1942年5月31日夜から6月1日朝にかけて行われた、特殊潜航艇3隻によるシドニー湾攻撃は、戦時中で敵同士であるにもかかわらず、オーストラリア海軍が、殉職した日本兵を手厚く葬ったことで知られています。
時のシドニー港司令官、ジェラード・ミュアヘッドグールド少将の言葉です。
It must take courage of the very highest order to go out in a thing like that steel coffin ... Theirs was a courage that is not the property ... of any one nation: it is the courage shared by the brave men of our own countries as well as of the enemy ...
These men were patriots of the highest order. How many of us are really prepared to make one-thousandth of the sacrifice these men made?
作戦で命を落とした一人、松尾敬宇中佐の母は、1968年にオーストラリアを訪問し、「ヒーローズ・マザー」と大歓迎されました。2002年には、ホーク元首相が松尾中佐の墓参りもしています。攻撃では数十名のオーストラリア兵も戦死しているのに、攻撃を決行した兵士たちに対するオーストラリアの敬意には、並々ならぬものがあります。<→参考>
今回発見された潜航艇は、3隻のうち唯一攻撃後にシドニー港を脱出した1隻と見られています。搭乗していたのは、伴勝久少佐と、芦辺守少尉。23歳と24歳の若者でした。シドニー港に突入して以来行方を絶ち、64年間、誰の目に触れることもありませんでした。
なぜ伴艇が帰還しなかったのかは誰にもわかりません。一説では、沖で落ち合うはずだった母艦を守るために、あえて収容地点に向かわず(特殊潜航艇は特攻兵器ではありません)、自沈したのだとも言われています。
潜航艇発見の報を受けたキャンベル環境相は、「世界有数の港に侵入するとは、非常に勇敢かつ大胆な行動だった」と述べ、「これは沈没した潜水艦というだけではなく、日本人乗員の墓でもあるのだ」と、驚くほど迅速に現場の保存に乗り出しています。また、ネルソン国防相は、「いかなる理由があろうと現場を汚してはならない」と警告を発しています。
オーストラリアのある左派系のブログでこのニュースを取り上げ、「アボリジニの遺跡の保存にも、これくらい一生懸命取り組んで欲しいものだ」と皮肉を書いた所、一番についてきたコメントはこうでした。
「これは政治的な問題じゃない。あんな小さな潜水艦に乗って出撃するなんて、なんて勇気なんだ!」
まったく、日本人として胸の熱くなるような英雄的行為です。オーストラリアの人々の扱いにも感謝したいと思います。
では、私たち日本人も、日本海で自沈した北朝鮮の工作員たちに敬意を示すべきでしょうか?
道徳云々以前の問題で雄にはそんな風に戦って死ぬことに対する憧れや敬意を感じる遺伝子が備わっているのかも知れません。北朝鮮の兵士であろうと戦場で戦闘員同士の戦いで散ったのであるならば敬意を示してしかるべきだと思いますが、工作員の任務ってのは戦闘員のそれとは違って尊敬出来るものではないことが多いでしょうね。
北朝鮮の工作船がお台場にあった時に見に来ましたが、冥福を祈る大きな花束がいくつも供えられていましたよ。もちろんやった事は許せなくとも死者への敬意を感じる光景でした。いかなる罪を犯していたとしても死者は丁重に扱われるべきだと思ってます。
オーストラリアの人たちの戦死者に対する畏敬の念と、
今の日本の政治家・マスコミの、靖国に眠る英霊への
冷たい態度を比べて・・・
ニュアンスは違うかもしれませんが、「英雄、人を知る」という言葉を思い出しました。
当然のことながら、人間、誰ひとりとして国、時代、性別などを選んで生まれることはありません・・・たまたま戦争の時代に生まれ、精一杯生き、心ならずも戦いで命を落とした若者に、両親や肉親が「戦場で戦って散るは男の誉れですから」として、その死に意味あらしめようとするのは分かるが・・・一般論的に「戦場で戦って散るは男の誉れです」と本当にそう思えるか?彼らにもやりたいことが沢山あっただろうと思うが、時代が許さなかったのだろう・・・戦争の時代という制約の中で精一杯生きた彼らの死に「男の誉れだ」は酷すぎるか!と思える。
でも最近釈然としないんですよね。
硫黄島の戦いでもアメリカのスミス中将(?)は敬意を払ってくれたし、映画の『硫黄島の手紙』ではアメリカ人スタッフが涙を流してくれたそうで・・・。
でも、日露戦争当時、世界一くらい品行方正で賞賛されてた日本兵は、第二次世界大戦以後は世界一残虐な日本兵みたいな言われ方してます。
民族の性質って、そんなに変わるはずが無いと思うんですけど・・・。
なぜあの戦争のときだけ『残虐な日本兵』と断罪されるのか・・・。
何か成績のいい子がいじめられる最近の学校のいじめと似てるとか?
