり耳馴染みのせいか、・「笑えないピエロ」もこっちの顔つきになったなぁと思った。 イルカさんのこの曲もこのアルバムで知りました。
MC(バンドメンバー紹介) CDで演奏しているのと同じミュージシャンによるバッキング。ベーシストが女性とは知らなかった。去年に続いて、師匠のバンドでの姿を見るのも「当たり前」になってきた??
生前、親交のあった村下孝蔵さんの話。カラオケにご一緒して、村下さんがご自身の曲を歌ってたこと。なのに、店のママには本人とは気づかれないこと。。。師匠は飲みに行ったら歌うよりしゃべりたいのに、村下さんは歌ってばかりだったらしい。。。
10・挽歌
11・旅的途上
・このアルバムの中のカバー曲の中でも「挽歌」が師匠の声や雰囲気にピッタリ合ってると思う。
・「旅的途上」。。河島さんは亡くなっていても、メッセージは師匠の「声」になって届いています。
MC アルバムのラストに入っている「ロードショー」という曲を歌ってた「古時計」というアーティスト。 そのご本人が会場にお見えで、スポットをあててご紹介。 あと、色んな場所で今まで歌ってきた経験のある師匠。猿回しの「ハナコ」の前座をした話。楽屋でサルのハナコと2人きり・・・。出番が来たみのや師匠は、「ハナコ師匠、お先に勉強させていただきます」・・・(笑)
ステージのへりに腰掛けながら、泰輝さんのピアノをバックに歌い始める。
12・ロードショー
MC 中学生時代、親友の川村幸治サンと変装して、映画館へ18禁を見に行った話。なぜかアロハシャツにサングラスして、「大人」に変装して行ったのに、ツメの甘い幸治サン、窓口で「中学生2枚!」・・・・・。販売の人も知り合いのオバチャンだった・・・(笑) そう言えば、開演前にロビーで久しぶりに幸治サンにお会いし挨拶した。短時間でも笑わせてもらった。もう。「笑わせ上手」!
13・涙(ギター弾き語り)
14・舞雪
15・夢しかなかった
この3曲はゼイタクでした。・「涙」 この歌にハマッテしまい、ボロボロボロボロ泣いていた事があります。そして、僕も自分のオリジナル曲「あなたに逢いたいな」を作りました。 ・「舞雪」これも懐かしいですね。師匠の弾くイントロ部分が「丘の真上月の真下」という曲の変則コードを応用した感じだったので、昨晩深夜に帰宅して、寝る前に僕もギターで「おさらい」しました(笑) ・「夢しかなかった」みんなと一緒に合唱。会場の声も大きかったですね!
MC 昭和56年11月1日デビューのみのや雅彦、27年目に入っていて、その経歴をカンタンにご紹介。それを聴きながら、途中から、僕の人生も重なった。
「挫折して良かった。悲しみを覚えて良かった。悔しい思いをして良かった。淋しい夜を過ごして良かった。辛くても笑顔で明るく振る舞ってきて良かった。なにより、歌ってきて良かった。」
こう語る師匠の言葉。一つ一つを噛みしめながら、それらを僕の「人生上」でも確認しながら聞いていたら、泣けてきた。
「泣き笑い」
そう思った。
感動する為に生きている。
ありがとうございます。師匠。
16・白い嵐
いつも思うけど。「白い嵐」は別格だなぁ。聞き惚れていたら、幕がデーーーーンと降りてきて、本編終了・・・・
アンコール編
(衣装替え)ドレープネックのシャツにアームウォーマーをつけ、ピカピカのストールを巻いて登場。そうだ、ドレープネックのシャツ。俺も着てみよう・・・
17・GOAL
18・空
昨年、多くの人の耳に届いたこの2曲。でも。やっぱり「空」はすごいな。何回聞いても、その都度、感動がある。浮かぶ顔がある。優しくなりたい、強くなりたい、大切にしたい、素直になりたい。。。また泣いてしまった。
MC
19・僕の名を呼ぶ声
以前、師匠が、「ねぇ、君」と歌で呼びかけても、その「君」が「自分」だと気づく人は少なかった。 でも、今、師匠が「ねぇ、君」と歌ったら、たくさんの人が「君」を「自分」の事だと思うようになった。そして、そこからまた師匠を呼ぶ「声援」が大きくなった。それは、とてもすごいこと。
また来年もステキなコンサートをお願いします。師匠。ありがとうございました!
