卒業生からのメッセージ

発信せよ、サイエンティスト!科学リテラシーの高みに向けて


大西淳子

フリーライター
1988年筑波大学大学院博士課程(生物科学研究科)修了



 はじめまして。「フリーライター」「医学ライター」「医学ジャーナリスト」などを名乗ってネットの中を徘徊しております野良理学博士、大西淳子です(略歴は脚注1をご参照ください)。

*AKIBA系に先を越されて
 みなさま、AKIBA-POPのMOSAIC.WAVが出した「ギリギリ科学少女ふぉるしぃ」、ご存じですか?
 2007年年頭を騒がせた、「あるある」に端を発するスーパーからの納豆消失減少に先駆けリリースされたこの曲は、ニセ科学の本質を見事に歌い上げたという理由で、2007年日本トンデモ本大賞特別賞を得ました。その歌詞は、誰もが引っかかったニセ科学を矢継ぎ早に紹介、ひも付きグラントを利用した研究結果の危うさまで教えてくれます
 興味のある方は、こちらからどうぞ(http://www.sham.jp/studio/product/06falsie/cd.shtml)。
 これで笑えるあなたは「科学リテラシー」(脚注2参照)高いです。爆笑したけど、「あるある」とかって馬鹿みたいと思いつつ「関係ないから〜」とスルーしてきた研究者の皆様に、本日はお話ししたいことが。

*忍び寄るニセ科学
 あなたの身の回りに「マイナスイオン」グッズ、ありませんか?マイナスイオンって効きますか?そもそも、マイナスイオンなんて存在するんですか?
 物理学会では、2006年3月の第61回物理学会年次大会において、「ニセ科学」をテーマにしたシンポジウム(「ニセ科学」とどう向き合っていくか)を実施しました(http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/events/JPSsympo0306.html)。
 大盛況となったシンポジウムの概要は、さまざまなメディアにも取り上げられました。マイナスイオン、波動など、実態は不明なのに非常に高額なニセ健康器具が科学の衣をかぶって日本の家庭に入り込んでいる現状に、専門家達が業を煮やして行動した、おそらく初めての公式イベントでした。
 問題は、なぜ一般の人々がかくも簡単にだまされるのか、にあります。物理学会の会員は、日本人の科学リテラシーの低さと、その原因の一つと考えられる科学教育の不十分さに危機感を覚え、専門家としての責務を果たすべく、理科教育への働きかけをはじめました。
 強力なパートナーは、理科教育の専門家、立教女子大の左巻健男さんです(学研の科学教材などでよくお名前を拝見します)。左巻さんが編集長として旗を振る「RikaTan(理科の探究)」(http://rikatan.com/:理科教師と一般の理科好き大人や子供のための月刊誌)は、2007年8月号で「小学生にも分かるニセ科学入門」という特集を組みました。とてもお忙しいはずの京都女子大学の小波秀雄さん、大阪大学サイバーメディアセンターの菊池誠さんといった物理学会の切れ者一同が、苦労に苦労を重ねて(それでも小学生にはちょっと難しい・・)、ニセ科学とは何かを説いています。現状を憂えた義侠心ゆえの、これまた初めての試み(対象は、小学生、ですから)でした。
 では、「あるある納豆事件」、続いて起きた「白インゲン豆ダイエット下痢事件」を、医学、生物学系の専門家はどうとらえたのでしょうか。「忙しいのに、くっだらないことに巻き込まれたくないよ」というのが正直な感想でしょう。
 しかし、メディアがお茶の間に届ける、白衣で権威づけたニセ科学情報は、手を替え品を替えながらとぎれることがありません。「楽して痩せる」はありえない、科学的に考えれば当たり前のそんな事実さえ、メディアが見せる「手品」のまえに消し飛んでしまい、翌日にはスーパーの陳列棚から納豆が消えるわが国です。