見た目に貧相な黄色いチビが品行方正で優秀で、しかも言い分にまで理があるなんて(持ち上げすぎ?)許せないとか?
東京裁判が日本をとことん貶めるためのものだったのは間違いないわけで、罪悪感を払拭するためには日本人は残虐で下劣でなきゃいけなかった?
GHQによる占領中の日本では米兵による婦女暴行は3万件に達したけど、米軍は他の国に比べれば少ないと自慢したとか・・・。3万件が少ないなら自前の慰安婦を連れて現地で事件を起こさなかった日本軍は極悪ですよね?
自決が悪いってゆーけど、凶悪な中国人やズボンを下ろしながら追いかけてくるロシア人の話を聞いてたら、自決もしますよね?
ぅああぁ・・・、愚痴モード・・・。T-T
どの国にも存在するタイプの人たちなんでしょうが、それがどれだけ「粗探し反日メディア」の格好の餌に成っているか思うとぞっとしますね。
こちらも日本側のあまりに貧弱な装備とボロ船ぶりに、当初は軽んじていた豪州人も、南極到達後は賞賛を惜しまなかったそうです。
先の大戦がらみのあれこれをもって、一国に対して好悪の念を持つ前に、些細でも色々なエピソードが語り継がれればいいですね。
>民族の性質って、そんなに変わるはずが無いと思うんですけど・・・。
日露戦争以降に日本人になったあの民族の方々がいますがな。
勝った側は過去の戦争を栄光の歴史として余裕を持って見られる。
逆に、敗北した国にとっては屈辱の歴史であり、
国家の意義を問われる大問題であり、否定せざるえない。
先の大戦で最もその存在意義が否定された国、
韓国(日本に破れ同化していた)が最も日本を感情的に非難するのは、
民族性だけの問題ではないのでしょう。
ゲリラ戦はあらゆる戦時法規、慣習を破って住民を盾にして戦うという性質上、必然的に住民を巻き添えにしてしまいます。ナポレオンの半島戦争、ベトナム戦争、現在のイラク戦争でも全て正規軍の方が残虐と非難されてますね(ゲリラ側は侵略されている側という事で国際世論が大目に見てくれます)。
儀礼上の建前と本心では被害を受けた恨みがある。
だからこそ、彼らの勇気を称える必要があると思います。意味のある人生だったと。
それに敵の勇者を称えるのは、その勇気を自国の兵士にそれを要求しているとも言えます。
それでも、相手に対し尊敬の念を持つ事や、相手にその様な気持ちをおこさせるよう努力する事が大事なんだと思います。
相手にもよるでしょうが。
オーストラリア兵の残虐っぷりは米英以上で、チャールズ・リンドバーグの日記にもいろいろと載っている。その伝統を引き継ぎ未だに人種偏見をもっているのがリベラル左翼。去年の豪の反捕鯨関係記事を思い出した。
http://meinesache.seesaa.net/article/4304052.html
http://www.tamanegiya.com/sinatyousenntotigau3-4.html
まったく何もわかっていないノーテンキな文章だね。当時すでに最終的には勝利を確信していたオーストラリアは自国の捕虜がよく扱われていない事を知っていて、戦争に勝利した時には戦争犯罪の名の下に日本人を絞首刑にしようと既に死んでしまった日本人を手厚く葬ってやったまでにんだよ。(自分たちと違って日本は残虐だった主張するためにね。)
オーストラリア人が、そのような経緯や状況を踏まえての行為であれば、素晴らしいです。この点は、やや半信半疑というか未確認ということで。。。
吐き気がする。しかもご丁寧に英語や朝鮮語の訳文付きとは。追悼というより政治的効果を狙ったプロパガンダだね。サイトの「朝鮮とは違う大和民族」ってそのまんまだな。それが言いたいだけちゃうんかと。逆効果でテロリスト賛美にしか受け取られませんってw曽野綾子ってとんだ勘違い売名作家だったんだね。
>まったく何もわかっていないノーテンキな文章だね。当時す
>でに最終的には勝利を確信していたオーストラリアは自国の
>捕虜がよく扱われていない事を知っていて、戦争に勝利した
>時には戦争犯罪の名の下に日本人を絞首刑にしようと既に死
>んでしまった日本人を手厚く葬ってやったまでにんだよ。
>(自分たちと違って日本は残虐だった主張するためにね。)
同じ調子で、戦後長々とオーストラリア人が敬意を表しつづけて、今回も丁重な扱いをしている動機を述べよ。
牛肉のため、とでも言うかね?