*以上、終了は午後9時15分くらいかな?約2時間30分以上に渡るコンサートでした。
その後、札幌駅に直行。午後10時発の夜行列車に乗り、昨日の当ブログ【「急行はまなす」車内にて】につながります。
午前0時11分、地元の駅に到着。誰も歩いていない深夜の田舎街を、駅から自宅まで、夜中なのに、サングラスをかけたまま歩いた。寒かった。師匠マネのストールの隙間から冬の寒さがビンビン浸みてきた。。。でも、夜空を見上げながら、さっきの師匠のステージが頭をグルグルまわっていた。しみじみ、しみじみ、僕は、自宅までの道を歩いた。
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今回のコンサートで改めて思ったことは、
師匠は、「人間」を歌っているということ。
挫折。悲しみ。悔しさ。淋しさ。
それらを重ね、喰らってきた分だけ、「師匠ワールド」は明るく、楽しく、そして、哀しく、愛しい。
だから、師匠のその「歌声」は、人間に寄り添う「愛」なのだ、と思った。
すごいなぁ、KONOの人生上で、みのや雅彦に出逢えたって事は。
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明日・11月24日は、いよいよ
そのコンサート最終日、札幌道新ホール、当日だ!
やぁぁ~~~~~~っと師匠に会える!!
今回のツアーは、「苫小牧」や「室蘭」という僕の住む街から至近距離でもコンサートもあったというのに、今年「住職」になったせいで仕事と重なってしまい(いや、文句を言っているのではない・・・・苦笑)、ことごとく不参加・・・・。
・・・・だから、明日、やっと師匠に会える。
すでにチケットは完売し、去年の25周年に引き続いての「勢い」。たくさんのファンが集まる。ラジオでも楽しみにしているという「声」が多数。みんなの「想い」が明日集結するのだ。
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それにしても、明日は「11月24日」。
2年前の当ブログにも書いたけど、「11月24日」は、昭和61年11月24日に、当時高校2年生の僕が初めて師匠と言葉を交わしサインをもらった僕にとっての「師匠記念日」であるのだ。 (http://minoyamakono.way-nifty.com/tomo/2005/11/post_9bfc.html)
今から21年前の出来事だ。
さっき、部屋を整理していたら、その昭和61年11月24日、このLPレコードにサインをしてもらいながら、僕が、至近距離で初対面する師匠を、ドキドキ震えながら撮影した、まさにそのときの写真が出てきたのだ!!!!!!
というわけで、今日の投稿では、
今からちょうど21年前(昭和61年11月24日)のみのや師匠の写真を特別に公開!!
※う~~ん、懐かしい。このときの師匠は、確か25歳だな。「増量に成功」する以前のお姿。 背景のパーソナリティ紹介の看板には「越前屋 俵太」サンの写真も見えている・・。
※う~~~ん、このとき、俺、緊張しながら、シャッターを切ったのだよ。 いやぁ~~思い出すなぁ。 当時、アーティスト君と呼ばれていた「佐々木清次」サン(右)も若い。
※さらに番外編として、この写真を撮っている高校2年当時のワタクシ、KONO本人の写真も出てきましたので、後悔、いや、公開します。
タイトルは、「あの頃のぼくも・・・・」(笑)
これは、 たしか、高校の寮の部屋で撮影。 新京極のお土産屋で買った1000円のインチキサングラスをかけてる。 背景には、ガンバルンダクラブのポスターが貼ってあるのが泣ける・・・・。
そして、現在。。。
師匠を追いかけるあまりに、坊さんとシンガーを合体させて、「BOSANソングライター・KONO」に変貌(笑)
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しかし、21年過ぎても、17歳の自分と38歳の自分、やってること、あまり変わってないなぁ・・・・(苦笑)。
だから、
やっぱり、
明日のコンサートもドキドキで、トキメキなのです。
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いやぁ、出逢いは「突然」に。
それは、「人」も然り。
そして、「お菓子」もまた然り・・・・。
今日、檀家参りに行ったお宅で、オバアチャンが
「これ、東京の孫から送ってきたから、どうぞ召し上がってみてください♪」
と、お茶菓子を出してくれた。お皿の上には、「最中(もなか)」がデデ~~ン!とのっかっている。しかし、パッと見た感じ、フツウのものとは雰囲気が違うのである。なんと、最中の「皮」から、餡がはみ出したいるのである。
最中には、「はちまき」のように紙が巻かれてあり、そこには、
「切腹最中」
と書いてあった・・・・・。
「切腹??の??最中???これは今、食べてしまってはモッタイナイ!!」
と、咄嗟に判断した私は、
「バアチャン、ラップに包んでくれます??帰ってからゆっくり頂戴するわ!」
お参りを終えて、帰宅して、ゆっくりといただく。
最中の皮から餡がたっぷりはみ出していて、まさに「切腹状態」・・・・。餡の中に、求肥(ギュウヒ)が入っていて、甘さはおさえた食べやすい最中だった。
しっかし、このネーミング。。。。いいのかねぇ。。。何か、深~~~~~い訳でもあるんじゃないか??
お菓子の事なら、めんどくさくならない私。すぐにインターネットで「切腹最中」を検索してみたら、東京の新橋にある「新正堂(しんしょうどう)」というお菓子屋さんから出ている有名なお菓子だった・・・。http://www.shinshodoh.co.jp/
※このお菓子屋さんは、「忠臣蔵」の赤穂浪士の吉良邸討ち入りの発端となった浅野内匠頭が刃傷事件のあと身柄を預けられ切腹をした田村右京太夫屋敷跡に建っているらしい。そして、その地縁を生かして「忠臣蔵」をテーマにしたこのお菓子を考えて、1990年から販売しているという。販売開始に当たっては反対意見が多かったが、今では、ビジネス街のサラリーマンが仕事上のミスを取引先にお詫びに行くとき「切腹覚悟です!!」という意味での手土産に人気らしい。さらに、今月11月5日、フリーペーパー「メトロガイド」紙上の企画「東京うまいもの大賞」(日刊工業新聞社発行)で1位を獲得した大人気商品なんだってさ!!
