◇夜の急患、開業医へ誘導/患者重視、詳しい領収書
厚生労働省は2年に1度見直す診療報酬の個別項目について、08年度の改定方針をまとめた。勤務医の過酷な状況が進む中、効果は限定的ではあるが、初めて診療報酬面で医師不足対策に乗り出す。大病院に詳細な領収書の発行を義務付けるなど、医療を受ける側を重視している点も特徴だ。かつて診療報酬改定は、医師ら医療を提供する側だけの関心事だった。しかし、医療費の自己負担が3割となった03年度以降、報酬を手厚く配分する分野は患者の負担増に直結するようになっており、今や私たちの暮らしと切り離せない政策に変わっている。【吉田啓志】
■勤務医の負担軽減策
厚労省は、地域の診療所が夜開いていないために夜間の急患が大病院に押しかけ、勤務医が疲弊していると判断。午後6~8時に診療をする診療所の報酬を手厚くし、開業医に時間外診療を促す。夜の患者を診療所に誘導するのが狙いだ。代わりに診療所の初・再診料は引き下げる。医師不足が顕著な産科は、リスクの高い妊産婦の診療への報酬を厚くする。医師を事務作業から解放するために事務職員を配置すれば、報酬を上乗せする。
■心の問題への対応
自殺予防の観点から、うつ病など精神障害を疑われる患者を診た内科医らが、患者の同意を取り付けて精神科医に紹介をすれば、報酬を加算する。精神科医が自殺未遂者の外傷を診る救急医療をした時にも上乗せする。精神障害のある20歳未満の患者への治療は時間を要するため、診察が一定時間を超えたケースなどへの加算措置を設ける。
■後発医薬品の普及
処方せんには「後発医薬品への変更可」と記された医師の署名欄があり、ここに医師の署名がない限り、薬剤師は新薬を出さないといけない。そこでこの欄を「後発医薬品への変更不可」へと変え、署名がなければ、医師が新薬を処方するよう求めていても薬剤師は後発薬を出せるようにする。医師の指定銘柄の後発薬が在庫にない場合、患者の同意があれば、薬剤師は医師に相談せずに別銘柄の後発薬を調剤できるようにする。
■分かりやすい医療
400床以上の医療機関(376病院)については、患者の求めがあれば、個別の報酬点数(1点10円)を明記した診療報酬明細書(レセプト)並みに詳細な領収書の発行を義務付ける。患者からの実費徴収は認める。
■入院医療の見直し
患者7人に看護師1人(7対1)を満たす病院の収入を一律増としている現行制度を廃止し、がんの化学治療に取り組むなど「看護必要度」の高い医療機関でなければ加算を認めない。7対1は手厚い看護による入院日数短縮を狙った前回改定の目玉だったが、収入増を狙う大病院が大量の看護師を抱え込むなどの問題を引き起こした。
■リハビリに成果主義
脳卒中などでリハビリを受ける人が入院している「回復期リハビリ病棟」(約3万6000床)への診療報酬を、病状の改善度合いに応じて加減する。病棟ごとに患者の入院時と退院時の状態を比較し、改善度合いのよい人がどれだけいるかで報酬に差をつける。
■後期高齢者医療制度
75歳以上の医療に独自の報酬体系を整備。外来患者を診る主治医の報酬は初診料を引き上げる一方、再診料を下げる。高齢者の場合、初診時には過去の受診歴などを詳しく聞く必要がある半面、2回目以降は経過観察が中心になるため。年間診療計画を策定し、患者の心身面を総合的に診療することなどを包括的に評価する制度もつくる。
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■ことば
◇診療報酬
治療、調剤など個別の医療行為ごとに点数(1点10円)化されている公定価格。公的医療保険から医療機関に支払われる。政府は点数を差配して目指す医療政策を実現しようとするが、例えば産科医の待遇改善のため産科の報酬を加算しても、報酬を受け取るのは医療機関の経営者で、現場の医師の収入を増やすかどうかは経営判断に委ねられる。政府は介入できず、政策誘導の手段としてはおのずと限界もある。
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◆厚生労働省の08年度診療報酬に関する個別改定方針◆
(1)病院勤務医の負担軽減策
・産科、小児科の報酬を加算。診療所の夜間開業を評価
(2)患者に分かりやすく、生活の質を高める医療
・大病院にレセプト並みの詳細な領収書発行を義務付け
・質の高い化学療法によるがん患者の退院・外来化を進めることを評価
(3)医療機能の分化・連携を推進
・7対1看護配置基準達成病院への加算を限定
(4)重点領域の評価
・がん、脳卒中対策を評価
・うつ病患者を精神科に紹介した内科医らに加算
(5)効率化
・処方せんに「後発医薬品への変更不可」と考える医師のみ署名する欄を設ける
・開業医の初・再診料引き下げ
・リハビリ病棟は、患者の回復度合いに応じ報酬を増減
(6)後期高齢者医療制度
・主治医の初診料を引き上げ、再診料を引き下げる
毎日新聞 2007年11月25日 東京朝刊