新小児科医のつぶやき

2007-11-12 診療報酬削減3.6%の破壊力

財務省診療報酬削減を決定したのは各種のニュースで報じられています。削減率が最終的に幾らになるかはこれからですが、財務省が示している数字は3.6%です。ここで診療報酬という語感は医師の直接の収入のニュアンスが漂いますが、もちろんそうではなく医療行為に対する定価の事です。つまり診療報酬削減とは医療定価の値下げと同じ言葉になります。

今回の医療定価値下げ理由として引っ張りされてきたのが、開業医の収入が高いです。開業医の給与が高すぎるからこれを削ったら医療費が下がるの財務省の主張です。ほとんど殺し文句に近い「医者の儲けすぎ」を強硬に財務省は主張しています。この主張は一般受けが非常に良く、極論すれば開業医以外は誰もが賛成の主張になります。

開業医の儲けすぎの根拠として医療経済実態調査を財務省は引用しています。大部のデータなのですべてに目を通せているわけではありませんが、開業医の収支差が有床診療所で237万円、無床診療所で227万もあるのは儲けすぎとしています。収支差が月収でないのは言うまでもありませんし、日医も収支差について反論を行っています。日医の反論に対する財務省の反論が、財務省資料の47ページあります。



表の中の財務省反論部分を抜粋します。

  1. 税金

      病院勤務医の給料月額も税引き前であり、比較上、税金を差し引く必要はないのではないか。

  2. 借金返済

      借金返済(元本)は借入金の見合いであり、借入金を収支に入れない以上、借金返済も収支に入れないのが当然。

  3. 退職金相当部分

    • 従業員の退職金については、前年実績の1/12を既に費用として計上している。
    • 開業医は、他の自営業者同様、定年がなく、退職金相当は可処分所得の中での選択枝の問題。

  4. 設備投資・積立金

      仮に設備等について現存物の価値以上の改善を行うとしても、将来的には減価償却費として費用計上される事に留意。

税金部分については財務省の主張はわからないでもありませんが、その他の主張については、経営者としてプルプル震えるぐらいの怒りがこみ上げます。それでも本当に平均227万円も収支差が正規分布であればまだしもなんですが、収支差の分布なるものが医療経済実態調査180ページにあります。グラフに組みなおしたのを前に作りましたので再掲します。



この分布で、統計データを平均でのみ語ることの無知を笑います。この分布で平均値を振り回すことの無意味さは、ほんの少しでも統計を知っている人間なら噴飯物の所業です。この分布のまま定価(診療報酬)を下げられればどうなるかです。

診療報酬を3.6%下げても、医師の取り分も3.6%しか減らないと直感的に思う方々は多いと思います。しかし収支差の言葉どおり、医業収入と医業支出の差であり、医療定価が下がれば、医業収入のみ下がります。医業支出については殆んど変わらないと考えて良いかと思います。医業収入が減ったからといって、従業員の人件費を下げれば、看護師以下が逃げ出します。とくに看護師は完全な売り手市場であり、確実に定期昇給が必要です。

医療経済実態調査の146ページに無床診療所の収支差があげられています。ここで全体の収支差のうち医業収入部分を見ると、

  • 保険診療収入:7177776円
  • 公害等診療収入:79264円
  • その他の診療収入:240723円
  • その他の医業収入:166321円

この数字自体が相当トンデモなのはさておき、合計で7664084円になります。診療報酬3.6%削減に関係するのは、保険診療収入と公害等診療収入になります。ここが3.6%づつ減れば、

  • 保険診療収入:6919376円
  • 公害等診療収入:76410円
  • その他の診療収入:240723円
  • その他の医業収入:166321円

3.6%削減後の医業収入は合計で7402830円です。一方で医療支出の5690590円は殆んど変わらないと考えられるため収支差は、

  • 3.6%削減前:1973494円
  • 3.6%削減後:1712240円

そうなると収支差の削減率は、13.8%になります。あくまでも単純計算ですが、医療定価を3.6%削減すれば、収支差はその3.8倍も減少します。さらにこれは消費税同様に逆進性が高いものと考えられます。たとえばどうやったらあんなに収支差が出るかわらないのですが、月額で1000万以上の収支差を叩き出す怪物診療所があります。あくまでも仮にですが、そこの収支構造が

