SPECIAL 2004
2004年12月 51号 掲載
第2部の3段目「天神の森」左から豊竹新大夫さん、竹本津駒大夫さん、野澤喜一朗さん、豊澤龍聿さん |
近松門左衛門の名作2編を素浄瑠璃で上演
通常人形を使用した『人形浄瑠璃』を公演する文楽座であるが、今回は浄瑠璃発生の原点、語り部と三味線のみで情景を再現する『素浄瑠璃』を披露。
その独特の声色で表現される各登場人物や背景、隙がなく凛とした舞台や衣装は、日本の古典芸能の完成度とすばらしさを伝えるのに十分なものであったといえる。
また、日頃英単語混じりで語彙も乏しくなりがちな国外生活を送る者にとり、日本語、殊に古語表現の語感と響きの美しさを再認識する機会となった。
上演されたのは海外公演が最も多く、評価の高い近松門左衛門の2編。平家物語が元となった時代物(*1)『平家女護島』の全5段中の2段目『鬼界ヶ島』(*2)と、世話物(*3)の代表『曽根崎心中』で、第1部は切語り(*4)の重鎮、豊竹十九大夫氏と5代・豊澤富助氏の三味線による1時間以上に及ぶ休憩なしの長編だ。
第2部は2組の太夫と三味線による全3段。最終の3段目は2人の太夫と2本の三味線による迫力の協演で締めくくられた。
英語字幕でカナダ人も感動の全編
上演前には輪廻転生を根底にした日本独自の文化である『心中』などについての補足説明も行われた。
日本では生活レベルに仏教的考えや要素が多く含まれ、心中も悲願恋愛の果てに輪廻転生の観点から起こるもの。
『曽根崎心中』のお初を見ている限り、けして惨めな死ではなく、女性にとっては喜びでさえあったかもしれないと思わせる。また、近松門左衛門については「日本のシェークスピア」と紹介された。
カナダ東側では相対的にカナダ人客が多かったという公演だが、ここバンクーバーではアジア系移民も日系人口も多く、見渡した感では8割以上が日系を中心としたアジア人客。
また、パンフレットや字幕が英語であるため、むしろ英語を理解する者の方が物語を隅々まで楽しんだ様子で、プログラム第1部『鬼界ヶ島』終了後には口々に「グレイト・ストーリー!」などの賞賛の声が上がり、全編終了後には満場のスタンディング・オべーションとなって幕を閉じた。
〜〜〜上演演目〜〜〜
第1部 『鬼界ヶ島』 太夫=豊竹十九大夫、三味線=豊澤富助
第2部 『曽根崎心中』
・生玉社前の段 太夫=豊竹新大夫、三味線=野澤喜一朗
・天満屋の段 太夫=竹本津駒大夫、三味線=豊澤龍聿
・天神の森の段 太夫=竹本津駒大夫、豊竹新大夫
三味線=野澤喜一朗、豊澤龍聿
≪文中注釈≫
*1『時代物』=江戸以前の宮中や武将の事件を題材にした浄瑠璃。
*2『鬼界ヶ島』=全5段のうちのこの2段目のみ上演されることが多い。
主人公の名から、別名を俊寛(しゅんかん)という。
*3『世話物』=時代物に対し、世話物は庶民の生活を描いたもので、やはり事件などをモチーフとしたもの。
*4『切語り』=浄瑠璃の段を口・中・切とわけた際の最も重要な「切」を語る太夫をいう。格が高い太夫が受け持つ。
≪文楽座公演案内≫
関連公式HP:
http://www.ntj.jac.go.jp/
太夫の豊竹十九大夫さん |
三味線の豊澤富助さん |
太夫・豊竹十九大夫氏、三味線・豊澤富助氏に独占インタビュー
文楽義太夫バンクーバー演奏会直前の慌ただしい時間にも関わらず、『鬼界ヶ島』を上演する太夫の豊竹十九大夫氏、三味線の豊澤富助氏のおふたりが本紙の取材を快諾。
義太夫節と浄瑠璃の基本を伺った。
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――今回は人形を使った浄瑠璃ではなく、素浄瑠璃とのことですが。三味線と・・・
十九「『語り』と言います」
―― 唄のようなものですか
富助「物語を語って聞かせていきます。1時間半くらい延々と話が続く。先日『忠臣蔵』
をやったのですが、長いからって少しカットして、それでも朝10時半から夜9時までかかった。唄では無理ですよね(笑)」
―― おひとりの太夫さんがおやりになったのですか
富助「いえいえ(笑)。文楽座全員でやりました。日本の古典芸能には『唄物』と『語り物』があって。
唄物には長唄とか地唄とか。語り物は清元・常磐津・義太夫と分かれます。語り物のことを『浄瑠璃』と言います」
―― その語られる物語はやはり伝統的なものでしょうか
富助「江戸時代からある伝統的なものをそのまま。ただ、音楽的には昔はもっと単純だったようですが、装飾音が加えられたりしています」
―― 物語は恋愛悲話的なもの、心中ものが多いのですか
富助「義太夫節には『世話物』『時代物』というのがあって、世話物は庶民、長屋のおじさん・おばさんや若い人たちなどのお話。だから心中は世話物です。
