桑原城の勘助と由布姫の出会いのシーンは、原作の中でも最も強烈なイメージの一つで、そこは自分のなかでとても大事にしたいと思っていました。 勘助は由布姫に出会った時、あたかも落雷を受けたかのような衝撃を受けます。直前まで勘助は『諏訪の姫を生かしておいては危険だ。恨みの火種を残すことになる』として由布姫を殺すための冷血なサイボーグのようになっています。その“殺そう”とした思いが反転して“生かそう”という思いに変わるという実に劇的な瞬間なんですよね。 目の前で自害を拒み、どんな身分になってもいいから“生きん”とする姫の心の炎は、そのまま勘助の否定され続けても地をはうように生きてきた“生への執着”“生への渇望”にビリビリと響いたに違いないでしょう。 海ノ口城が晴信に攻め落とされた時、城主の娘の美瑠姫は由布姫とは対照的に母親の後を追って自害しようとしたんです。それなのに由布姫は何が何でも生きようとしている。『こんなお姫様はこの時代にはいません!』というような女性ですからね(笑)。
由布姫役の柴本幸さんは、このシーンにウソのないものすごいパワーで徹底的にぶつかって来てくれました。だから殺すつもりだった勘助が、思わず『連れて帰ろう』ってなったんですよ(笑)。 彼女は新人で、本当に何もかも初めてだからいろんなプレッシャーもあるだろうし、その中で精一杯の状態でやってくる。それが彼女の良さでもあるのだから、ちゃんと受けてちゃんと返してあげたいと思いました。彼女が納得するまでは徹底的につき合おうって。 入念なテストを重ね、いざ本番までやってみると、どこかしっくりこない感じがあり、彼女に『もう1回だろう?』って聞いたら『はいッ』って。『よし、やろう!』(笑)。そんなふうに柴本さんが気持ちよくやれたと思うまで、とことんやったことで、とても良いシーンになったと思っています。やっぱり由布姫はドラマを見てくださる皆さんに『すてきなお姫様だな』と思ってほしかったですからね。 撮り終わった瞬間、『出たね!由布姫、誕生だね!!』って声をかけたら、彼女はへとへとになってその場に座り込んでしまいました。全生命力を賭けてぶつかった第16回のラストシーン。皆さんに満足していただけるものになったはずです。