  • 医業収入:2000万円
  • 医業支出:1000万円

ここで医療定価がもろに医業収入から3.6%減っても医業収入は1928万円です。収支差は1000万円から、928万円に減少しますが、減少率は7.2%になります。逆に収支差が100万円程度のモデルを考えると、

  • 医業収入:400万円
  • 医業支出:300万円

3.6%の削減で医療収入は385.6万円なり、収支差は100万円から85.6万円に減り、減少率は14.6%になります。収支差が小さいところほど診療報酬削減の影響は大きくなります。

もう一度グラフを見て欲しいのですが、収支差の分布は低いところに固まっており、

  1. 赤字診療所が136件、約13%ある。
  2. 平均収支差50万円以下の診療所が283件、約27%ある。
  3. 平均収支差100万円以下の診療所が454件、約43%ある。
  4. 平均収支差200万円以下の診療所が658件、約65%ある。

現在でも赤字の約13%に診療所の赤字は更に拡大し、収支差が50万以下の診療所の赤字化も必至で、これを合わせると約27%の診療所が赤字に転落します。収支差100万円未満の診療所も50%以上を占めるのはほぼ確実です。

たしかに平均では237万円が200万円程度に減るだけかもしれませんが、収支差の小さい多数派の診療所は苦しいどころか、全体の1/4以上が経営危機から破産の道を歩ませられる事になります。うちだって破産の危機は十分あります。全体の1/4以上が破産の危機に瀕するような料金改定を「医者の儲けすぎの是正」と呼ばれても切実に困るのが実感です。

__ 2007/11/12 07:54 全国の大型書店の9割以上で売られているであろう「スタバではグランデを買え」という本に小児医療無料化の問題点が指摘されていました

InoueInoue 2007/11/12 09:16 対抗手段として、医療費削減に抗議する診療所は、自分の所のホームページおよび診療所の入り口に、決算データを張り出したらいかがですか?

とおりすがるとおりすがる 2007/11/12 09:32 それにしても、日医総研の反論のグラフも要領が悪いというか何というか・・・。世の中Y軸が0からはじまらない、大げさに見えるグラフが多用されたりして、それこそ統計のマジックを最大限に利用される中で、可処分所得が実際の割合より多く見えるグラフを見せて反論するなんて、わざわざグラフを自分に都合が悪いように改変して反論しているわけで、要領悪すぎです。

MRROMMRROM 2007/11/12 09:40 石給与が高いって?ふううん。。
 じゃ キャノンのお手洗いは高くないのか? どうやって評価するの?
  木っ端役人の知ったことか!!て一喝しれみろや ニチイの腰抜けが!
   もれは同窓会でリーマンが、医者はいいなあ、、つうのを
おまえらな、24時間高速だ、3倍もらってあたりまえだ、
でミスったら逮捕だ、それでもやるか?
 といってやる

元ライダー元ライダー 2007/11/12 10:34 私も財務省の反論を見たとき怒りに震えましたね。
財務省の反論への反論
1.病院勤務医の給料月額も税引き前であり、比較上、税金を差し引く必要はないのではないか。

開業医がリッチだと批判するなら可処分所得で比較するべき、だから差し引いている。
複雑な税体系のため、可処分所得でなければ比較できない。

一例を上げれば累進課税のおかげで収入差以上に可処分所得差は小さい。
同じ業種でも
年収3000万なら税引き後手取り1800万
年収1500万なら税引き後手取り1200万
収入は2倍あっても手取りは1.5倍
※数字は正確ではありませんが「年収差>>可処分所得差」は確かです。

2.借金返済(元本)は借入金の見合いであり、借入金を収支に入れない以上、借金返済も収支に入れないのが当然。

それは財務省が勝手に決めた税制上の話。
借金ゼロで開業できるならよいが、そうではない。

たとえば月々借金返済50万、リース(賃借料)50万の経費がかかったとしても、経費となるのはリース料のみ。
仮にすべてリースで開業(借金ゼロで開業)し、リース料100万としてしまえばすべて経費になる。
しかし、リースにはできないものがあるから(ビル診なら保証金など)借金しなければならない。仮に保証金がリースにできれば経費(実際にはできないが)で、借金なら経費にならないというのは、税制のほうが矛盾している。そんなことだから可処分所得でなければ比較できない!税制の不備を棚に挙げて反論するな!