俺はあんたを軽蔑する。
とはいえ、先の大戦の日本人戦没者への丁重な扱いには感謝しています。
また、イラクでの陸自の援助や北鮮への経済制裁の協力と、彼等とは安全保障上の取り決めを結んでみては?と思います。
・・・インドネシアが嫌がるでしょうけどね。
北鮮工作員に花を手向ける奴はもれなく在日かシンパというシンプルな思い込みはどうかと思うよ、という指摘をしたかっただけなんだけど。
花を供えたのは死者に対する供養。それ以上でもそれ以下でもないでしょ。
日々食事に困らず、農作業をするでもなく、ただ経済活動と言われる事をして、生きて来た私には、自然と涙が溢れました。理屈は関係無いです。 先人とそのご家族の歴史に対して、又 今回のオーストリア国家の対応に対して敬意を表します。
全く同感です。浜の真砂の数ほど寄せては消えるニュースの中から、読者を惹きつけるトッピックを拾い出して解説するのは本当に至難の技です。それも隔日ペースで。
僕の考えは、この時期は、太平洋戦争の初期で、まだ日豪英等の将校クラスには騎士精神(侍精神=惻隠の情)の発露を促す余裕が残っていたように思います。日本海軍の工藤艦長が撃沈した英艦艇乗組員422名を救助したエピソード等もありますから。それにしても、正当な教育を受けた昔のエリート将校は、武勲となりうる行いまでも家族にさえ話さず墓場まで持っていってしまうんですね。他にも居られそうです。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h18/jog458.html
さて、下記の豪のサイトによれば(攻撃してきた敵に)そこまで礼を尽くして葬る必要があるのかと多くの市民が批判したようですが、潜航艇乗組員の勇敢さを讃えて礼を尽くして弔った。同時に敵国の勇士に尊敬の念を抱く事により、捕虜となっている多くの自国の兵士の環境も改善されることを願った。ようです。
http://www.ww2australia.gov.au/underattack/sydharbour.html
"The admiral’s decision to accord the enemy a military funeral was criticised by many Australians but he defended his decision to honour the submariners’ bravery. He also hoped that showing respect for the dead men might help to improve the conditions of the many Australians in Japanese prisoner of war camps."
http://www.ww2australia.gov.au/underattack/index.html#mother
松尾敬宇中佐の母堂がその場で詠まれた詩(うた)が、丁寧な英訳と共に載っていました。(感涙)
「君が為 散れと育てし 花なれど 嵐の跡の 庭の寂しけれ(靖国の やしろに友と 睦むとも 折々かえれ 母が夢路に)」
I nurtured my son just as I grew precious flowers So that he could dedicate himself to the Emperor.
Now that the storm has passed And all the cherry blossoms have blown away, The garden looks very deserted.
帰国後、あるテレビ局が出演を依頼してきた。「オーストラリアでは、大変な歓迎だったそうですね。テレビに出て下さい。ただ、何を喋っても結構ですが最後は"戦争は嫌だ"で結んで下さい」と頼んだが、まつ枝さんはきっぱりと断った。
「戦争が好きな者はいません。
しかし無理難題を吹きかけられれば、やりたくない戦争をやらねばならない場合があります。だから"戦争は嫌だ"という言葉は言いたくありません」と。
これこそ、Japanese Great Motherの鑑ではないか。それにしてもこのTV局のディレクターの何と浅薄な事よ。
上の経緯をもう少し読みたい方は下記のブログの一番下へスクロール。
思い出した。これって十分政治的要素を含んでる模様。来月、日豪首脳会談+EPA締結交渉があるんだよねぇ。 それに向けて、日本から有利な譲歩を引き出そうっていうアレかと・・・。
http://diarynote.jp/d/43053/20040913.html
カンタスだけは乗りたくないな。
先の対戦中の帝国海軍の潜航艇乗組員の勇敢な行為と北朝鮮工作員の行為を比べる事自体間違っています。
1)前者は戦争中の敵対国の海軍艦艇及び施設に対しての正当かつ勇猛果敢な戦闘行為であるのに対し、
2)後者は何ら戦闘状態にない他国を領海侵犯の上、海上保安庁巡視船の停止命令を無視し、更には火気による攻撃をした為に逆に正当防衛で攻撃されたケースで何ら正当性なし。
更に言うなら、領海侵犯の目的が違法なドラッグや覚醒剤などの持込でしたので比較などしようがありません。
しかしながら、彼らも例え独裁政権国家とは申せ、母国の為に身命を賭して働いていた点は愛国者で、命を落とせば鎮魂に値します。そう考えて曽野綾子さんも花を手向けたのだと思います。ですから「敬意」とは異なりますが、当然彼らの御霊安かれと祈った見学者も少なからずいたでしょう。
甘いと思われようとそれが日本人の霊性だと思うのです。罪を憎んで人を憎まず。死者に鞭打つ所業を成せば、自分が憎悪している何処かの国のやり方と同じになってしまいませんか。
>だからこそ、彼らの勇気を称える必要があると思います。
ご指名のようですので、レスさせていただきます。このエントリーは世界有数の軍港に侵入し、敵艦隊の撃沈という至難の作戦を沈着冷静に遂行し、その戦死には敵将をして畏敬の念を抱かせたという、「かくの如き日本人ありき」の紹介だと思います。昨日の首相出席での教育再生会議のいじめに対する緊急提言に象徴されるように、現代日本は子供すら満足に育てられない実に腑抜けな精神風土に立ち至ったと思っています。そのような現代日本人の一人として「彼らの勇気を称える」ことには恥ずかしさでたじろいでしまう・・・かって「かくの如き日本人ありき」の想いを強くするのが精一杯が実情・・・
手元にはいつも「佐久間艇長の遺書(TBSブリタニカ)を置いてあるが、かっての日本人の精神性に想いを馳せるとき、軽々に彼らを語れないのが実情・・・何で日本人はこれほどまでに腑抜けになったのか?と!!!!
