◇安全性向上へ、ドア改良も
電車やバスの中で、子どもをベビーカーに乗せたままの親が増えている。「子どもを抱き、ベビーカーを畳むのは大変だし危険」。そんな声を受け、事業者側が開いたままの乗車を容認するようになったためだ。一方で堺市で先月、ベビーカーが電車ドアに挟まれ宙づり状態で引きずられるなど、思わぬ事故が起きる危険性も潜む。鉄道・バス会社やメーカーは、安全性向上に向けた取り組みを始めている。【反橋希美】
平日夕方の東京メトロ・表参道駅構内。ベビーカーを押す、買い物帰りの母親たちが行き交う。大半は地下鉄車内でもベビーカーを開いたままだ。
4歳の長男を歩かせ、2歳の長女をベビーカーに乗せていた川崎市の主婦(29)は「荷物もある。畳むと、2人と手をつなげない」。6カ月の長男を連れていた足立区の主婦(23)も「10キロの息子を抱っこし、荷物とベビーカーを持つのは重くて大変」と漏らす。
以前から根強かった母親たちの声を受け、乗客にベビーカー折り畳みを要請していた関西・関東の大手私鉄が方針転換したのは99年前後。だが、一歩間違えれば命にかかわるような事故も起きている。
先月20日、堺市の南海高野線・萩原天神駅で起きた事故は、母親(38)が電車からベビーカーを降ろそうとした時、ドアに左側の取っ手を挟まれた。電車はベビーカーを挟んだまま、約130メートル走り停車。乗っていた1歳の男児にけがはなかったが、数メートル引きずられた母親が肩などを負傷した。
今年5月、東京都のJR神田駅でも、ベビーカー右前輪の車軸のパイプが挟まり、約80メートル引きずる事故が発生。乗っていた4カ月の男児と転倒した母親が軽傷を負った。JR東日本管内では02年9月と10月にも、車輪や車軸が挟まれる事故が起きている。
02年の事故を重く見たJR東日本は、首都圏を走る約8300両のドアを改良。細いパイプが挟まっても閉まりにくいように、ドアの開閉部のゴムを一部硬くした。その結果、筒状の異物の場合、約3センチ以上でなければ検知できなかったのが、2センチ程度になった。だが、手などを挟むとけがをする恐れもあるため、改良はドアの下部30センチまでにとどめた。
JR神田駅の事故の場合、ベビーカーを高さ約60センチまで持ち上げた状態で挟まれたため、検知できなかったという。
そのため同社は6月、ベビーカーメーカーや輸入代理店に呼びかけ、どんな条件でベビーカーがドアに挟まれるか実験。パイプを太くするなど、検知されやすい構造に改良するよう要請した。
従来、メーカー側は「電車やバスでの利用を想定した設計ではない」というのが基本姿勢だ。だが乗車実態を考慮し、国内大手のコンビ、アップリカは02年の事故以降、車輪に戸挟み防止器具を付けるなど改良した。今回の要請で、他のメーカーや海外メーカーの代理店も対応を検討している。
バスは04年1月、全国で初めて横浜市交通局がベビーカーを開いたままの乗車を認めた。現在、関東地方を中心に、中部、関西地方にも広がりつつある。現在のところ、車内での転倒など、大きな事故は報告されていないが「ルールを守ってくれない人も多く、いつ事故が起きるか冷や冷やしている」(関東地方・大手バス会社幹部)という声もある。
乗車ルールは各社が独自に定めている。横浜市の場合、(1)ベビーカーを後ろ向きに置く。ストッパーを使用し、ベビーカーのシートベルトを子どもにかける(2)乗務員が、座席とベビーカーを専用ベルトで固定(3)保護者はベビーカーを手で支える--の3点だ。
(1)と(3)は大半のバス会社で採用されている。(2)のベルトは、利用者が自分で固定したり、使用していない会社もある。
横浜市交通局の幕田平・運輸サービス課長は「ベビーカーを固定するのに時間がかかるのを申し訳なく感じる母親も多いが、本来は周囲の人が乗車の時も手助けするような環境が理想的ではないか」と話す。
◇利用者はマナー守って
ではベビーカーを押したまま電車に乗る際、どんな点に気を付ければいいのか。
千葉県船橋市の母親らでつくる「サークル爽風」は98年当時、ベビーカーを開いたまま電車に乗れるよう、鉄道会社への要望などを行った。その際、気持ちよく乗車できるよう「利用者のマナー10カ条」を作成した=表参照。
JR東日本と関東の私鉄10社は今年2月、利用者への注意点を掲げるポスターを作成。▽駆け込み乗車の禁止▽ホームで電車を待つ際はベビーカーにストッパーをかける。ホームの端を歩かない▽車内でもストッパーをかけ、目を離さない--などを呼びかけている。
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■ベビーカーで電車を利用する際のマナー10カ条(「サークル爽風」作成)
<1>ラッシュを避ける
<2>切符購入はあらかじめ離れた場所で料金の確認と小銭の用意
<3>人の流れを妨げないよう端による
<4>急な方向転換はやめる。立ち止まる時は広いスペースや邪魔になりにくい所へ
<5>周囲にぶつからないように気を付ける。ぶつかったときは「すみません」の一言を
<6>電車内では前輪を内側へ引っ込める
<7>電車内ではストッパーをかけ、ベビーカーに手をかけておく
<8>グループで場所を広げるのはやめる
<9>傾斜しているホームもあるので、ベビーカーから目と手を離さない
<10>困ったときは1人で抱え込まないで、誰かに手伝ってもらう勇気を持つ
毎日新聞 2007年10月9日 東京朝刊