3.従業員の退職金については、前年実績の1/12を既に費用として計上している。開業医は、他の自営業者同様、定年がなく、退職金相当は可処分所得の中での選択枝の問題。

退職金相当は可処分所得の中での選択枝の問題というなら、生涯可処分所得で比較したらどうか。退職金を数千万もらう公務員と比較してみろ!

4.仮に設備等について現存物の価値以上の改善を行うとしても、将来的には減価償却費として費用計上される事に留意。

留意との表現は弱気だね。減価償却を100%認めないくせにね。
仮に400万で電子カルテを導入して、1年で100%減価償却できたとしよう。
その年の税金が400万円安くなる訳ではない。収支差が400万少なくみなされるだけ。
負担が軽くなるのは400万にかかる税金だけだ。
減価償却で設備投資費用負担がゼロになるような言い回しはズルイなあ。

審議会の人選おかしいんじゃないの、税金に関しては所詮サラリーマンの御用学者よりも中小企業のオッチャンのほうがよっぽど『有識者』だよ。

書いているうちに、ますます腹が立ってきた。

R・Y・UR・Y・U 2007/11/12 11:11 「自動車産業の経営者の給与は著しく高い。よって(自動車産業の)法人税は引き上げの余地がある」とはいってくれませんよね、お役人様。

PrimoPrimo 2007/11/12 11:38 勤務医は労働基準を知らんぷりして24時間働かせたい。
開業医は時間外診療を増えさせて、かかりつけ医としての在宅医療に囲い込んで誘導したいが、時間外専門の診療所は認めない。
しかし今回の診療報酬削減を見れば いかに時間外、在宅医療に誘導しようとしてもよっぽどの加算料を認めないと無理だと思いますよ。開業医の再診料も下げるそうですね。医師の診療技術料も諸外国と比べ異常に廉価に設定して とにかく大人数を診療せよと言いたいのでしょう。
校医をやって運動会やら海水浴に同伴するのも 24時間救急に備えるのも殆どボランティアです。ボランティア活動が可能なのは時間的、経済的に余裕があればこそです。勤務医にも開業医にもそんな余裕はもはやありません。

僻地外科医僻地外科医 2007/11/12 13:00  厚労省(というか、財務省)の狙いとしては開業医を出来るだけ潰して、借金返済目的で勤務医に吸収する・・・ですから、この形は当然あり得るかと。借金返済名目なら安く雇えるかも知れないという計算もあるでしょう。

 在総診とかかかりつけ医なんてしょせん言い訳でつけたゴミ算定ですよ。
 で、潰れるのが嫌で医師会ごと自由診療に移行してしまえば自分の手を汚さずに自由(混合)診療を実施出来るわけですから、それはそれで美味しいと。

僻地外科医僻地外科医 2007/11/12 13:06  でも、自由診療に移行したとき、救急診療はどうなるのかな?
 救急やるインセンティヴは皆無に近くなるわけですから、確実に滅びますね。
 あと、公立病院はそれでも保険診療を維持しようとするかも知れませんね。あるいは価格設定も高くできないだろうし。
 となるとますます民間病院への医師の移動インセンティヴが高まり、地域医療はほぼ確実に壊滅しますね。

rijinrijin 2007/11/12 13:08 現状認識が片寄っているからでしょうか、地方で診療所が不足しているが故に入院機能の充実ができずにいることが分かっていません。

 これ以上、診療所が不足すれば、文字通り地域医療にトドメが刺されます。厚労省と財務省は結果責任を問われるべきで、そのためには発言者の氏名が公表される必要があります。

 また、ことはまもなくあると言われる総選挙をも直撃します。自民党が与党に留まっても留まらなくても、この発言者たる官僚は落選した地方出身議員の恨みを一身に集めることになるでしょう。

InoueInoue 2007/11/12 13:27 >ボランティア活動が可能なのは時間的、経済的に余裕があれば
 同じことを弁護士が書いてました。世間で弁護士の仕事とされているものの中には、相当程度、タダか、昼飯代程度しか出ないようなものがある。このまま弁護士の競争が激化して、収入が減ってくるとそれらはできなくなる。
 結局、それなりの手間賃を払う必要が出てくるが、それでいいのか?

