コラム

水戸が直面する市民クラブとしての理念の危機

栗林源太

 水戸ホーリーホックと前田秀樹監督との蜜月があまりにも不可解な形で終焉を迎えようとしている。

 第51節終了時点で8勝10分29敗で12位。結果だけを見ると退任になってもおかしくない。だが、今季は経営が安定してきたこともあり、また、水戸市立陸上競技場が改修され、いよいよ水戸市にホームスタジアムができる再来年に向け、クラブは今年を変革の年と位置づけ、昨年までの「ごまかしの」(前田監督)カウンターサッカーからアクションサッカーへと切り替えることとなったのだ。「昨季までのカウンターサッカーでは中位以上は難しい。だから、今年は順位は気にせずにアクションサッカーの基盤を作って、2年後には上位に行けるチームを作ってほしい」という小林寛前社長のバックアップの下、前田監督の新たな挑戦は始まった。4月に社長交代が起きた後も「(小林社長の方針を)継続する」と宮田裕司社長も語っており、ここまで戦い方をぶれずに戦うことができたのである。結果こそついてこなかったが、着実に内容や個々の能力は向上。第51節ではC大阪を撃破するまでに至った。「チームとして20%は成長したと思う。これは簡単なことではない」と鬼塚忠久強化部長も前田監督の手腕に一定の評価を与えている。

 しかし、11月中旬、宮田社長は前田監督の今季限りの退任を示唆したのである。これに周囲は驚きを隠せなかった。なぜなら、現場の責任者でもある鬼塚強化部長はその決定に対する相談を受けておらず、またフロント内で前田監督の評価を定める会議も行われていない中で進められた決定だったからだ。「私のところに話は降りてこないので、何も分からない」と鬼塚強化部長は嘆くしかなく、また、ある関係者は「完全な社長の独裁。どういう基準で評価されたのかが明確ではなく、まったく筋が通らない話」と憤った。

 19日には「エルゴラッソ」が、20日には「茨城新聞」が「前田監督退任濃厚」の記事を掲載。前田監督の去就だけでなく、フロントの不透明な状況を記事にしたことにより、クラブの現状を危惧したサポーターは署名活動を開始。前田監督続投と監督決定に対する説明要請に対する署名を2日間で501人分を集め、21日に宮田社長へ提出することとなった。それを受け取った宮田社長は「(監督の去就は)まだ決定していない」と話し、監督の去就が決まり次第サポーターに経緯を説明することを誓った。

 どうやって監督の去就を決めるのか。その問いに対して、宮田社長は「来季は非常に重要な1年。水戸を良くするため経営者として様々な用意をしないといけない」と述べ、「最終的には私の判断」と答えた。だが、宮田社長はアウェイゲームのほとんどに帯同しておらず、ホームで快勝した第49節愛媛戦も高校のOB会に参加していたため見ていない。また、練習場に顔を出すこともなく、監督の評価を定めることは困難である。それだけに現場の責任者である強化部長の意見が尊重されてしかるべきだろう。しかし、「水戸のクラブの現状を考えた時に監督を替えて今年築いたベースを崩すのはリスクが高い」という鬼塚強化部長の訴えに対しても宮田社長からの返答はないという。

 また、前田監督は宮田社長から1度だけヒアリングを受けたことがあるらしいが、その内容は「なぜ毎日2部練習をしないのか?」や「足が早くなる練習をしているのか?」などまるで何十年か前の高校サッカーのような質問だったという。

 「もはや前田監督の進退の問題ではない」と鬼塚強化部長は語気を強め、「何のために強化部長がいるのか。社長が1人で決めるなら、強化部長を兼任すればいい。フロントが組織として成り立っていないことが問題」と憤慨。11月30日までに選手に来季の契約についての決定をしなければならないが、25日時点で監督の去就が決まっていない状況でどうやって選手選考をするのか。来季の構想はすでに出遅れているのは間違いない。それ以外にも現場に与えている影響は決して小さくないだけにこの責任を誰が取るのかをはっきりすべきだろう。

 宮田社長が社長に就任したのは4月23日。株主総会において小林前社長の再任が承認されず、宮田社長が新社長として迎えられることとなった。だが、この経緯にも不透明な部分がある。現在、水戸の筆頭株主は水戸ホーリーホック支援持株会という組織であり、当時、副理事に宮田社長は名を連ねていたのである。社長就任以降も副理事を兼務。25日のC大阪戦前に行われた理事会で宮田社長が副理事から降りるという議案が承認されたというが、7ヶ月もおざなりにされていたことだけでもクラブ組織のあいまいさが見て取れる。

 また、支援持株会という組織も不透明な部分が多い。「運営資金を広く集め、地域社会での認知度を高めるために」(小林前社長)03年に設立。これまでクラブに大いなる貢献をしてきた。ただ、今まで総会を開いたことがなく、どうやって理事が選ばれているのかは闇に包まれているのが現状だ。そして、本来は「クラブの内部に関して口は出さないという約束だった」(関係者)にも関わらず、社長交代を左右するほどの権力を持つようになってしまっていることを問題視する声が高まっている。「支援持株会と言いながらも総会をやらない組織。みんなのお金で運営しているのだから、みんなで理事を選ぶのが当然」とある関係者は訴える。全株式の約38%を占め、社長交代にまで大きな権限を持つ組織なだけに、もう一度、組織内の整備と役割を明確にする必要があるだろう。いや、しなくてはならない。

 第51節C大阪戦、水戸は1対0で勝利。試合後のセレモニーでスタンドから大きな「前田コール」が巻き起きた。それは5年間、水戸に命を捧げた男に対する感謝の気持ちとこれからも指揮を執ってほしいという強い思いがこもった叫びであった。しかし、それだけではない。バックスタンドには「現場・市民への裏切りは許さん!」「社長、FAIR PLAY プリーズ」「強化部無視の人事は絶対反対」などのメッセージが書かれた横断幕が掲げられたようにフロントに対しての強い不信感が込められていたのである。

 水戸は「市民クラブ」を謳ってきた。しかし、前田秀樹という1人の男の進退問題を皮切りに「市民クラブ」という看板に次々とボロが出てきている。フロント内で足並みを揃えられないまま強行に監督を交代しようとしている現状がすべてを物語っていると言えるだろう。「前田監督、退任」。それは決して監督交代だけの話ではない。クラブのあり方の問題へと発展しているのだ。今、水戸は「市民クラブ」の岐路に立たされている。

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