Close Up 2 廃業ラッシュで「日本酒蔵」激減! ひそかに進む買収・再編劇の内幕( 2007/1/6 )


「日本酒離れ」に歯止めがかからない。ピーク時には四〇〇〇を超えていた日本酒蔵は、いまや一八〇〇にまで減少。税制優遇が廃止される二〇〇八年四月以降、中小蔵がさらなる窮地に追い込まれるのは必至だ。そんな最中で、意外や意外、日本酒蔵の買収を進める企業も現れた。日本酒業界の運命やいかに――。


 二〇〇六年一一月末、創業一一〇年を誇る日本酒蔵が、ひっそりとその歴史を閉じた。島根県の天界酒造。特定名称酒と呼ばれる吟醸酒や大吟醸酒などの高級酒を得意とする、いわゆる「銘醸蔵」で、「天界」は地酒ファンにはそれと知られたブランドだ。
 「不況で高級酒の売れ行きが落ち、回復のメドも立たなかった。メインの地方銀行がウチの貸出債権をサービサーに売却したと知った時点で酒づくりを断念した」と天界酒造の山本信城専務。
 二〇〇〇年以降、業績は一貫して悪化し、ついには借金が、一億円強の年間売上高を上回るまでにふくらんでいた。自主廃業の決断は、「周囲に迷惑をかけないうちに」(山本専務)という苦渋のすえのものだった。
 だが、ある業界関係者は自嘲気味に言い放つ。
 「自主廃業できるだけまだ幸せだ。今、廃業している蔵の多くは借金で首が回らなくなり、法的手続きでつぶされて、なにも残らない。銀行も不良債権をたたき売っている。地元の名士である蔵元といえど、もはや容赦なしだ」


「税制優遇廃止」で中小蔵の廃業続出

 日本酒蔵の廃業ラッシュ再来である。一九九〇年代前半まで二三〇〇台を保ってきた日本酒蔵(製造免許)の数は九〇年代後半から毎年四〇〜五〇も減少しており、〇六年も天界酒造だけでなく、「大英勇」で知られる栃木県の小林杢三郎商店をはじめ、岐阜県のいとう鶴酒造、奈良県の安川酒造といった蔵が廃業に追い込まれた。
 日本酒関連の出版とイベントを手がけるフルネットの中野繁社長はこう指摘する。
 「中小蔵への税制優遇(詳細は後述)が廃止される〇八年四月以降は、さらに休廃業が増える可能性がある」
 五五年には四〇二一もあった日本酒蔵はいまや一八〇〇を切る寸前。ただし、これはあくまで製造免許の数で、免許を返上せずに酒の製造をやめてしまった蔵も少なくない。日本酒造組合中央会によれば、現在、実際に酒を造っている蔵は約一四〇〇しかないという。
 それだけ、消費者の日本酒離れは深刻なのだ。七三年に一四九万キロリットルを誇った日本酒(清酒)の生産量(製成数量)は〇四年は五二万キロリットルと約三分の一にまで減った。八〇年代に地酒ブームはあったが、日本酒市場の底上げにはつながらず、今では大手酒造メーカーまでが人員削減や生産能力縮小に追われるありさまだ。
 日本酒離れの元凶は「三増酒」と呼ばれる安酒にある。大量の醸造用アルコールと糖類、酸味料、調味料などを添加して、文字どおり「水増し」した酒のことで、「悪貨が良貨を駆逐する」のたとえどおり市場を席巻し、「甘ったるくて、臭くて、二日酔いする」という、誤った日本酒のイメージを定着させてしまったのだ。
 かてて加えて、〇八年の税制優遇廃止がのしかかる。現在、一部の大手以外の中小酒蔵(年間生産量一三〇〇キロリットル以下)は、二〇〇キロリットルまで酒税が約二五%減免される優遇措置を受けている。この優遇措置は特別措置法による暫定的なものにもかかわらず、これまで二〇年間も延長され続けてきたが、〇八年三月末での打ち切りがほぼ確定している。
 となれば、中小蔵は酒税引き上げ分を消費者に転嫁、つまり値上げするか、蔵で負担するしかない。だが、値上げすれば、売れ行きが落ちるのは確実だし、値上げ分をかぶれば、経営は逼迫する。進むも地獄、退くも地獄だ。


「捨てる神あれば拾う神あり」

 苦境に陥っている日本酒市場だが、意外なことに「捨てる神あれば拾う神あり」である。
 「日本酒市場がいつまでも縮み続けるとは思わない。いずれ反転するだろうし、そこに多角化のビジネスチャンスがある」
 スタッフサービス・インベストメントの瀬川勲取締役は蔵買収に意欲的だ。同社は人材派遣大手・スタッフサービスの子会社。すでに、「高砂」で有名な静岡県の富士高砂酒造、新潟県の住乃井酒造、兵庫県の太陽酒造、岐阜県の千代菊の四蔵を傘下に収めた。
 同社は経営破綻した蔵を買収し、リストラと資金援助で再建中。それを知った銀行などから、売却の打診が月に三件は舞い込む盛況ぶりだ。「一〇蔵ぐらいを買収できれば売り上げ数十億円になり、スタッフサービスの売り上げの一%を占める多角化になる」(瀬川取締役)というわけである。
 そのスタッフサービスと競り合っているのが、ソニー創業者一族で、地酒「ねのひ」(愛知県)で知られる盛田グループ。正確にいえば、傘下のジャパン・フード&リカー・アライアンス(JFLA)なる会社(マルキン忠勇と丸金醤油の合併会社で大証二部上場)が、積極的に蔵買収を仕掛けている。
 〇六年に入ってから、新潟県の加賀の井酒造、群馬県の聖酒造を買収。社名の「アライアンス」が示すとおり、酒造メーカーの「連合」をつくる構えで、「各都道府県に一つずつ傘下の蔵があってもいい」と強気である。
 もともと日本酒づくりは「本業」の一つとあって、原料米の共同購入、生産設備の融通、子会社の酒販問屋を通じた販売支援など、経営再建のノウハウ、ツールが備わっているのが強みだ。
 それにしても、廃業ラッシュの今、なぜ買収攻勢なのか。酒蔵の買収を仲介する酒類コンサルタントはこう解説する。
 「今つぶれている酒蔵にはバブル期に本業以外の事業に投資したり、過大な設備投資をした蔵が少なくない。そうした蔵は、いい商品と固定客を持っており、借金を減らすだけで生まれ変わる。大手の安酒がシェアを落とす一方、『十四代』や『飛露喜』に代表される若手蔵元の“新地酒”登場で日本酒見直し機運も高まっている。買うならドン底の今がチャンスとばかりに、焼酎メーカー、外食企業、リゾート企業、投資ファンドがひそかに蔵買収に群がっている」
 しかし、「拾う神」の出現によって、日本酒市場の地盤沈下に歯止めがかかるかは未知数。いずれにせよ、いい商品も固定客もない蔵の淘汰は必至なのである。
本誌・小出康成



Copyright(c)2004 Diamond-Big Co.,LTD All rights reserved.
本誌掲載記事の無断転載および複写を禁じます。