IkegamiIkegami 2007/11/12 14:09 企業会計的にいうと、借入金の返済やテナントとしての保証金は収支と無関係です。支払利息や資金借入のための保証料は経費。
あと、個人の可処分所得という点では、収入が2000万円を超えるあたりから、健康保険の負担が増えないという問題もあります。→第47級(1,210,000円)が最高

YosyanYosyan 2007/11/12 14:22 Ikegami様

会計の見方、考え方は少しは知っていますから、財務省の言い分にも三分の理があることは理解しています。問題は給与所得者の勤務医の給料と、経営者である開業医の収支差を同じようなものと強引に丸め込んで比較する手法です。土俵が違うのですから、単純比較は無理であるにも関わらず、それをもって論じる態度に碇が震えるのです。

studiesstudies 2007/11/12 14:25 すみません。教えてください。今回の医療費削減にはあまり関係ありません。
今まで、「勤務医の給与については(勤務状況を考慮すると)あり得ないほど低い場合が多い。しかし、開業医はそれなりの収入がある。」というのが現場の実情だと考えていました。これは事実誤認でしょうか?もちろん、収入が多いことを問題視するつもりはありません(専門職ですし、リスクも大きいですし、他にも色々と理由はあるでしょう。私は収入が多くてもやる気になれません)。
実感や体験談で言えば、近所の医師を見る限り開業医の方は明らかに数クラス上の生活をしているようです。例えば、家を建てるにしても明らかに普通のサラリーマンの数倍のお金をかけていますし、車の値段も数倍です。サラリーマン換算すると、少なくとも年収1500万以上(もしかしたら、2000万以上?)の生活水準に見えました。
しかし、このエントリを見る限りでは、開業医も苦しいということのようです。
それとも、扱う科によって全く状況が違うのでしょうか?私が知っているのは内科医でしたが。

rijinrijin 2007/11/12 15:17 調整係数が廃止になるようですね。

けろけろ 2007/11/12 15:34  調整係数ってDPCのですか? いつかは廃止されるとは聞いていましたが、急性期病院も一部の勝ち組病院以外は倒産の危機ですか?

あおむしあおむし 2007/11/12 15:47
DPC 対象拡大して「中堅病院」まで広げるとか。「中堅病院」って何?

>厚生労働省は病気ごとに標準的な医療費を定める「定額払い方式」の普及を加速するため、2008年度から対象病院を拡大する方針を固めた。
http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20071111AT3S0600W10112007.html

元ライダー元ライダー 2007/11/12 16:06 落ち着いて見てみると、医師会は個人の生活レベルと直結する指標として「可処分所得」を持ち出しているのですが、財務省の批判は医師会の「可処分所得」の算出方法が間違っているというものではありません。
結局、「企業会計で開業医の収入をあらわす我々の方法が正しい。」と主張しているに過ぎませんね。
したがって医師会データへの反論になっていません。企業会計で個人の生活レベル云々を批判するのは笑止なんですけど、そこは無視していますね。
しかし、税務のからくりなんて考えないで生活できる大多数の国民をだませると踏んだ、もっともらしいだけの主張ではあります。いつものことですが。

>studies さま
エントリのグラフを見ればわかりますよね。開業医といっても千差万別、勝ち組もいます。そして、勝ち組は世間に目立ちます。

YosyanYosyan 2007/11/12 19:23 元ライダー様

言いたいことを書いてくださって有り難うございます。なにより腹立たしいのは、日医が主張した事に対し、財務省が反論し、その反論を何の疑問も無く審議会のメンバーが了承してしまった事です。醒めた目で見れば「何を言っても無駄の結論先にありき」ですが、財務省のトンデモ反論に対する、再反論の機会さえなく「削減決定」とした事です。

現在の政府に巣食う財界人と御用学者はこの決定に一片の責任も負いません。どこかの金貸しの親爺が、自社が儲かるように政策を誘導し、それで巨利を得ようがなんの咎もありません。これは絶対におかしなシステムです。

椅子に座って政府の提案を「ハイハイ」言うだけの「有識者」なら幼稚園児でも可能です。サルを並べておいても結論は変わりありません。むしろサルの方が自社利益の拡大なんて害毒を撒き散らしませんから余程マシです。

まじっくまじっく 2007/11/13 22:29 興味深く、拝読しております。

言葉が抜けたかな?と思われる箇所がありましたので、
報告します。

5行目、’開業医の収入が高いです。’は、
開業医の収入が高い’こと’です。でしょうか?

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