楽しいことが多かったのは小学校の時。5年生だったと思うんですけど、宿直当番だった先生が「星を見せてやるから(学校に)来い」って。夜、わくわくしながら学校に行くと、天体望遠鏡が備えてあって、土星が半分映っていた。すごいショックで……。星ってチカチカ光っているとばかり思っていたけど、実は違って、全然光ってない。その時初めて、自分の周りの世界が、もしかしたら私たちが思ったり目で見ただけではなくて、いろいろな形をしているのではないか、と感じました。知らないことがいっぱいあるんだと、子ども心にすごく記憶に残っていますね。
小学校卒業までは本当に本を読みませんでした。中学生になってシャーロック・ホームズにはまって、そこから海外ミステリーに。高校ではサマセット・モームの小説「人間の絆(きずな)」に登場する悪女ミルドレッドに、ものすごい衝撃を受けました。大人は子どもに「立派な大人になりなさい」「良い人間になりなさい」って言いますよね。でも、その正反対の女性がこの小説の中にいて、こんなにも魅力的じゃないかと。大人が言うような人間だけがすてきなんじゃないという、人間の多様性のようなものを教えてもらったと思っています。
元々、物語や小説って毒だと思う。薬になるものより、毒になるものこそが面白いと思うんです。学校とか親というのは建前の世界で、薬になること、役に立つことを教えるわけですよね。社会勉強も含めて教えてもらうのが学校なので、それを否定する気はないです。ただ、本に出合わなくて、学校とか家庭も含めた大人たちが構築している世界だけで生きていたら、すごくつまらなかったと思うんですよ。悪女であること、男を滅ぼすこと、あるいは男とともに滅びることとか、そういう全部を私は高校時代に小説や物語から教えてもらった。
学校を絶対視する必要はないと思う。学校がすべてだと思ってしまったらものすごく息苦しい。だからある意味、ぎりぎりになったら捨てられる、放り投げても良い世界だと私は思っているんです。<聞き手・佐藤慶>
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■人物略歴
◇あさの・あつこ
1954年、岡山県生まれ。青山学院大文学部卒。小学校講師を経て91年、作家デビュー。中学校野球部を舞台にした小説「バッテリー」シリーズで小学館児童出版文化賞などを受賞。
毎日新聞 2007年11月26日 東京朝刊