こんなお菓子があったなんて・・・。知らなかったよぉぉぉ(泣)!!
日本は広い・・・。
チッポケな田舎街で「甘党」ぶっていても、知らないお菓子がまだまだまだまだまだあるのだ。
今後もステキなお菓子との「突然の出逢い」を待ってます♪
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冬期を迎え、運転していて気になる事のひとつに、「ウインドウォッシャー液」の減り具合がある。
溶けたり凍結したりを繰り返す路面状況の冬、ワイパーを動かさなきゃ視界が悪くなってアブナイ状況が多くなる。だから、マメにウオッシャー液の残量を確認しなきゃならない。
以前、深夜の高速道路を帰宅途中、側方を通過したトラックの巻き上げた「泥水ミスト」を浴びて、前方が「曇りガラス状態」に!!ワイパーを動かすも、ウオッシャー液がなくなってしまっててゴシゴシしているだけ。そうすると、真冬の気温なので泥水ミストが凍り付き、ますます視界が悪くなり、非常にアセッたことがあった。
で、ウォッシャー液をウチに買い置きして、玄関の靴箱の上にでも置いておくようにしている。
でだ。ウォッシャー液をタンクに注入するとき、例えば、原液1に対して水を2とか3の割合で希釈する訳だが、一回一回台所に水を汲みに行くのは面倒くさいので、僕は、足さなきゃならない水を、使い終わったウォッシャー液の容器に入れておくのだ。
でもね、ウォッシャー液と、水の入っている容器、同じ容器を2つ並べて置いておくものだから、どっちがどっちか分からない場合があるのさ。いや、なんとなく分かるっちゃ分かるんだけどね。無色透明な原液と、水の区別を一瞬で見分けるのは、特に、夜になって作業する場合には訳分からなくなる・・・・。
でね、ここからが本題。
同じ形の容器の中に、中味は違う物が入っているモノ・・・。それらが2つ並んでいる場合、それらを特徴づけて覚えるには、どうしたらいいか、ってこと。
例えば、左に置いたのが「ワイパー液」、右に置いたのが「水の容器」が正解として。
ココロの中で、自分にしか分からない「ヘンなゴロ合わせ」をしている場合がよくあるのだ。
え~~~~~~~~と・・・・
例えば、左は「左大臣」。右は「右大臣」。昔の朝廷では「左大臣」のほうがエライんだから、ワイパー液をメイン・希釈する水をサブとして考えると、ワイパー液が「左」で、水が「右」だ!!!
と、自分にしか分からない「ゴロ合わせ」をして、覚えているうちはいい。
しかし、
このゴロ合わせを、
え~~~~~~~~と・・・・・
例えば、左は「京都市左京区」。右は「京都市右京区」。俺は学生時代に「京都市北区」に住んでいたけど、住まいは「左京区」に近かったから、ワイパー液をメインとして考えると、ワイパー液が「左」で、水が「右」だ!!!
ん??いや、俺は「時代劇」が好きで、憧れのスター達に会える東映の太秦撮影所は「京都市右京区」にあったから、ワイパー液をメインとして考えると、ワイパー液が「右」で、水が「左」だ!!
いや、俺は、「右利き」だから、メインのワイパー液は「右」に置いた??
いや、まわりにいる「サウスポー」の友人は、どこか才能があったり、器用だったりして思わず尊敬してしまうから、メインは「左」。 だから、ワイパー液は「左」に置いたのだぁぁぁぁぁぁぁ!!!
「左」??「右」??どっちがどっちぃぃぃぃぃ????
と、中途半端な「ゴロ合わせ」は、結局、正解が分からないままになってしまうのだ。
※結局、夕方暗くなって帰宅した僕は、ウォッシャー液をタンクに注入するとき、どっちがどっちか面倒くさくなり、「原液1に対して水も1」の割合で希釈している・・・・。
そんなに分からないんなら、ちょっとナメテみるとか、昼間の明るい時間に作業するとか、容器の表面に大きくマジックで「ワイパー液」「希釈用の水」と記入したらいいのに。。。。なんて言わないでね。その単純な事がなかなかできないんですわ(苦笑)・・・。だから、ヘンな「ゴロ合わせ」をしようとするんですわ・・・・。
ちなみに、こういう場面の応用編として、
夏の冷蔵庫の中で、「麦茶」と「そうめんのダシ」が同じ容器に入って並んでいる・・・・って場合もあります。飲みゃ~~~分かる?嗅げば分かる?そうは言っても間違った経験アリ・・・・
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