■思わずこだわってしまった物権法シリーズ。今回で最後にします。さて、中国で物権法ができたら、実際に経済や社会へのインパクトはどんなものになるか。実際のケースをみながら、考えてみます。
■物権法ができたら??
一番喜ぶのは司法サービス業界と太子党??
■物権法がらみで、最近おもしろい事件があった。新聞でも記事にしたが「史上最牛的釘子戸」(史上最強の立ち退き抵抗者)。重慶市の再開発にともなう土地収用でたった一軒で抵抗した飲食店経営、楊武、呉ピン夫婦。夫婦は1平方㍍1万元の立ち退き料に納得せず、1平方㍍13万元出せ、と主張。他の280世帯は、電気水道を止められるなど「兵糧攻め」に屈して、たちのいたが、この夫婦はがんとして居座った。「釘子戸」というのは、「釘で留めたように動かない家」という意味だ。
■おこった開発業者は、嫌がらせに周辺に9~10㍍のふかーい穴をほり、陸の孤島に。「この世の終わりまで、そこで暮らしてな!」みたいなケンカを売ったもんだから、そのケンカこうたるで~、と夫婦は籠城、屋根に国旗をかかげ、ガソリンを家に持ち込み、くんならきてみい、お前らも道連れに焼け死んだるわい!と、香港映画みたいな展開になったわけだ。楊武は、武術家だし、ほんと、「カンフーハッスル」に出てくる家主夫婦みたいなキャラだよ。
■この夫婦、新聞の「絵」的にふさわしいキャラなうえ、開発業者が作り上げた「陸の孤島」が面白すぎて、メディアがこぞって報道。おりしも全人代で、個人の私有財産保護をみとめる「物権法」が採択されて、物権法ではこのケースどうなる?みたいな論争に火がつき、世論が注目。9割が夫婦を応援したものだから、中央政府も見すごせず、地元裁判所は一たん出した「強制排除」命令を撤回。
■結局、夫婦が粘り勝ちで、繁華街の一等地で同面積の飲食店店舗を与えられたうえ、公開されていないが、相応の補償金も支払ってもらうことで合意した。先にでた人は悔しいだろうが、2年半も水、電気、ガスなしの廃屋に籠城したこの夫婦ほどの根性はなかったわけだからしかたない。
■この夫婦が最終的に勝利したのは、もちろん、物権法施行前のことだから、物権法のおかげではない。商売がらみでなんどか民事裁判を経験し、法律方面に明るかったこと、夫婦に検察当局とのコネがあったこと(呉ピンの父親は元国民党軍中尉だったというウワサもあった)、胡錦濤政権が民衆重視をかかげ、世論を無視できない性格であったことが主な理由だろう。だが、今年の全国人民代表大会で物権法が採択され、庶民の私有財産に対する権利意識の高まりがあったことが、これほど大きな世論をつくったということもいえる。これまでも、「釘子戸」事件は結構あったが、最終的には追い出されるケースの方が多かったのだ。(立ち退きに抵抗したため、業者側のやとったヤクザに闇討ちにされるケースだってあるのだ)。
■では、物権法が施行されていれば、この夫婦のケースはどうなったか。民事にもつれこめば、夫婦が勝利した可能性大だ。
①物権法42条
公共利益の需要のため、集団所有の土地、機関・団体・個人の家屋およびそのた不動産を、法規定の権限とプロセスに従い収用できる。
収用した集団所有の土地には土地補償費を支払い、移転補助費、地上付属物や青田に対する補償費を支払い、土地収用された農民の社会補償費用を十分に準備し、農民の生活を補償、合法権益を守る。収用された機関・団体・個人の家屋などそのた不動産は、撤去補償をあたえ、その合法権益を守る。個人の住宅を収用した場合、収用された居住条件に見合う補償を行う。いかなる機関・団体、個人も汚職、横領、私物化、補償費支払いの遅延などしてはならない。
■再開発予定の住宅密集地は築50年以上の老朽家屋で、危険家屋取り壊しが、再開発の名目。しかし、開発業者はその跡地にはショッピングモールを建設するつもりだ。これは、公共利益にあたるか、それとも開発業者の商業投資か?ここが争点のひとつになりうる。
■開発業者は、電気水道をとめ、周りに穴をほり、水を流すなどの嫌がらせを行って、ほとんどの世帯をたちのかせた。これは法規定の権限とプロセスに従ったことになるか?これが第2の争点。
■収用された居住条件にみあう補償額は、1万元程度ではない。報道によれば現在のこのあたりの地価1平方㍍あたり5~7万元。「都市立ち退き条例」によれば立ち退き料は地価の70%で計算されるそうだから少なくとも3・5万元。しかも、ショッピングモールが建設されれば、そこの店舗費が1平方メートル十数万元になることは容易に想像できる。2年半におよぶいがらせへの慰謝料をふくめれば、夫婦の要求はけっして、あこぎすぎるというわけではない。
■ということで本当に物権法に照らし合わせば、これまで当たり前のように行われたタダ同然の土地収用、強制排除とういのは事実上できなくなるわけだ。これは地方政府、そして開発業者、不動産市場へのインパクトは小さくなかろう。少なくともタダ同然で、得ていた土地の立ち退き料は、数倍以上高騰する。
■影響としては
①「不動産業界の暴利の時代はこれでおわる」との見方が、すでにでている。
②地方都市の再開発がスピードダウンする。(今年の再開発予定地は360万平方㍍で昨年112平方㍍の3倍増だが、このハイスピードは維持できまい、もし法律をまもったら)。
③結果、既存不動産の値上がりなどが予想される。(と不動産業者側は言っているが、あおりの可能性もあるので注意)
と、いうが果たしてそのとおりになるか??
