ここから本文エリア ヒトiPS細胞研究、日本発の成果はどこへ2007年11月26日 体のさまざまな細胞や組織に育つ人の万能細胞を皮膚の細胞からつくった――。京都大の山中伸弥教授(45)のチームが人工多能性幹細胞(iPS細胞)を生み出した研究が世界に衝撃を与えている。人の受精卵を使わないので倫理上の問題が避けられ、再生医療の実現に大きく近づいた。世界中の研究者が激しい競争を繰り広げる中で、日本発の成果が大きく花開くことができるのか。
◇ 〈治療の希望がわきました〉〈私の母の病気は治りますか〉 論文発表を受けて山中教授のもとに、内外の研究者や難病患者からメールが相次いだ。200通を超えた日もある。その中に、同じ手法でヒト万能細胞をつくった米ウィスコンシン大のジェームズ・トムソン教授からのメールもあった。 〈競争に負けたのは悔しいが、相手が山中たちでよかった〉 山中チームの動きを察知して発表を繰り上げ、同着にこぎ着けていた。理化学研究所発生・再生科学総合研究センターの西川伸一副センター長は「誰がみても山中君の業績。米グループは工夫を加えた後追いに過ぎない」と軍配をあげる。 山中教授の論文も海外のうわさを聞きつけてあわてて出したものだった。「人のiPS細胞づくりに成功している機関は欧米に複数ある。学界で広がっている話だ」と日米の2チーム以外にもライバルは多いとみる。 万能細胞に注目が集まるのは、思い通りの細胞や組織をつくれる可能性があるからだ。たとえば、糖尿病で苦しむ患者にインスリンを出す膵臓(すいぞう)細胞をつくって移植する治療ができる。心筋梗塞(こうそく)、脊髄(せきずい)損傷など体の一部機能が失われ、回復が難しい病気やけがの治療も夢ではない。さらに、患者自らの細胞を使えば、移植での拒絶反応を心配しなくていい。 「人の万能細胞は、マウスと同じ遺伝子を使うと無理だろう」。マウスで成功した四つとは別の遺伝子を当初は探した。だが、試行錯誤は続くばかり。「初心に帰ろう」と原点に戻った高橋和利助教(29)らが、同じ四つの遺伝子を使い、培養条件を変えたり増殖因子を加えたりすることで人の万能細胞にたどり着いた。変化した心筋細胞が拍動したときは「感動で手が震えた」。 四つの遺伝子によって、なぜ万能性を持つのかはまだ解明されていない。「何らかの偶然が起こるのだと思う。そこに潜むメカニズムに迫りたい」 ◇ 今回の成果は世界各地で報じられ、大きな反響を呼んでいる。なかでも米国は論文が発表された21日、ホワイトハウスが「とても喜ばしい」と異例のコメントを出して、いち早く反応した。 米国は民主党のクリントン政権下で胚(はい)性幹細胞(ES細胞)を使った研究を後押ししていた。だが、宗教右派が支持基盤のブッシュ大統領により01年以降、生命の萌芽(ほうが)である受精卵を壊すES細胞研究には、既存の株を使ったもの以外、連邦政府の予算は出さないことになった。 一方、バイオ産業が盛んなカリフォルニア州は、州独自に資金援助をしている。ワシントン・ポスト紙などによると、新たな作製にも余地を残す形で、ES細胞の研究に10年間で30億ドルを投じる計画だ。ただ、こんな助成を続けられるのは財政基盤から言っても少数の州に限られていた。 今回の成果は、そうした状況を大きく変えそうだ。受精卵を使わず、倫理的問題を避けられるiPS細胞研究は、連邦政府の規制を受けずにできる。実際、ウィスコンシン大は連邦政府管轄の国立保健研究所から研究費を受けて成果を上げた。米メディアは「政治的、倫理的論争に終止符を打つ」と一様に歓迎ムードの報道ぶりだ。 ES細胞研究に反対を表明してきたバチカンのローマ法王庁も22日、iPS細胞の成果について「人(受精卵)を殺さず、たくさんの病気を治すことにつながる重要な発見」と述べている。 iPS細胞を軸に、幹細胞研究を改めて加速しようとのムードはドイツでも同じだ。AFP通信によると、ドイツ政府担当者は24日、500万ユーロ(約8億円)の予算を1千万ユーロへと倍にする、と独誌に語った。 とはいえ、iPS細胞はES細胞の研究をもとに生まれてきた。今回の成果に対する大きな反響の中で、山中教授もトムソン教授も「ES細胞の基礎研究をやめてはならない」と話している。 ◇ 「チーム山中VS.オールアメリカ」。ヒトiPS細胞を巡る研究競争は、そんな構図になりつつある。広がる基礎研究から大きな目標である臨床応用までを視野に入れると、研究員20人のチーム山中だけでは、とても対応し切れない。 「再生医療の実用化をめざすには、広い分野の専門家で協力態勢をつくるしかない。今のままでは米国に負けてしまう」と山中教授は早くも危機感を募らせる。 臨床応用を考えると、最初の問題は安全性だ。遺伝子を送り込む運び屋としてウイルスを使うが、がんを引き起こす恐れがある。安全な運び屋を見つけ出しても手法を確立するには膨大な確認試験が必要だ。 「数年以内に臨床レベルに入れるだろう」。山中教授は、そうみるものの「その領域は僕らの専門外。解決策を持ったプロと密接に組んで進めたいが、自分たちの人脈だけでは限界がある」。 日本で始まったのに優位性を生かせなかった分野の一つに、全遺伝情報を読み取るゲノムプロジェクトがある。「ゴールまでを見通した国の基本方針が描けなかったことが大きかった」と振り返るのは、和田昭允(あきよし)・元理化学研究所ゲノム科学総合研究センター所長。「山中さんの意向を尊重しながら基礎から産業応用まで見渡す参謀本部のようなものが必要だ」 京大では「世界トップレベル国際研究拠点」(いわゆるトップ5)として「物質―細胞統合システム拠点」づくりが進む。山中教授の研究もプロジェクトの一つだ。だが、生命科学の有力研究者は「拠点の参加者すべてに目配りが求められるため、山中さんの研究サポートには十分ではない」と心配する 日本の科学の羅針盤を握る総合科学技術会議の議員を務める本庶佑(ほんじょたすく)・京都大客員教授は「金も人も必要。最後まで日本でやれるか、試金石となるテーマだ」と語る。 PR情報関西ニュース
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