時代物は武家・公家・宮中などのお話で、当時庶民が窺い知れなかったことで、忠臣蔵のような歴史的な悲劇とかを『こういうことがあったよ!』と世間に伝えるもの」
―― 今日はどちらのお話を上演されますか
十九「1部の『鬼界ヶ島』が時代物で、2部の『曽根崎心中』が世話物になります」
―― 今まで海外公演はどれくらいおやりになっていますか
十九「ここ10年くらいに7〜8カ国ほど行っていますかね」
富助「今回は11月30日にカナダ入りしてトロント・オタワ・モントリオールとここの4回公演。
もっと回りたいのですけどね。日本での公演数が非常に多くて」
十九「(12月は)お正月の定期公演の稽古で忙しい」
富助「実は今も東京公演の最中なのですが、休んで来ています(笑)」
―― 十九大夫さんのおじい様は新内の師匠だったとか
十九「そうらしいですが、祖父のことはよく知らないのです。父はサラリーマンで、私はアマチュアで習っていた義太夫節の趣味が昂じてプロになった」
―― 古典芸能は世襲のイメージがありますが(*5)
十九「他の芸能では多いですね。うちの場合も代々おやりになっている方もいますが。私の場合、文楽は世襲でなくとも自分である程度勉強すればいける、と聞いたので入ったのです。
19歳で入門したので師匠からこの名前をいただきました」
―― 何かきっかけがあったのでしょうか
十九「戦後はまだ町のお師匠さんっていうのがいまして、ちょっと習ってみよかって始めたらはまってしまった。
奥が深いのでなかなか習得できないもので」
―― 舞台上にも一応台本を置いてありますが
十九「たまにクラクラしたりするんですよ。そういうときにちょっと見るくらいで、そのまま読んでいるわけじゃない(笑)。
目線は本にいっていますけど」
―― 富助さんとご一緒してどのくらいになりますか
十九「若い頃から弾いてくれて、2年程前からは相三味線(*6)としてずっと一緒にやっています。
お互いそうだと思いますが、相手が変わるとやはり間とかが違いますからね」
―― 富助さんの『5代』というのは
富助「師匠から名前をいただいて、師匠候補となったときに先輩の名前を継ぐんです。
僕は最初野澤勝司といっていたのですが、父親(歌舞伎の故豊澤瑩緑氏)の希望で入門時に『ゆくゆくは豊澤姓に』という約束を師匠としてまして。
その後父親が急に肝臓を患い、先が長くないかもしれないと急遽5代豊澤富助を襲名したのです」
―― その後お父様は・・・
富助「すぐ回復しちゃって(笑)。『しまった!』って思いました(笑)」
―― お父様も三味線をおやりになっていた
富助「もともと文楽で修行をしていたのですが、諸事情で歌舞伎の義太夫へ転向しました。
歌舞伎義太夫は役者に合わせて義太夫節を崩していくので我々としては不本意ですが。
父が最後の豊澤姓だったので、どうしても僕に継がせたかったらしい」
―― 富助さんは数多く海外公演に行かれていますが、各国での反応は
富助「オペラが好きなひとは皆さん、喜んでくれます。
また、オペラ好きの方は事前に物語の勉強をしてくる。日本人でも勉強してからじゃないと全然わからない(笑)」
―― 過去にカナダ公演は
十九「私は十何年前にオタワへ1日だけ。そのときは人形浄瑠璃でしたね」
富助「私は初めて。東側はマイナス10℃とかで冷凍庫の中を歩いているようでした(笑)」
―― カナダ人の反響はいかがでしたか
富助「やはりヨーロッパ系の方は非常に理解が深くて、トロントではスタンディング・オべーションをいただきました。
わかってもらえてよかった。モントリオールは歴史の街だけあり、集中して聴かれるので緊張しましたね。ただ、オタワは政治の街なので関心が今ひとつ」
―― 義太夫節は男性社会なのでしょうか
富助「女性で別にやっている方はいますが、この中では音階が合わないのと、メインの語り部分はすごく低い音になるために物理的に難しいですね。
女性だからということではありません」
―― 三味線のお師匠さんは女性のイメージがありますけど
富助「それは清元とか長唄で、三味線の種類が違います。義太夫節の三味線は力がいるの で爪が割れたり、指が変形したり。
十九大夫さん得意の時代物なんかは、パパパパパン!って(激しく弾く真似をする)感じで(笑)。これは女性には無理だと」
―― 基本的に1対1での上演ですか
富助「そうですが、景事(*7)などでは5対5くらいでやったりもします」
―― 最後に、まったく浄瑠璃を知らないひとへ上手な楽しみ方を
富助「物語を把握してから観ると、すごくよくわかる。同情できたり。日本ではよく泣いている人がいますよ。ぜひ勉強してから来てみてください」
(取材 藍智子)
≪文中注釈≫
*5『世襲』=義太夫に世襲制はない。現在文楽座では後継者育成のために2年に1度、研修生を募っている。
*6『相三味線』=固定した太夫と対で演奏する息の合った三味線弾き
*7『景事』=舞踏的要素の強い、曲節主体に語る部分