■不動産業界への影響という点については、農村宅地の不動産化がすすむとの見方もある。物権法では、農村宅地の流通について、いろいろ条件つきながら禁じておらず、実際、北京郊外や広州郊外など、条件のよい地域は、農村宅地の譲渡がはじまっている。マイカーをもっていたり、交通インフラが整えば、農村宅地を都市民が購入して、週末は憧れのカントリーライフ、農民が不動産を所有して地主化、という現象もおきている。物権法は、不動産業界に新しいチャンスを与える!、とかいうい業者もいるが。物権法だけでは、農村宅地や耕地の譲渡には制限がありすぎるが、都市に近い農村から、徐々にかわっていく気配はすでにある。そうなると、農村内格差、農村間格差の問題がより顕著になってきそうだ。土地をうまく利用できる農民、農村と、うまく利用できずに失ってしまう失地農民との格差など。
■ところで、日系企業など外資系企業は、物権法でどんな得するのだろうか。
最近、こんなケースを身近に聞いた。つい1年前にオープンした日系飲食店が、テナントビルの改装を理由に立ち退きを要求された。契約期間も残っており、調理場など設備投資も金がかかっている。しかし、補償など無しで泣き寝入り。これ、物権法だと、少なくとも賠償、慰謝料などきっちりふんだくれるはずだ。だから、これは物権法施行前のビル改装を急ぐ、駆け込み立ち退き、らしい。
■日本企業と中国企業が合弁事業を興し、中国企業側が土地を出し、日本企業側が工場などの設備投資。事業が解散したとき、今までは中国側になしくずしに奪われていた設備も、物権法にてらせば所有権が主張できる。上海でおきた日系工場立ち退きも、物権法があれば、その補償がきっちりぶんどれるはず。
物権法148条 建設用地使用権が満期前に、公共の利益のためにその土地が回収される場合、本法42条に従い土地上の家屋およびそのた不動産に対し補償を支払い、また相応の譲渡金を返還すること。
以前より安心して、投資できる?
■このほか、都市管理条例にしたがった無許可営業の露天商の商品、仕事道具没収が物権法違反ではないか、という世論がおきている。各都市には都市管理条例、家屋立ち退き条例など、いろいろな条例があり、条例によれば、露天商の商品を没収しても、立ち退かない家屋を強制排除してもいいことになっているが、物権法が施行されれば、条例より法律の方が上位だから、条例を修正せねばならないのでは?と議論になっている。
■細かくあげないが、担保物権、抵当権などはそれなりに、国際基準に近くなっている。
■ところで、同法起草者の江平・元中国政法大学学長も「物権法を過大に評価するな」と指摘しているが、この物権法はけっこうおおざっぱで、きわめて原則的な内容でしかない。どう運用するかが、実は大問題なのだ。ということは、物権法をたてに自分の所有権を守るには、その法律を解釈、運用してくれる助っ人が重要なわけだ。物権法で一番利益をえるのは、法律事務所とかコンサルタントとか司法サービス業界ではないか、といわれている。ちなみに、中国で優秀な弁護士とかコンサルタントは、地元政府や司法当局とコネをもつ人のこと。実は物権法より、そういうコネの方が大事なのはいうまでもない。
■ところで、胡錦濤政権はなぜ、物権法制定にこだわったのだろう。党内保守派から結構抵抗もあったのに、がんばって制定したのはそこに政治的意味もあるはずだ。
よく言われているのは、
■親民政治の体現。土地収用、強制立ち退き問題に歯止めをかけ、大衆の支持をえる
■中央の言うことをきかず、不動産開発熱の冷めない地方政府の儲け主義を牽制
■市場経済を深化させ、改革開放堅持の路線を確定させる。毛沢東時代回帰や人民公社復活を主張する新左派が台頭しているが、こういった主張に対し、私営企業家の財産保護を約束し、私営経済の発展を促進する政権としての方針を明確化。事実上の社会主義との決別。
■私営企業、大企業の幹部にいる太子党(革命世代の党幹部、軍幹部を親に持つJrのこと)へのご機嫌とり。太子党の多くは、国有企業のMBOなどでおいしい思いをしているが、かれらのこれまで得た財産(多くは国有資産の横領に近い)を私有財産として認めることで、太子党の支持をえたい??こういう意見もささやかれているのだが、これはちょっとはうがちすぎかな?
でも、政権の基盤固めには太子党を敵に回すわけにはいかないからね。
■まあ、独立した司法のない国で物権法がどれほど、影響力あるのですか、と聞かれると、江平氏のいうように、過大評価はしない方がいい、のかも。ひとまず、物権法シリーズはここでくぎります。長らくおつきあい、ありがとうございました。
by nihonhanihon
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