◆高齢化や食生活の欧米化で患者数、死亡者数とも急増。治療法はどう選べばいい?
◇進行遅く、選択肢多様
◇放射線療法で根治目指す/転移あればホルモン療法
前立腺は、ぼうこうの出口付近にあり、クリの実のような形をしている。健康な成人男性では約20グラムの重さで、精液の一部を作り、排尿や射精をコントロールしている。前立腺の細胞が正常な増殖機能を失い、秩序なく自己増殖すると前立腺がんになるが、詳しいメカニズムはまだ解明されていない。
東京慈恵医科大の青木学講師(放射線腫瘍(しゅよう)学)は「前立腺がんはリンパ節と骨に転移しやすいが、進行が比較的ゆっくりしているという特徴がある」と説明する。他の原因で死亡した男性を調べたところ、70代で2~3割、80代では4割近くの人に前立腺がんが見つかったとの報告もあるという。青木講師は「寿命に直接影響しないと考えられる前立腺がんもあるようだ」と話す。
そのため、治療法には多くの選択肢がある。例えば、80代で前立腺がんが見つかっても、進行が遅く寿命に直接影響しないと考えられれば、特に治療はせず様子をみるという選択肢もある。
一般に、10年以上の余命が期待でき、重い合併症がなく他の臓器に転移していない「限局性前立腺がん患者」に対しては、根治を目指して睾丸(こうがん)を取り除く「前立腺全摘除術」や放射線治療が推奨されている。一方、期待余命10年未満の患者や重い合併症がある場合、根治的治療を好まない場合には、ホルモン療法や経過観察が選択されることが多い。
放射線療法では近年、放射性物質(シード)を前立腺内に埋め込み、がんを破壊する「ブラキセラピー」療法が普及し始めている。陰嚢(いんのう)と肛門(こうもん)の間の会陰部から複数の注射針(ニードル)を刺し、60~100個のシードを挿入する方法。事前に超音波検査で前立腺の形や大きさを調べ、シードの数や放射線の強さなどを決める。青木講師は「標準的には、術後に3泊4日の入院をすることで、日常生活に復帰できる。それがブラキセラピーの最大の長所だ」と話す。
ブラキセラピーは「組織内照射療法」や「密封小線源治療」と呼ばれるが、体外から放射線を浴びせる「外照射療法」も広く行われている。この療法でも、最新の治療法が始まっている。尿失禁などの副作用を抑え、周りの正常な組織に放射線を照射しないように複数の角度から強さを調節できる「強度変調放射線療法(IMRT)」などの「3D原体照射(三次元放射線療法)」が日本で開発された。
一方、ブラキセラピーの副作用としては頻尿や切迫尿などの排尿障害、精液の減少、射精中の痛みなどがある。外照射療法の副作用には、排尿問題や勃起(ぼっき)不全などがある。外照射療法はブラキセラピーに比べ、再発の可能性が高いという。
青木講師は「最新の放射線治療ができる病院はまだ少ない。セカンドオピニオンで放射線科を受けたり、施術数を調べて治療法を検討してほしい」と話す。
前立腺がんの細胞は男性ホルモンの作用で増殖するとされ、その影響で病気が進行するという特徴がある。そこで、男性ホルモンの分泌などを抑えるホルモン療法も選択肢になる。具体的には、男性ホルモンを分泌する精巣を手術で取り除いたり、男性ホルモンの分泌を抑える薬を注射したりする方法がある。
長崎大大学院の酒井英樹准教授(腎泌尿器病態学)によると、ホルモン療法の対象となるのは、周辺臓器や骨などに転移している場合だ。酒井准教授は「血液中のホルモンは全身でがんの『燃料』として作用するうえ、転移したがんも前立腺がんの特徴を持っているため効果が期待できる。ただ、この治療法のみで完治することは期待できない」と話す。
進行性前立腺がんに対しては現在、睾丸からの男性ホルモン(テストステロン)の分泌や働きを阻害する治療に加え、副腎皮質から生産される男性ホルモンも阻害する治療を併用する方法が標準になっている。血液中の男性ホルモンの95%は精巣から分泌されるが、残り5%は副腎からとされるためだ。
睾丸からのホルモンに対しては、手術か「LH-RHアゴニスト」と呼ばれる薬剤が使われる。この薬剤は、脳の視床下部から下垂体を通じて精巣に送られるホルモンの分泌を抑制する働きがある。副腎からのホルモンに対しては、テストステロンが前立腺細胞の中で受容体と結合するのを防ぐ抗アンドロゲン薬が使われる。【関東晋慈】
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■前立腺がんの病期分類
T1=触知不能または画像では診断不可能な臨床的に明らかでない腫瘍
T1a=組織学的に、切除組織の6%以下に、偶発的に発見される腫瘍
T1b=組織学的に、切除組織の6%を超え、偶発的に発見される腫瘍
T1c=針生検により確認(たとえばPSAの上昇による)される腫瘍
T2=前立腺に限局する腫瘍
T2a=片葉に浸潤する腫瘍
T2b=両葉に浸潤する腫瘍
T3=前立腺被膜を越えて進展する腫瘍
T3a=被膜外へ進展する腫瘍(片葉、または両葉)
T3b=精嚢(せいのう)に浸潤する腫瘍
T4=精嚢以外の隣接組織に固定、または浸潤する腫瘍
N+=所属リンパ節転移あり
M+=遠隔転移あり
※PSAは前立腺から分泌されるたんぱく質で、前立腺がんの検査に使われる
毎日新聞 2007年11月27日 東京朝刊