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更新:11月26日 10:50インターネット:最新ニュース

著作権法改正巡る2つの対立・「思いやり」欠如が招く相互不信

 文化庁の審議会(文化審議会)の著作権分科会私的録音録画小委員会が10月に発表した中間整理に関連して、2つの対立が起きている。1つはデジタル放送におけるコンテンツの複製を巡る権利者とハードメーカーの対立であり、もう1つは、ネット上で違法にアップロードされたコンテンツのダウンロードも違法とすることに対するネット寄りの人々からの反論である。双方に共通するのは、クリエーターに対する思いやりの欠如だ。このままでは、プロのクリエーターのデジタルやネットに対する不信が増大するだけであり、ネットによる社会の変革もソフトパワーの強化も絵に描いた餅となりかねない。(岸博幸の「メディア業界」改造計画)

■「コピー10回」巡るメーカーと権利者の対立

 デジタルコンテンツの複製は、非常に難しい問題である。アナログと違って、低コストでオリジナルと同じクオリティーの複製を幾らでも作れるからである。実際に、ネット上にはコンテンツの権利者(著作権者、著作隣接権者)の許諾なくコピーされたコンテンツが蔓延し、権利者の所得機会を減少させている。こうしたデジタルの弊害を乗り超えるために、地上デジタル放送については「コピーワンス」という慣行が採用され、またデジタルでの録音や録画が権利者に与える影響を緩和するため、私的録音録画補償金制度が運用されてきた。

 しかし、デジタル放送の番組のコピーが1度しかできないのは消費者にとって不自由である。そこで今年8月、総務省の審議会で、コピーワンスを変更して10回まで複製を認めるようにすべき(コピー・テンス)という方向性が打ち出された。コンテンツの権利者、放送事業者、家電メーカー、消費者というすべての関係者が一歩譲る“四方一両損”でデジタル時代のコンテンツの複製と利用を進めようという合意であり、高く評価できるものであった。

 ところが先月になって突然、ハードメーカーの集まりである社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)が、文化審議会の中間整理に関連する形で、「技術的にコピー制限されているデジタルコンテンツの複製は、著作権者等に重大な経済的損失を与えるとは言えず、補償の対象とする必要はない」という見解を発表した。これに怒ったコンテンツの権利者の側は今月、ほぼすべての権利者団体が名を連ねた公開質問状をJEITAに提出した。

 この問題は、権利者のハードメーカーに対する不信感を決定的なものとする危険性があるのみならず、コピー・テンスという合意をも反故(ほご)にしかねない。

■違法サイトからのダウンロード違法化に反対論

中間報告をまとめた私的録音録画小委員会の様子=9月26日

 文化庁は中間整理の中で、著作権法を改正して、権利者の許諾なしにネット上にアップロードされたコンテンツをダウンロードする行為も違法行為と位置付ける、という方向を明示した。これまではアップロードのみが違法行為とされていた。しかしそれだけではネット上での違法コンテンツの流通の抑制は困難であり、放送番組を含むあらゆるコンテンツが被害を受けているという判断を踏まえたものであり、罰則規定こそないものの、ネット上のコンテンツ流通に新たな規範が追加されることになる。

 これに対して、ネット上での自由に重きを置く人々が強硬な反論を展開している。その典型が「インターネット先進ユーザーの会(MIAU)」である。その主張を一言で要約すれば「違法コンテンツのダウンロードまでも違法行為とするのはユーザーによるネット利用の自由を制約することになるので反対」となるであろう。

 JEITAに対する場合のように声高に反論こそしていないものの、権利者側はこうした主張にも眉をひそめている。それも当然であろう。ネット論者、デジタル論者の主張は、まず違法コンテンツがアップロードされる段階で権利者の側が何とかすべきだ、と突き放してしまっているからだ。

■思いやりの欠如が相互不信招く

 正直に言えば、私はこの手の“権利者対デジタル論者”の問題を論じたくない。いつも当たり前のことしか言っていないのに、デジタル論者からは“コンテンツ寄り”と罵られ(“通信放送政策を操る音楽業界のロビイスト”とまで言われた)、放送業界やコンテンツ業界の人からは“ネット狂信論者”と警戒されるからである。しかし、今回は敢えて言わせてもらう。

