シンガポールで開催された東南アジア諸国連合(ASEAN)関連の首脳会議で、福田康夫首相の対アジア外交が本格的に動き始めた。中国の温家宝首相、韓国の盧武鉉大統領との初の首脳会談では互いの関係強化を確認するなど、新たな展開への意欲を示した。
十月の所信表明演説で、福田首相は外交の基本方針について「日米同盟の強化とアジア外交の推進が共鳴し、すべてのアジア諸国に安定と成長が根づくよう、積極的アジア外交を進める」と表明した。今回のシンガポール訪問で、持論の「アジア重視」にどう動くか注目された。
懸案である日中関係について、福田首相と温首相は安全保障や経済、環境など幅広い分野で共通の利益を追求する「戦略的互恵関係」を深める新しい段階に入ったとの認識で一致した。福田首相は来春予定される胡錦濤国家主席の来日へ向けて年内か来年初めに訪中したい考えを伝え、温首相も歓迎の意向を示した。日韓関係でも盧大統領との間で、双方が未来志向の関係強化の必要性を認めた。
さらに、ASEAN開催の際に行われてきた日中韓首脳会談を切り離し、三カ国のいずれかで開くことも決めた。より緊密な関係づくりへの積極姿勢と受け止めたい。
アジアが安定と繁栄を果たす上で、日中韓の関係は大きく影響する。小泉純一郎元首相の靖国神社参拝などで日本と中韓両国の関係はすっかり冷え込んでしまった。次の安倍晋三前首相は就任後、最初に中国と韓国を訪問し、関係改善へと向かったが、全面的信頼には至っていない。今回、それが前進するのは喜ばしいことだ。
福田首相の父である福田赳夫元首相は一九七七年、マニラで東南アジア外交の基本原則「福田ドクトリン」を提唱した。日本は軍事大国にならないことや、広範な分野での相互信頼関係など三項目からなり、高い評価を得た。それだけに福田首相登場に寄せる親近感と今後への期待は大きかろう。東アジア共同体構想の実現を視野に入れたアジアの平和と繁栄に、中韓両国と連携して尽力しなければならない。
とはいえ、友好ムードの一方で北朝鮮による拉致事件をめぐる問題、日本と中国の間での東シナ海のガス田共同開発問題など課題が先送りされた面は否めない。福田首相は、早期に中韓両国首脳との会談を設定し、積極的に溝を埋めていく努力が必要だろう。アジア発展への具体的な青写真を示すことも急がれる。せっかくの流れを後退させてはならない。
長崎県・諫早湾の奥を堤防で締め切った国営干拓事業が完成し、記念式が行われた。ストップがかからない公共事業の典型といわれ、今も懸念材料を抱える干拓地で、いよいよ来春から営農が始まる。
約二千五百億円をかけて生み出した農地六百八十ヘクタールは県が約五十三億円で国から取得し、入植者にリースする。
戦後の食料難打開へ県が一九五二年にまとめた米作地造成構想が始まりだった。地元の反対などで一度打ち切られた後、八六年に国の土地改良事業として復活、九七年に潮受け堤防で湾が締め切られ浅瀬や干潟が農地化された。
日本の農業をめぐる情勢は激変した。干拓地の活用方法は稲作から畑作や酪農に変わったが、それでも着工の際には事業の必要性が疑問視された。ムツゴロウなどがすむ干潟の消失が批判を浴び、締め切り後は湾外の有明海でノリの色落ちなど漁業被害が相次いだ。工事差し止めが司法の場で争われた。
佐賀地裁が認めた差し止めは上級審で覆り、国は工事を続行、二十一年かけて完成させた。しかし、農業を取り巻く状況は一段と厳しく干拓地農業の将来を危ぶむ声は根強い。漁業被害に関しても事業との因果関係究明へ、漁業者らは潮受け堤防を長期間開ける開門調査を求めている。
経緯を踏まえれば、完成後も事業の価値を検証し続けることが重要だ。農地としての有用性を絶えず再検討し、海への影響も監視を続けるべきだ。結果として必要なら活用策の見直しや、一部であっても自然を取り戻す工事が行われてよい。
また検証の継続は今後の日本の開発政策に教訓を与え、是非が問われた際は判断材料も提供してくれよう。
(2007年11月22日掲載)