鈴木 店舗展開を進めていく中で大切なのは質の追求です。セブン‐イレブンでは、これまで一度も店舗数を何店舗にしようなどという目標を掲げることはなく、1店舗1店舗の質を高めることだけを考えて経営にあたってきました。その結果が、現在1万1000店を超える店舗数になったと考えています。
そうした質を重視した店づくりを追求していく時に重要なのは、自分たちの都合ではなく、とことんお客様の立場に立って考えるということです。
井上 私もつねに、売場の導線、レイアウト、プライスカード、包装など、あらゆるものを
お客様の立場で考えるように言い続けています。ただ、実際にそれを実践するのは本当にむずかしいと感じています。
以前、プライベートな用件でいろいろなところから花をいただいたのですが、その時、箱に入った花を取り出すのに、箱が開けづらくてたいへん苦労したことがありました。私たちも、箱については、以前から花を傷めずにお客様のもとにお届けできるよういろいろ工夫をしてきました。しかし、実際に自分で受け取ってみると、花がしっかりと保護されているのは良いのですが、ぎっしりとつまっていて取り出しにくかったり、また、発送する時にはつぼみでも、1日たって届く時には少し花が開くこともあり、梱包によってはその花や葉が傷んでいるものもありました。それまで、自分たちではお客様の立場で考えているつもりだったのですが、それは花を詰めて送るところまでで、取り出す時のことまで考えていなかったのですね。それでは、本当のお客様の立場で考えたことにはならないと痛感しました。この経験から、花を取り出しやすい箱を開発しました。
鈴木 それはたいへん重要なポイントです。私は「お客様の立場」ということと「お客様のために」ということはまったく違うと、以前から言い続けています。お客様のためにと言うと、あくまでも自分たちの仕事を中心にして、その中でできる限りお客様のためになるように計らうということですが、それではまだ売り手の立場に立った発想です。お客様の立場に立つには、自分たちの仕事にとっては不都合が生じても、お客様に満足していただくために、お客様の都合に徹底的に合わせる。そのために自分たちの過去の仕事の仕方を変えるというところまで踏み込むことが必要になります。
井上 なるほど、おっしゃる通りです。鈴木さんがセブン‐イレブンで始められたライバルメーカーの商品を一つの共同配送便で運ぶ取り組みなどは、まさに当時の常識からすれば破天荒ともいえる取り組みだと思うのですが、それもお客様の立場に立った時にそこまで踏み込む必要があったというわけですね。
鈴木 牛乳の共同配送を始めようとした時は、各メーカーさんからたいへんな反対を受けました。しかし、1社の商品を店頭に置くより何社もの商品を揃えてお客様に選んでいただけるようにした方が、お客様は買いやすく、また、その方が1社だけ置いた場合よりも商品全体の売れ行きもよくなるのです。ただ、一度や二度話をしただけでは、なかなかご理解はいただけません。この場合は実験も行って、その上でメーカーさんにご理解を願いました。
また、この他にも小分け配送や、正月納品など、お客様にご満足を提供するために、業界の過去の常識や経験にとらわれることなくさまざまな改革に挑戦してきました。この時も、それを実行することでお互いに大きなメリットにつながるということを、繰り返しねばり強く説得し実現してきました。誰でも過去の仕事の仕方を変えるのは苦痛が伴いますから、簡単には進みません。社内でも私は、それを言い続けていますが、それでもまだなかなか徹底ができません。
井上 過去の経験から抜け出すのは本当に困難なことですね。私どもでは、社内で商品展示会を行っているのですが、ある店長が商品を見て、自分の店では新商品の3割くらいしか仕入れたいものがないと言うのです。何故かと聞くと、今までの経験からこういう商品は仕入れても売れないとわかっているからという答えが返ってきました。しかし、私は売ってみる前から、売れないと決めつけてしまうのはおかしいと言いました。環境も変化していて、去年は売れなくても今年は売れるかも知れません。少なくとも、売れると考えて商品開発をした人がいるのですから、チャレンジしてみるべきです。
鈴木 井上さんは、「チャレンジし、成長し、お客様に貢献し続ける」ことをたいへん大切にしていらっしゃいますね。私も、過去と同じことを続けていたのでは、マンネリに陥り、お客様の支持を失ってしまうと考えています。過去の売り手市場の時代には、毎年同じような時期に同じような商品を販売していても充分に商売は成り立ちました。しかし、買い手市場の時代に変わり、去年は何が売れたという過去をベースにした発想で考えていては、今年のお客様には通用しません。去年のデータは捨てて、未来のあるべき姿から仮説を描いていくことが必要です。
井上 まったく同感です。人はある程度できあがってくるとつい守りに入りたくなりますが、同じパターンのものを売り続けていたらお客様に飽きられてしまいます。どんなに人気があっても1年で変えるつもりで取り組んでいます。世の中は、絶えず変化していますから、そこで立ち止まってしまったら、進化している世の中から取り残されるだけだと思います。つねに新しいことに挑戦し、過去を破壊し続けることが不可欠ですね。チャレンジするからこそ、また新しいものに気づき、他にはないものが生み出せるのではないでしょうか。
鈴木 現在の経済や消費環境を見ていると、もはや過去のモノ不足の時代と現在のモノ余 りの時代では、その背景がまったく違いますから、過去の経験では対応できないのは明らかです。ところが、モノが売れないというと、過去と同じように値段を安くすれば売れると考える。それでは、お客様の心を動かすことはできません。
井上 お客様にどんなに喜んでいただけた成功事例があったとしても、それと同じことをしたのでは、2度目はお客様にさほど喜んでいただけません。ですから、手を替え、品を替えてお客様の期待を上回るサービスを提供し続けることが重要です。それにチャレンジをし続けなければ成長はありません。私は、「エレベーション」という言葉が好きで、自分を高めるために生き、自分が高まるから世の中にもいろいろな貢献ができると考えています。
鈴木 誰しも今までと違うことをするというのは、失敗すると怖いという思いが伴うのでしょうが、現在のように大きく変化している時代は、過去と同じことをしている方が、失敗するリスクが大きいのです。
井上 私は、社員に失敗をしてもいいから、とにかくチャレンジしようと言っています。実際に、失敗から学ぶことがたくさんあります。私どもでは、社員自身が販売の目標などを決めて挑戦するようにしているのですが、「母の日」の後に、店長たちに母の日の取り組みから学んだことを聞いてみると、目標を達成できた店長より、達成できなかった店長の方がはるかに多くのことを学んでいました。たとえば、定番商品が売り切れた時のことを考えていなかったとか、作業スペースをもっと広くとるべきだったとか、人員配置に問題があったとか、悔しい思いをして学んだことは次の年に活かされ、新たな成果につながっていきます。