 JEITAもMIAUも、個々の論点に関する主張には理解できる部分もあるが、全体として、制度変更に対する批判ばかりで、その前提としてクリエーターに対する思いやりが足りないのではないだろうか。今回文化庁が提示した制度改正が最善の策とは思わない。しかし、現行著作権法の抜本改正がすぐにはできないなか、深刻化した違法コピーとダウンロードへの対応として、権利保護の強化は止むを得ない面を持つのではないだろうか。

 デジタルとネットの普及でクリエーターは所得機会の損失という深刻な被害を受けている。MIAUは「一億総クリエーター」という政府の標語を引いているが、プロとアマチュアのコンテンツは分けて考えるべきである。放送局やレコード会社などを含むプロのクリエーターは、作品から収入を得ているのであり、その収入が激減するのを放置したらどうなるだろうか。ネット上でのプロのコンテンツの流通が増えるどころか、プロの道を志す人が減り、日本の文化の水準が下がる危険性もあるのではないか。

 だからこそ、デジタルやネットの関係者には当たり前のことを今一度認識してほしい。デジタルは手段でしかないし、ネットは流通経路でしかない。それらを通じてユーザーの元に届く魅力あるコンテンツの量が増えてこそ、そういった手段も栄えるのである。

 もちろん、クリエーターを甘やかせと言う気はない。クリエーターの側も、環境変化に対応した新たなビジネスモデルを追求すべきである。ただ、その実現には時間がかかるのだから、それまでの間は、関係者もプロのクリエーターに思いやりを持って接するべきではないか。プロのクリエーターも賛同できる新しいアプローチを提案するなど、色々なやり方があるはずである。

 それにも関わらず、JEITAやMIAUは制度変更に対する反対や批判ばかりで、建設的な対案は何ら示していない。これでは、小泉構造改革に反対した抵抗勢力や、テレビに出演している出来の悪い評論家と同じである。

 加えて言えば、経済産業省がJEITAの“暴走”を止めなかったことも情けない。コンテンツ振興策として「JAPAN国際コンテンツフェスティバル」を開催しながら、振興とは正反対の行動をするJEITAを抑制しないならば、経産省は一体何をやりたいのか意味不明である。

■不毛な批判を続ける余裕はない

 かつてハリウッドの高名な人が「コンテンツが王様で、流通は女王である」という名言を吐いたが、デジタル時代は「プロのコンテンツが王様」なのである。その王様を突き上げていれば改革が成就するなどと考えるべきではない。

 考えてほしい。日本のGDPは15年後には中国に抜かれるのである。世界における、経済に代わる新たな日本の存在価値の確立が急務となっており、それは文化に代表されるソフトパワーしかない。また、人口減少と少子高齢化が進むなかで、地方の社会と生活を快適なものとするためには、デジタルとネットの恩恵が最大限に享受できるようにするしかない。

 この両者の実現のためには、コンテンツの権利者とデジタルやネットの関係者が手を取り合って新たな未来を作るしかないのではないか。自分の立場だけを考えた不毛な反対や批判を続けて相互不信を増大させるような時間的余裕はない。

[2007年11月26日]

-筆者紹介-

岸 博幸(きし ひろゆき)

慶応大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構准教授、エイベックス取締役

略歴

 1962年、東京都生まれ。一橋大学経済卒、コロンビア大学ビジネススクール卒
業(MBA)。86年、通商産業省(現・経済産業省)入省。朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)、資源エネルギー庁、内閣官房IT担当室などを経て、当時の竹中平蔵大臣の秘書官に就任。同大臣の側近として、不良債権処理、郵政民営化など構造改革の立案・実行に携わる。98〜00年に坂本龍一氏らとともに設立したメディアアーティスト協会(MAA)の事務局長を兼職するなど、ボランティアで音楽、アニメ等のコンテンツビジネスのプロデュースに関与。2004年から慶応大学助教授を兼任。06年、小泉内閣の終焉とともに経産省を退職し、慶応大学助教授(デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構)に就任。07年から現職。

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