http://www.asahi-net.or.jp/~un3k-mn/navy-rokugo.htm
>意味のある人生だったと。
そう言ったら、「お前たちに何がわかるか!」と返ってきそうですね・・・
>それに敵の勇者を称えるのは、その勇気を自国の兵士にそれを要求しているとも言えます
自国の兵士に要求して身につくものもあれば、要求しても所詮無理というのもあるのでしょう・・・
「情けは人の為ならず」
もちろん、全ての場合がそうだったとは言いませんが。
今でも、日本を憎んでいるオーストラリア人の元軍人はいますが、お互いの置かれた境遇を理解し、靖国に参拝する方も少なくありません。
軍人じゃないとわからないのか?
素直に嬉しくもあるけれど、これは「海軍」という掟や技を共有する専門家同士の共感や尊敬の要素が多分にあると思いますね。戦場では正に殺し合う当人同士だとしても、敵味方を離れた一種の仲間意識や互いの技量や根性に対しての敬意があるのではないでしょうか。
そう考えると元海軍軍人が真っ先に敬意を表わすのは自然です。一方、オーストラリア人一般での多数派の意見とは安易に思わない方が良いです。まぁ欧米人は「勇敢さ」という徳に対して敏感ですけどね。
だから何? それが捕虜虐待に対する『免罪符』になるとでも。
おヤクザさんが抗争の末に拳銃自殺という方が正確に当てはまると思いますよ。
まあ日本人にとっては、人の死は虚無感を伴うものですからね。
911テロの後、彼女の意見は日本のNHKに該当するNPR(ラジオ)で何度も取り上げられており、アメリカ人の中には「カミカゼは洗脳されたただの自殺行為」という理解が広がりつつあるようです。
ラジオの放送を聴きましたが、キリスト教徒であったという特攻隊員の日記の分析から「キリスト教徒は宗教上の理由から自殺の選択肢は無い。特攻という自殺の道を選んだのは政府に洗脳されていたという証拠」という結論。
総特攻隊員数に占めるキリスト教徒者数等の、基礎情報は全く提示せず結論つけておられました。 また一般論としてキリスト教徒と自殺の関係は正しいかも知れませんが、彼女の引用は余りに稚拙。
一般的なアメリカ人にとり、東洋という物は相変わらず理解出来ない部分が沢山ある、それと同時に「労を要して本当に正しく理解する程の興味の無い所」
アメリカ人にとり「カミカゼ」等は深く考えないと本当に理解出来ない現象の一つだと思います。 ただ、よく吟味し深く考えてみると、アメリカ人でも十分理解出来る物。 日本は諸外国と比べ「カミカゼ」のような形で表現される集団の為の自己犠牲精神が旺盛なだけ。
そこへ「あれは洗脳による単なる自殺です」という、外国人にとり分かりやすい暴論を提示する、学者と名乗る日本人が現れると外国人の中には「あ、それは分かり易い。 日本人が言ってるのだから本当だろう」と鵜呑みにする人が沢山出て来ても不思議で無いと思います。
大貫恵美子女子、再度NPRに出演されるのはかまいませんが、日本人が聴いていないと思い稚拙な暴論を振り回すのは簡便して貰いたい物です。
http://www.reuters.com/article/worldNews/idUSSYD17843120070522?feedType=RSS
伴少佐と芦辺少尉のご遺体が、潜水艦の中にそのまま残っている可能性が高いそうです。脱出したとすれば使用したであろうハシゴが、そのまま艦についているので。
コスト上、艦の引き上げは難しいようですが、ご遺体だけでもお帰りいただくことはできないでしょうか。合掌。