*打倒ニセ科学
 だまされない秘訣は、科学の方法を知ること。正当な科学では、どういう実験を行って物事を証明していくか、出てきた結果の解釈をどのように行うか。そうした普遍的な知識を身につけて、さまざまなケースに適用していけば、「なんだ、これニセ科学じゃん」、すなわち、科学の皮をかぶった金儲け手段であることが見抜けるはずです。
 残念なことに、義務教育で「科学の方法」が扱われることはありません。日本人の科学リテラシーが、先進国の中でも非常に低い理由の一つは、教育にあることは確かです。ただ、専門家の、科学の最先端を面白く伝える努力がまだまだ足りないことも問題でしょう。
 忙しいのにそんなことやれっかよ、というご意見、ごもっともです。日本の研究者の境遇は非常に厳しい。研究しないとポストを失う、ポストに留まるためには雑用もこなさなければならない、もちろん研究費も入手しないと・・そんな日々に余裕がないことは一目瞭然。ですがそれでも、日本の未来のために、一肌脱いでくださいっ。
 できれば、子供たちにも分かるように伝える技術を身につけて、機会あるごとに発信してください。研究者自身が、科学リテラシー向上に積極的に貢献しなければ日本国民は変わりませ〜ん!

*メディアでなくてサイエンティストから
 メディアが中継ぎしてくれればいいじゃない、そういうお考えもおありでしょう。が、実はそこに問題が。メディアを通すとバイアスが加わります。都合のよいように、話の断片のみ編集、利用されることだってあります。また、メディアはさまざまな企業や人とのしがらみを抱えているので、それらに配慮して、貴重な意見を骨抜きにして掲載することもあります。
 自分がメディアの側にたって初めてわかったのは、所詮メディアは金儲け、ということ。あくまでビジネスですから、どんなに正しいことでも、需要がなければ書けない、発信できない。一般市民の皆さんが知りたい話題を面白く提供すれば事業としては成功するので、原則的には、商業メディアに啓発的役割を期待するのは無理でしょう。
 もちろん、最先端を優しく伝えることは容易ではありません。日本語の長い文章を書くだけでも大変ですし、明確に論旨を展開しつつ、易しい文章表現に徹するためには、それなりに場数を踏む必要もあるかもしれません。

*先駆者はほかにも
 そうした努力を通じて、中学生からもファンレターをもらうようになった理論物理学者が米国にいます。ハーバード大学教授のリサ・ランドール氏です(http://www.nhk-jn.co.jp/002bangumi/topics/2006/022/022.htm)。
 3次元世界を取り巻く5次元空間の存在を示唆した研究で脚光をあびましたが、米国中からワインやチョコレートが送られてくるようになったきっかけは、著書の「Warped Passages」です。数式を使わない物理学の解説書は、米国でベストセラーになりました。先頃日本語訳(日本放送出版協会「ワープする宇宙—5次元時空の謎を解く」)も発刊されましたが、600ページを超える大部で、彼女の「伝えたい」という強い思いに頭が下がります。
 もちろん、忘れてはならないのが、林純一先生の講談社ブルーバックス「ミトコンドリア・ミステリー・驚くべき細胞小器官の働き」ですね。さすがに、ミトコンドリアを知らない小学生にはむりかもしれませんが、ミトコンドリアに魅力を感じる元理科好き大人にはたまらない1冊です。今度は、小学生にも分かるミトコンドリア、を是非書いていただきたい。

*いますぐ発信!
 さあ、サイエンティストを目指す皆さま、既にサイエンティストとしてご活躍の先生がた、どうか、発信してください。ネットを使えば、簡単に広く伝えることができます。趣向を変えて、ボランティアでサイエンス・ショーをやってくださるというのも大歓迎。
 科学のおもしろさ、科学の方法、正しい情報の集め方、そして、ご自身の研究のすばらしさを老若男女に伝えることで、日本の科学リテラシーは向上すると私は信じています。




* 脚注1
 1988年筑波大学大学院博士課程(生物科学研究科)を修了、1990年3月まで財団法人エイズ予防財団のリサーチレジデントとして、HIV感染者の血液からのウイルス分離と培養に明け暮れる。その後、現在まで、フリーランスのバイオテク、メディカル・ライターとして、日経BP社の複数の媒体に最先端の情報をアップする毎日です。

* 脚注2
 科学リテラシーを簡単に言うと、科学の基本的な概念と原理を理解し、科学的に考え、科学を自分のため社会のために利用する能力、といった感じですが、現実的に言えば、日常生活において「だまされて金銭を失い健康を害することを避けるための技術」に直結すると思ってます!