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  やっかいな「水からの伝言」 11.20.2005
    



 この話題、いまさら時代遅れなのだが、敢えて文章を作成。

 一般社会に対して、科学を商売とする人間が普通に正しいと思っている「科学的思考法」というものを普及させるのは、実は、なかなか難しい。「世界一」の誤解の放送の記事にも書いたが、一般社会で注目を受けるためには、いくつかの法則に則った方法を採用する必要がある。
(1)意外性でウケる。
(2)ある種の感性に訴えてウケる。
後者の感性については、実は多様なものがありうる。
 今回、話題にしたいのが、江本勝氏の著書、「水からの伝言」サンマーク出版、なる本であ。某雑誌からの情報によると、江本氏は、この本を世界の子供の10名に1冊の割合で配布をしたいと考えているとのこと。しかも、この本の広報に関わる講演会に、国連大学をクビになった、ゼロエミッションで名前の知られたグンター・パウリが共演をすると言うのだ。

 この動きは、世界的に見ても、また、日本からの発信だと考えれば、日本にとっても極めて危険なので、是非とも止めなければならないのだが、先方の作戦は実に巧妙である。「巧い」のだ。どのような方法で抵抗を試みるべきなのか。是非、ご意見をいただきたい。


C先生:「世界一」の誤解授業については、お粗末様でした。まあ、自分自身で遊びに行く感覚でないと対応不可能なのは、もとから分かっているのだけど。

A君:今回は、誤解を生み出しそうな意図的活動にどう対処すべきか、という問題ですか。

B君:「水からの伝言」は、買うべきではないと考えているので、立ち読み程度。実際、科学的記述については、文句を付けるべきところが多い。しかし、最初には仮説的な説明があるのが、徐々に、それが事実に変わるといった、まやかし記述が実に上手なのには感心してしまう。

C先生:細かい記述は、今回問題にしない。ここで問題にしたいのは単に1点。それに付加的にもう1点。
問題点その1:「ありがとう」という言葉で美しい氷の結晶が得られる。「ありがとう」という言葉で、米に生えるカビ類も生えなくなる。この2つの主張に対してどのように対応すべきか。

付加的問題点その2:極めて高価な、動作原理不明の波動測定器、波動転写機なるものを商売にしているが、これに対してどのような対応を取るべきか。
http://www.hado.com/vibrationalmedicine/top.htm

A君:問題点その1ですが、小学校などの道徳の授業でも取り上げられて教材として使われてしまったということがあるようです。

B君:小学校あたりでそのような教育を受けることが、その生徒の将来の科学的理解に悪影響を受けそうな気がする。

C先生:それはそうなのだが、マイナスイオンの場合以上に、この問題に対してどのような態度を取るべきかが難しい。
(1)どうせお伽噺なのだから、まあ良いではないか。
(2)「善意」に基づく話なのだから、まあ良いではないか。
(3)この話に科学性が無いことぐらいは、誰でも分かっているから、まあ良いではないか。
といった主張に対して、どのような反応をすべきかということなのだ。

A君:お伽噺仮説については、表面的な現象だけを追えば、それほど問題にならないような気もするのですが、次の善意に基づく話なのか、ということも絡めれば、これは違うだろう。

B君:やはり、付加的問題点その2の波動測定器、波動転写器なるものによる商業的価値を高めるための意図が隠されている、という理解をすべきではないか。

A君:しかも、(3)科学性が無いことぐらい分かっている、という判断はどうも間違いのようですね。ウェブなどを見ていると、盲目的に「水からの伝言」を礼賛するような、全く分かっていないという感じのブログなどが多いので。

B君:あの本の記述のやり方などを見ていると、科学的にも、現時点では未解明ではあるが、正当な科学であるという主張をしているように思える。しかし、これは明らかに、疑似科学である。すなわち、科学教育に悪影響を与えるという主張を、我々も積極的に行うべきであるように思える。

C先生:本だけを出版していて、これはお伽噺です、と宣言していれば、まあ許せる。しかし、善意の皮を被った下から、波動測定器という詐欺的測定器商売の鎧が見える。そのためには、本にもいかにも科学性があるような記述を行う、というのが本当の姿だろう。

A君:となると、やはり、その真の狙いは何かという解析と主張をしっかりと行うと同時に、この誤解によって生じるであろう悪影響に対しても、適切な対応が必要だという結論になる。

B君:誰がそのような対応を行うか。なんといっても、江本氏もさるもので、国連総会の会場で講演を行っていたりする。どうも、国連の高官がコロッと騙されたみたいなのだ。

C先生:その話、その通り。国連の高官は、政治家が多い。国連組織の中での科学者の地位は低い。江本氏にとっては騙すのは簡単だったのだろう。

A君:対策としていくつか考えられるのですが、どんな対策がもっとも効果的でしょうか。

B君:やはり、科学性の無さを追求することだろう。「事実として認めること」は不可能だということだ。

C先生:それも、できうるならば、小中高の理科の先生方にがんばって貰いたい。まず、江本氏に対して、共同の再現実験の提案を行うことが妥当なところだろう。低温室などが必要なので、北大の低温研などの協力が得られると良いようにも思う。

A君:実験的にある事象を証明するという方法論がどのようなものなのか、それを学ぶことができる。

B君:シャーレを120枚用意して、40枚にはありがとうの文字を書いた紙を張り、40枚には何もしない、40枚にはバカヤロウという文字を張る。これで有意な結果が得られるということはどのようなことか、そんな公開実験をやってみれば良い。

C先生:この「水からの伝言」の批判記事は、岩波の「世界」7月号に出ているそうだ。読んでないけど。もともと、この江本氏の話は、山形大学の天羽優子助教授からの情報で知った。
http://www.cm.kj.yamagata-u.ac.jp/blog/index.php?catno=3
をご覧いただくと良い。様々な問題意識が披露されているので。

A君:天羽先生の解説で面白いのは、もしも「ありがとう」という言葉でご飯が腐らないのなら、それを用いた賞味期限の延長技術が実用化されるはず、というもの。

B君:セブン・イレブンにとっても、また、食糧自給率の向上にとっても、すごい技術になりそうだ。コンビ弁当がゴミになっている率が多少減ることでも、影響は大きい。

C先生:江本氏の「とんでもない世界貢献」をなんとかしてストップするためにも、もう少々まじめに物事に取り組む必要があるようだ。

A君:分かっている人は、あまりにも馬鹿馬鹿しい話題なので、真剣に取り組まない。しかも、善意だから良いのでは、という議論に真正面から取り組むには、それなりの勇気が必要。

B君:だから、否定材料が積みあがらない。

A君:現代科学に存在する大きな特性である、「物事を完全に否定することはできない」、を乗り越えて否定するためには、「馬鹿な」という考え方を捨てて否定例を多数作らないといけない。善意というが、本当の意味での善意ではない、ということも含めて、批判が必要でしょう。

B君:馬鹿馬鹿しい時代になったものだ。やはり、小学校時代から馬鹿馬鹿しいものと、馬鹿馬鹿しくないこと、との区別がつくような教育が必要のようだ。

C先生:単に理科教育だけではないな。天羽氏が攻撃しているが、「食卓の向こう側」という連載を持っている記者の重岡美穂氏のような感性が出てきてしまう全教育プロセスに対して、問題があるような気がする。さらに言えば、このような記者に対して、西日本新聞はどのような対応をしようとしているのか。「今月の環境」で、京都新聞の京阪電鉄マイナスイオン事件の批判をしたが、やはり、新聞社が自らの知性を高く維持するという態度が欲しい。