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「後戻り」できない韓国(2007/11/26)

 「従来の反米親中政策は、次期政権が改める」――。韓国の知識人が口々に言い始めた。だが、大統領が代わったぐらいで韓国の外交が変わるのだろうか。

中道、右派が圧す大統領選

 12月19日投開票の韓国の大統領選挙で有力候補は3人。どの世論調査でも似た数字が出るが、支持率の高い順で言えば、1位が中道の李明博氏(支持率=40%前後)、2位が右派の李会昌氏(20%前後)、3位が左派の鄭東泳氏(15%前後)――だ。 

 韓国人が「外交姿勢が変わる」とする理由は、盧武鉉大統領の反米親中政策を基本的に継ぐとされる鄭東泳氏を、米中双方に等しくいい顔をしそうな李明博氏と、親米を打ち出す右派の李会昌氏が支持率で圧しているからだ。

 だが、本当に「新政権の韓国が反米親中を止める」かは疑わしい。韓国の「反米親中政策」は盧武鉉大統領の個性によるものと見なされがちだが、それだけではない。地政学的、あるいは歴史的な要因に因って突き動かされている部分が大きい。誰が次の大統領になろうと、地すべりのように中国に向かって傾く韓国の姿勢を復元するのは容易ではない。

 韓国の外交姿勢の変化の象徴が、現政権下で弱体化の進んだ米韓軍事同盟だ。盧武鉉政権は米国に対し韓国軍の戦時作戦統制権の返還を求め、両国は2012年を期限とした返還に合意した。この結果、米韓連合司令部が解体される見通しで、在韓米軍の規模縮小も予想されている。

 中道、あるいは右派を自認する知識人らは統制権返還を不安な眼差しで見つめている。「連合司令部解体により北朝鮮に対する抑止力が弱まる」と考えているからだ。彼ら20人に聞いた。

 「では、反米を改めるという次期政権は、戦時作戦統制権の回収(返還)を中止し、かつ、連合司令部の維持を目指すのか」――。

 返ってくる答は歯切れが悪いものばかりだ。ほぼ全員が「回収(返還)中止は難しい」と答えた。そして、ほとんどの人が「個人的には、回収(返還)は少なくとも当分の間、凍結すべきと思うのだが」と付け加えた。

 では、なぜ、返還中止は難しいのか。

止らぬ「米韓安保形骸化」

 韓国社会には「戦時作戦統制権の返還=対米従属からの独立」と見る空気が濃い。さらに左派は「米韓安保こそは民族への裏切り」と、米国との同盟自体を非難しており、社会の一定の支持を集めている。

 米国との返還交渉が終わっていなければその交渉を中断し、返還を棚上げする手もあったろう。だが、いったん決まった返還をひっくり返すには一部の国民とはいえその強い反対を押し切る信念と、それを実行に移す強力な政治力を備えた指導者が必要だ。「大統領になれば回収を中止する」と保守層から期待される李会昌氏でも、それをできるかは分からない。

 知識人の中には「米韓連合司令部の代わりに置くことになるリエゾンオフィス(連絡官事務所)を巨大なものにすることで、実質的には連合司令部を維持し返還の弊害を減らせばいい」と主張する人もいる。

 「連合司令部解体で韓国軍は米軍から得ていた情報を得られなくなる。この不利を何とか補う必要がある」という危機感が根強いからで、「巨大なリエゾンオフィス」はその処方箋だ。だが、司令部解体問題の本質は韓国軍の情報力低下ではなく、「韓国軍の指揮権を失った在韓米軍司令官、ひいては米国が韓国防衛への意欲を大きく減じる」(アジアの軍事専門家)ことにある。

 企業組織と同様、軍も権限と責任は裏腹の関係にある。仮に、企業の最高経営責任者が人事権や予算権を一部でも奪われたら、死に物狂いで好業績をあげようとは思わなくなり、小さくなった権限に見合う責任しかとらなくなるのが普通だ。部下に「死地に赴け」と命令せざるを得ない軍の指揮官なら、それはなおさらだ。

 在韓米軍の抑止力、つまり韓国の防衛力は連合司令部解体という「形式」によって損なわれるのであって、“大きなリエゾンオフィス”という「実質」で補える問題ではない。

 結局、米韓連合司令部の解体を通じ、韓国の米国離れは次期政権下でも着実に進む可能性が大きい。そして、それを補うために韓国は中国に対しより神経を配らざるをえないだろう。

