【社説】犠牲者が振り返るアジア通貨危機10年
10年前の1997年11月21日、韓国政府は国際通貨基金(IMF)に国際金融支援を申請すると発表した。外貨準備が底を突き、国家デフォルト(債務不履行)の危機を避けるために国際社会の手を借りたのだ。同年10月末に218億ドルだった外貨準備高は、11月末には68億ドルまで減少し、数日間持ちこたえるのも困難な状況だった。
IMFによる緊急資金支援で韓国は危機を乗り越えた。しかし、大きな犠牲を伴った。1998年6月に銀行史上初めて、東南銀、同和銀など5行が再編により姿を消した。韓国社会で最も安定した職場にいた銀行員が一夜のうちに通りに放り出された。それ以降始まった構造調整で、金融業界だけで15万人が職を失った。現代、大宇といった財閥系大企業までもが崩壊する構造調整の寒波に襲われ、失業者数は100万人を超えた。
「終身雇用」だと思い会社に入った韓国人にとって、「名誉退職」という名の解雇通知は単なる不名誉にとどまらなかった。一家の大黒柱の失業は家族全体を濁流の中に突き落とした。書類しか触ったことがないホワイトカラーが工事現場で汗を流し、一人、また一人と社会から脱落し始めた。家庭崩壊を招いたケースも多かった。現在の「新貧困層」にはアジア通貨危機期と同様の現象がなお残っている。大学を出ても職がない若者には「ニート」という脱落者の烙印(らくいん)が押された。雇用不安と失業の恐怖が幽霊のように韓国社会に漂っている。
通貨危機とIMF体制が、韓国経済にグローバルスタンダードの導入と構造改革の契機を与えたことも事実だ。大企業30社のうち17社が崩壊するほど徹底的な構造調整を経て、企業の財務健全性と収益性は高まった。資産規模で世界100位以内に入る銀行は通貨危機前に1行もなかったが、現在は4行に上る。経常収支が10年連続で黒字を記録し、外貨準備高が世界4位の2600億ドルを超えるなどの成果も上がった。こうした発展と状況改善は数十万人に達する構造調整の犠牲者のため息と涙の上に成り立っている。
韓国はIMFによる支援資金を2001年8月にすべて償還し、当初予定より早くIMF体制を卒業した。しかし、韓国経済は依然として企業投資の鈍化に伴う低成長から抜け出せずにいる。そういう意味においてIMF体制はなおも現在進行形だ。
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