 韓国を眺める者は「米国から独立したい」という韓国人の強い願望が連合司令部解体の根にあることを知る必要がある。それを見落とすと韓国の米国離れの本当の原因を見失うことになる(「韓国の反米気分」 2007年5月9日参照)。

「中国への遠慮」増す

 「反米親中政策の修正」を唱える韓国の知識人らに、もう一つ聞いた。

 「では、ミサイル防衛や日米豪安保対話、海上対テロ共同訓練に韓国も参加するよう方針を切り替えるのか」――。

 作戦統制権の返還ほどには目立たないが、安全保障面で韓国がひそやかに米国と距離をとり始めた「証拠」は多い。それが、米国が主導するミサイル防衛や太平洋地域の民主国家による安保対話などへの不参加だ。

 韓国の知識人は質問に対し皆、首を横に振った。

 「次期政権も、ミサイル防衛などには参加しないだろう」。

 明快に理由を語る人は少ないが、要するに「米国との関係強化は大事だが、それ以上に、仮想敵扱いして中国に睨まれるようなことはすべきではない」からだ。

 もちろん、公式には韓国政府はそうは言わない。せいぜい「北朝鮮を刺激すべきではない」との“理由”がメディアに漏らされる程度だ。「本当は北朝鮮よりも中国への遠慮の方が大きい」(韓国のシニア記者)と言う人もいるのだが。

 今、韓国に働く最大の力は「巨大化する中国の巨大な引力」だ。左派は反米の反動として親中を志向した。そして、中国への嫌悪感を強める右派や中道でさえ、中国への恐怖から中国を怒らせそうな政策に踏み込む気はない(「統一に背を向ける韓国――恐中論が加速」 2007年2月14日参照)。

 「保守あるいは中道に回帰した韓国」は、政府が反米ムードを煽る発展途上国型の外交政策はやめるかもしれない。だが、そうだとしても、米中の間での立ち位置を示す本質的な問題では“恐ろしい中国”を前に、もう後に戻れなくなっている。

 ことに、台湾が絡む問題となると、保守や中道の人々の中でも、ことさらに親中姿勢を明確にする韓国人が多い。台湾を経済的ライバルと考える空気があるうえに、「台湾の親日振りが気に食わない」といった悪感情があるからだろう。

 その象徴が、台湾海峡有事を念頭に置き韓国政府が米国に対し在韓米軍を他地域に展開しないよう求めたことだ(「異なる道を歩み始めた日韓」=2005年11月7日参照)。

 この問題を巡っても「台湾のおかげでわが国と中国との関係が悪くされるのは迷惑このうえもない」とはき捨てるように語る知識人が多い。韓国で「台湾の民主主義は尊重されるべきだ」と語る人に出くわすのはまれで、一度会ったその韓国人も「ただ、それは私の個人的意見に過ぎない。結局、台湾に関して韓国は中国の言うとおりするしかない」との注釈を付けた。

2つの「歯止め」

 中国への恐怖心。そして、米国から独立したいという願望。韓国の「反米親中」は後戻りできないよう、2つの強力な「歯止め」がかかっている。韓国の知識人が語るように「次期政権は外交政策をがらりと転換する」ことにはなりそうもない。

 では、なぜ、韓国人はそう語るのだろうか。

 それは韓国人が外交を「好き嫌い」といった情緒でとらえているからだと思われる。社会の反米ムードが薄れれば実際の政策には変化がなくても自分では政策を転換した気分になるのだろう(「韓国の情緒の研究 2007年6月4日参照)。

 でも、この点を突っ込んで聞いていくと「ムードが変わっても、実は政策は大きくは変われない」ことをなんとなく分かっている人も、いるにはいた。では、なぜ、彼らは分かっているのに「ありえないこと」を語るのだろうか。

 「米国への回帰」を物語ることで母親の懐に抱かれ安心していた昔を思い出し、新たな保護者にならんとする中国への恐怖感から目をそむけようとしているのだろうか。それとも「恐ろしい中国」に近寄り、米国の不興を買うことが確実になった以上は、「反米を止める」と語ることで少しでも米国の好意を得よう、という心情からだかろうか。

 以上は、あくまで仮説であって断言するには至らない。でも、ひとつ確実に言えることがある。それは「これからは米国と中国の狭間で微妙な立ち位置を探って行くしかない」という認識が、ようやく韓国社会に広がり始めたということだ。


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<以下は2003年までの掲載分>  

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